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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 7 未亡の愛こそ青き愛

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拝啓 弟へ

『お前は今日からうちの子供だ。よろしくな、勇斗』

『ねえアナタ。別に養子なんて取る必要は』

『駄目だ。その子には兄が必要だからな。これはどうしても外せない』

 実の親から切り離されて新たな家族に迎えられる。正直、実の親との関係が良くなかった俺にはその当時だけ魅力的な提案だった。しかし引き取られてからというもの、愛されているという実感が沸いた事はない。

『勇人。お前はこれから生まれてくる弟の為にも模範的な人間であるのだ。分かったな?』

『模範的って、どういう風に?』

『そんな物、俺が知るか。お前が自分で考えろ、何の為に引き取ってやったと思っている』

『アナタの存在が生活を苦しくしてるって言うから引き取ってあげたのよ。お父さんの言う事聞きなさい』

 俺はこれから生まれてくる子供の為に必要な存在というだけで、結局生活が変わるような事は何もなかった。本当に最初だけだ、幸せだったのは。でも幸せだった理由は実の親と関係が切れたからで―――もっと言えば、関係を切るという言葉の重みが分かっていなかった。日帰りの家出みたいな感覚で、居心地がよくないと思ってからは帰りたいとすら考えるようになっていた。かつての親の住所なんて知らないから、それも無理だったけど。



「うえぇぇぇん。うえぇぇぇん…………!」


 

 女の子が、泣いていた。重機が暴走したとしか思えないような残骸の中で泣き叫ぶ声だけが響いている。周囲に人はいない。大勢の人が逃げたようだ。理由は勿論知っている。人間災害の力を手に入れた二人が争ったからだ。

「ジュード様ぁ…………起きて……何か、話して下さいませ……ぐ、うぇぇん!」

 その傍らにあるのは二人の人間の死体。一人は一葉真司。二代目人間災害としてマーケットを守っていた後継のリーダーらしいが、そんな事は重要じゃない。彼は俺の弟であり―――その上に跨るもう一人こと夏目十朗を殺害した。死後硬直なのか、死体の上に乗ったまま動かない、弟。血は繋がっていないけど、弟。

「…………」

 彼は、ずっと俺の事を羨んでいたのだと思う。親から雑な扱いを受ける自分と、その上位互換であるように比較に出される俺。何かにつけて小馬鹿にされてはついでのように俺が褒められる。逆の立場なら、俺だって羨む。遂にその誤解を解く事はなかったけど、真実は違う。

 羨んでいたのは俺の方だった。だって俺に求められていたのは『兄としての存在』のみで、それ以外は何も求められなかったから。俺のやる事為す事全てが放任されているように見えたのはその名残だ。彼は誰よりも両親の関心を引いていた。立場が逆転したのは、彼が両親の求めていたモノを持っていなかったからだ。


『何故だ? 何故十朗はあんなに出来損ないなんだ? せっかく人工的な手段に頼らず生まれた子供だというのにこれでは』

『やっぱり私の子宮が良くなかったんでしょうか? でももうやり直せないし、十朗が落ちこぼれのままだったら私達もやり直せなくなっちゃいますよね』


 そんな両親の会話を聞いた事がある。十朗が生まれる前の話だ。一体全体何の話をしているのかは分からなかったが、とにかく十朗は、二人の求めている要素を持っていなかった。

 冷遇の原因はそれだ。彼を愛していなかったというより、生まれる前に愛しすぎた、期待しすぎたからその反動が来てしまっただけ。俺が教えなかったのは―――未成熟な恨みだった。あんなに気にかけてもらえているのに、不遇を嘆く根性が気に入らなくて。彼が中学に入る頃くらいにはそんな感情は消えていた。けれど教えようとはやっぱり思えなかった。


「お兄さん!」


 見た事のない女性が同じ場所に駆けつけてくる。遅れて更にもう一人、全身に血を被った女性も来た。一人はまだ泣きじゃくる少女を宥め、そして一人は真司の死体に跨る弟を引きはがし、自分の膝に頭を置いた。

「ジュードさん、目を覚まして! 死なないで下さい! あたい、まだ気持ち伝えてないッスよ! な、何の為にあたいがいかにも死にそうな言葉残したと思ってんスか!? 貴方が死なない為に……起きて! お願いします!」

「……やめなよ。お兄さんの心臓、もう止まってる。そんな声をかけたくらいじゃ生き返る訳ない」

「ジュード様ぁ……ジュード様ぁ…………!」

 

 ―――慕われてたんだな。


 兄としての振舞いが出来なかったのは、俺が弱かったからだ。両親が冷たいなら、せめて俺だけでも無条件に優しく出来れば家を出る事はなかっただろうに。何故今はそれが出来なかったのかと強く後悔している。自分の、自分の醜い一面に目を向けたくなくて、ずっと恋人に甘えていた。

 あの二人はいつまで経っても十朗を見捨てるような事はしていなかった。ずっと何かを期待していた。もしその期待が実現すれば俺は用済みになりそうな気がして……だから、優しく出来なかったのかも。

 ただ、かばね町に入り浸るようになったのを心配したのは本当だ。祀火透子の正体を両親から聞いて猶更そう思った。あの二人は俺以上に何か知っていて、知っていても対策なんて出来なくてとにかく十朗が離れてくれる事を願うしかなかったのだ。

 祀火透子が怖い? それは少し違う。

 十朗が反抗してくるのが怖い? それも少し違う。

 祀火透子に夏目十朗を取られる事が怖かったのだ。

 だから手を打とうとした。それら全てが悪手だっただけ。もう分かる筈だ、どうして最後、俺が背中を押したのか。今の恋人は存分に俺を甘えさせてくれる。俺の要望には全て応えてくれる。とても理想の恋人で、俺にとって心の拠り所は彼等ではなくなった。だから兄貴らしい事をしたいと思って…………それで。

 その結果が、これか。

「…………」

 ポケットの中で携帯のバイブが震えている。応答すると、落ち着いた声が聞こえてきた。


『キョウちゃん』

「ねえ、急に飛び出しちゃって何考えてるの!? 戻ってきて! 勇人君に出来る事なんて何もないんだよ?』

『…………でも、アイツの友達の不安そうな顔を見てたらいてもたってもいられなくなったんだ。お前も見てただろ、泣きそうな、辛そうな顔をさ』

『だからって何が出来るの? 君の弟の周りには悪人が沢山居るんだよ? 巻き添えにならなくたって、その人達に絡まれたら危ないのに!』

『エリちゃんにも止められたよ。でも俺は……行かないと』

 

 何で、とは考えない。行くのが当然だと思った。俺は血の繋がった兄貴じゃない。今まで優しかった訳でもない。十朗にとっては好きな人との関係を邪魔しようとした挙句にかばね町の中までつけ回してきた嫌な人間だろう。返す言葉もない。俺はそれを正しい行為と信じて疑わなかった。響生からもそれを推奨されていたし。

「―――生き返らせる方法ならありますよ。でもそれには、誰か一人が犠牲にならないといけません」

「私が! 私がジュード様を助けます! 何ですか、教えてください! お願い! しますぅ!」

「貴方は身体が小さいから駄目。代わりになれない」

「あたいも……駄目ですか?」

「……今の貴方じゃボロボロすぎて寿命が一分増えるだけ。駄目」

 選択の機会は一度きり。彼女達の会話は非常に切迫している。一度持ち帰って呑気に話せるような内容ではないのだろう。生き返らせる方法なんて見当もつかない。或いはオカルト全開の非現実的な方法なのかもしれない。

 けど今はそんなオカルトも信じたい気分だ。響生曰く、十朗は町が破壊された時に一度死んでいるらしい。それがついさっきまで生きていたなら、オカルトと言えども現実的方法なのかもしれない。


『……キョウちゃん。兄貴面は出来たような男じゃないけど、弟を助ける事は出来ると思うんだ』

『何を言ってるの? 早く戻ってきて! 貴方に死なれたら、困るんだけど!』

『ごめん』


 これは償いだ。十朗を苦しめ続けた事へのお詫び。やっぱり俺は、血は繋がってなくても兄貴で、弟との縁を一切切って幸せを選ぶなんて、出来そうにない。電話を切って、弟を慕う女性達へと近づいていく。

 夢の中で見た鏡の中の俺。あれが本当の兄貴だ。決して本物にはなれないけど、鏡の自分に恥じない行いは出来る。








「お、俺はそいつの兄貴だ! 生き返らせる事が出来るならどんな代償でも払うから……頼むからもう一度だけ。十朗に人生を送らせてやってくれ」

 十朗。俺の弟。





















 今まで、ごめんな。

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