夢見の生に喝采あれ
「………………」
視界が突然開けたかと思うと、見覚えのある天井が最初に俺を迎えてくれた。ここは『鴉』が拠点にしている教会の一室。助けられてからずっと俺に与えられている場所だ。
「…………え、あ。あ。あ。あ?」
声が出る。身体が動く。心臓が……確かに鳴っている。記憶がすっぱり切れていて実感が沸かない。俺は……騎士団が透子に用いた武器(というか素材?)を使われて……不死身を無効化された筈じゃ。それともまた真司が騙された? いや、ここまで嘘を吐く意味は……あの人が俺の命に気を遣う理由がない。
ソファに寝転がっていた身体を起こすが、誰も居ない。いつかみたいに誰かが看護してくれていたならお礼を言いたかったが、俺は勝手に再生したのだろうか。今まで再生が追い付かず気を失ったという事がないから確かな事が何も言えない。とりあえず、助けてくれた人が居るのは間違いない。それも『鴉』の関係者。じゃないと俺はここに居ないから。
―――何だよ、俺より先に無事になりやがって。
俺が合流出来なかったせいで死んだら、と思うとどうしても複雑な気持ちになる。あの判断が間違っていたとは思えないし、実際あの時本部に向かったからこそ、俺は透子の罪を知る事が出来た。そしてこの町に最初から秘められていた悪意についても。なので、無事でいてくれたのは本当に嬉しい。正しいと思っていたとしても、きっと後悔していたように思うから。
「…………」
立ち上がる前に自分の身体が本当に動くか一通り確かめてみる。問題はなさそうだが、なさすぎて不気味だ。寝起きは体に力が入らないなんてよくある話だろう。それすらないのは……前からこうだったかどうか。
カチャ。
丁度その時、部屋にティカが入ってきた。最初は明後日の方向を見ていたが、起き上がっている俺を見るや、視線が一致する。俺の方はというと先に見つけたとは言っても何と声をかけていいか分からなかったが、彼女の方はそうでもなく。扉の位置から跳躍して、俺に飛び込んできた。
「…………お、起きたんすね!?」
「な、何だ!? やけに手厚い歓迎だな!」
「そりゃもう、当たり前じゃないですか! また寝たきりを世話するのは御免ですよ! 本当にもう……貴方って人は何を呑気に他人様の心配をバカにして! 申し訳なくしていなさい!」
「いや、ええ? だって俺、そんな説教されるような事は……ボロボロなのはいつもの事だったろ」
突然目上の人に叱られたような気分にさせられた。いよいよ何があったのだろう。ニーナのようにすぐに泣いてしまうような事こそなかったが、顔を見られたくないのかティカはそっぽを向いてしまった。
「―――そうだ、ニーナは?」
「ニーナ?」
「目の見えない女の子だよ。なんか目隠ししてる子居なかったか? それとも俺が倒れてる間にどっか行った?」
「あー…………いや、こっちで引き取ってるッスよ。ジュードさんの事が心配だってついてきたんです。目が見えてないって自分でも言ってたし、害がなさそうなんで緩く軟禁中? 外出出来ないだけでその辺歩いてますけどね」
そうなるとロジック・コードは彼女がきちんと持っているのか。それなら良かった。ニーナは川箕の方で引き取れるかもしれないがコードは俺にしか取り扱えない事情があるらしいし、話がややこしくなるようならやっぱり気を失うべきではなかったから……とにかく、憂いは晴れた。
「呼びますか?」
「ティカも心配するくらいだろ。顔を合わせたら何だか服がべちゃべちゃに濡れる気がする。後で伝えておいてくれよ。それよりそろそろ……何があったのかを知りたい。流石に死んでたんだよな? 全然記憶にないんだ」
「―――ああ、まあ。はい」
歯切れが悪いのは、死んだ当人に死んだ事実を告げる事が気まずいからだろうか。透子の余波に巻き込まれて一回、地下で生き埋めにされて一回と、今回のを含めればもう三回。そろそろ『死ぬ』という言葉の定義について誰かと話し合いたいくらいだ。死んだかもしれないが俺は確かに生きている。だからそんな神妙な顔にならなくても。『鴉』は善良な組織じゃなく、立派な悪の組織なのだし。
「そうッスね。死にました、ですよ。それで、まあ。正直手の施しようがなかったっつーか」
「なんでずっと歯切れが悪いんだ」
「あたいの身体をあげても良かったッスけど、体格差がありすぎて駄目だったんすよ! で、もういよいよ駄目かなって思ったら丁度良い肉体が見つかったんスよね! 昔、この町でボスが早朝胡散臭い放送してたのは知ってましたっけ?」
「ああ、一度だけ聞いたと思う。頭がおかしすぎてメーアが一応話の通じる存在だとは全く思えてなかったよ。お前もその活動の成り行きでたまたま助けられたんだったよな」
「よく覚えてましたねっ。そう、でもボランティア組織じゃねーのは確かなんで、従来通りの回収って事もあるんスよ。死体はバラバラに刻んで解体すりゃ使い道が生まれない事もないッスからね。死にかけも死体も大した違いなんてねーッス。金が稼げりゃ何でもいいんで」
つまり、『鴉』の回収していた死体の中で使えるパーツを使って俺を修復したと言いたいのだろう。歯切れが悪い理由が良く分かった。真実を知れば自分の身体が他人の継ぎ接ぎで出来ている事実なんて気持ち悪いだろうと慮っていたのだ。
「…………ん? って事は俺の不死身はやっぱり無効化されてたのか?」
「あ、そうッスよ。っていうかジャックさんは呼ぶべきッスね。説明責任みたいなの、あると思うし」
「…………トウコ以外の女に膝枕されながら恩人を出迎えるのがお前のやり方か? ジュード」
「俺が希望したんじゃないだけど」
「寝たきりの時はたまにこうしてたんスよ♪ 顔が近いと目の保養になって助かるッスね~!」
今更言葉にするのもどうかと思ったが、ティカには頭が上がらない。命を助けられているというよりは、その後の世話をずっと引き受けてくれている事が大きい。見た目の年齢差から後輩面はしてくるけど、実際の力関係は真逆である。
「―――サマンタ。お前、トウコの恋人に手を出すなよ。殺すぞ」
「ちょ、本名出さないで下さいよ! 秘密だったのに!」
「お前の身体の状態についての説明だったな。端的に言えば―――」
無視するんだ……。
「―――もう一度タイムリミットをつけさせてもらった。じゃないと蘇生出来なかった。とっくにお前の身体は死んでいたからな。医学に頼っても死者は蘇らない」
「まあ、それは分かるよ。透子を助けるのが俺の役目だからな。時限爆弾だけど、同時に俺が生きるのに必要な要素だ」
「それと今度また同じように無効化されても敵わないからその対策も含めてお前の身体には二種類入れさせてもらった。説明する必要はないと思うが……シンジの身体を蝕んでいたトウコの血と、俺の血だ」
真司も俺から血を奪おうとしていたっけ。その動機は俺を定められた死から解放する事で、決してこのような更なる進化を求めた訳ではない。そして形はどうあれそれは善意であり、普通に考えればこういう目的になるのが自然で……
「もしかしてお前と透子が喧嘩した時って、血を奪おうとして?」
「透子に俺の血は必要ないぞ。そっちは単なる喧嘩だ。俺の方は……良かれと思ってやってた事だ。勝ち目があってもなくてもアイツから血を奪おうとは思わなかったな」
話は以上だ、とジャックはきっぱり言い切って話を終わらせてしまった。ニーナについて尋ねると、眠っているらしい。俺が一度は完全に死んだ影響で泣きじゃくるどころでは済まなくなり、麻酔で強制的に眠らされたとか。
「後は何だ? ティストリナの事か? それなら妹共々こちらに身を寄せているぞ。他に行く当てもなくなったそうだ……まあ、当然だな」
「…………それで、終わり?」
「ああ。教えるべき事は教えたな。何かあるなら聞くが」
ティルナさんの事。ニーナの事。自分の状況。聞きたい事は全て聞いた? 本当に?
「……あ、俺が死んでから何日経ってる?」
「二週間だ。軽い変化はあったが、トウコが見つかるような奇跡は起きていない。休養期間としては十分だろう」
…………何だ?
聞きたい情報は全て聞いた筈だし、ジャックが嘘を吐く理由がない。誰より透子を助けたいと思っている男は、真司と違って疑おうとする気も起きないのに。
俺は何か、もう一つ聞かなきゃいけないような気がする。
する、だけ。




