『偽り』の親友
一葉真司との思い出を振り返ると、悪い思い出ばかりではない。俺があの子と交際するまではよくご飯を食べに行ったものだ。深い意味はなくて、友達付き合いとして。俺の泣き顔が好きという信じられない発言からも分かるように、この男は基本、俺を見下している。
だからこその親切もあって、それは記憶に新しいだろう。一方的に別れを告げられた時、教室まで付き添ってくれたように、透子が毎日学校に来るにはどうすればいいかの相談に乗ってくれたように。嘘つきを自称するアイツの気持ちなんて俺には到底理解出来ない、したくもない。 とはいえ過去の思い出まで否定する気にもならないというか、透子と出会うまで、いや、華弥子にフられてるまでアイツはまともだった。
……まあその華弥子が俺をフった要因もアイツなんだけど。
『華弥子がどうなったかなんて俺も知らねえし興味もねえ。自分の嘘の代償をたっぷり払わされてるんじゃないか? さっきも言ったが俺にそんなつもりはなかった。お前の泣き顔は天然で、たまに見れるからいいんだろうが、どんな手段を起こしてでも泣かせるは俺の趣味じゃない。基本的には笑っててほしいのが友人心だな!』
アイツが華弥子に俺の泣き顔なんて教えるからこうなった。二人は自分は誠実でなくても構わないが相手には誠実さを求めたいという共通点でのみ成立し、その動機で以て俺を追い詰めた。
縁を切って、今は当然だと思う。そんな奴、人生に居たって得になる気がしない。
「何でここに来た?」
「そりゃあ、お前の気配を感じたからだよ! ここで何か異常な事が起きた。結局な、法律なんて俺達には無意味なんだよ。なあ? 俺を倒せるのはお前だけお前を止められるのは俺だけ! 警察なんて端役も端役だあ!」
「うちの後輩に触んな!」
前回身体を穴だらけにされた恨みだろうか、やたらと狙われているようだ。ティカは強いが、相手が相手なので分が悪い。殆ど助走のない飛び蹴りが勢いよく突っ込んできたが近くの机を手に取って横に弾き飛ばした。その間に彼女も銃を抜き、臨戦態勢を整える。
「自分やれるッスよ!」
「俺がアイツを止めるから、お前はその隙に見せてやれ!」
「え、何をッスか!」
「お前にしか出来ない事があるだろ! ここは法治国家だ!」
法律は無力と真司は言ったが、それは違う。俺達はまだそこまで強くない。ここに法が及んでいるなら警官の補充はこれで終わらない。どんどんやってくる。そして一之介が、ソファから一歩も動かず事態を静観している。この状況だからこそ有効な手段もあるだろう。
「女ぁ! 犯罪者の、このゴミが! 俺の親友を誑かすんじゃねえ!」
「お前とはもう親友じゃない! 調子に乗るな!」
飽くまでティカ狙いを崩さないなら、俺も血の侵食を最小限に抑えられる。攻撃に転じる必要なんてのはない、だってお互いに殺せないなら千日手だ。それよりも有効な手段があると示すように、俺は素早く背中に回り込んで真司の首を羽交い絞めにした。
「やれ!」
「おっけっす!」
二丁のリボルバー拳銃が景気よく銃口を光らせ二人の怪物に弾を撃ち込んでいく。後からやってきた警官もそれを見て腰の拳銃を抜き、躊躇なく発砲。ティカへの優先度が低いのは、単純な危険性の問題だ。敵の敵は味方であり―――彼女は普通の人間だから。
「ほう、銃が効くのか! 俺ぁ、いいモン見たぜ」
「――――――ッ! おらあ!」
勿論俺も穴だらけにされたが問題はない。押し寄せてくる大量の警官めがけて真司を押し付け、ティカの手を取った。後は逃げるだけだ。直接的な危険性は真司の方がずっと高く、見逃されると思った。
その一発の銃声を聞くまでは。
「うっ…………!」
「じゅ、ジュードさん!?」
足に込めていた筈の力が一斉に散らばっていくような感覚。神経がバラバラになって、まともに立つ事も怪しい。壁に寄りかかる事でまだまともな状態であるかのように装えているが、早急な離脱は不可能になった。
「おー。透子には効かねえって話だったが、それ以外には効くんだな」
「…………何の、つもりだ」
「透子の身体に流れてる血には何か、特別な秘密があるらしいな? お偉いさんがくれたぜ、お前みたいな奴への対策を。何だったかなあ、怪物を人間に戻すウイルスって聞いた気がするよ」
それ以上の追撃がないのはティカが代わりに銃口を向けてくれているからだ。一之介もそれに対する牽制として俺から狙いを外すしかない。だが時間の問題だ。奥でわちゃわちゃと騒いでいる警官は真司の抵抗がなくなるまで体を破壊し、拘束しようとしている。定期的に脳天を撃ち抜かれアイツはまともに行動を許されていない。アイツの番が終われば次は俺だ。だけど今の俺は……災害と呼ばれるには程遠い、ただの人間になった。
「く、くぅ……!}
今になって体のあちこちが痛んでいる。ついさっき蜂の巣にされたせいだ。即死していないのはこの短時間に傷が殆ど回復してしまったからであって、身動きを取れずにいるのはそれでも治らなかった傷が、今になって杭のようにこの場の離脱を邪魔しているからだ。
「お前達は仮にも龍仁一家の顔である俺に喧嘩売りに来たんだ。そりゃ、逃がす訳ないだろ?」
「一発で頭撃ち抜かないと、アンタは終わり。あたいは絶対狙いを外さない。ジュードさん殺される前にその朽ち木みてえな顔をコルクボードみたいにしてやるッスよ!」
「俺とやりあうか? 透子じゃねえなら、多分俺が勝つぜ。鉛玉が効くって教えてくれたのはありがとよ。お陰でもうマーケットにでかい顔されずに済む。何が二代目、後継者だ。無敵の怪物には程遠い雑魚だな。ここで逃げられても俺達には何の支障もないが、お前は別だ。よくよく考えりゃ、お前を使えばコード探しが捗る。だから、逃げんな」
銃口で俺達は釘付け、真司は抵抗自体はまだしているが、あれはあれでいずれ限界が来るだろう。幾ら身体の強度が高くても銃弾が貫けてしまう程度なら時間をかければ全身解体可能。幾ら不死身でもバラバラにされたら何の強みもない。
―――ここに機械類がないのは致命的だな。
何かしらあれば川箕の発明品を使って突破出来たかもしれないがそのような好都合は存在しない。誰かの助けを待つのが最も得策かもしれないが、そんな助けなんて期待しようにも、一体誰が。
「―――あ?」
「え?」
「ん?」
ちゃぷ、と水面が揺れて気が付いた。足元が濡れている……いや、部屋に水が満ちている。深さは足首に行かないくらいの浅さだが、この水は一体何処から流れてきたのだろう。この部屋に水が溜まっているという事は当然、外の廊下にも水が満ちていると思ったが、警官の反応を見る限り、その水は彼らにとっても異常事態のようだった。
果たして誰かが状況を飲み込むより前に、変化は起きた。自ら映えた手が、警官の一人を床に引きずり込んだのだ。
「ぐばぶば―――!」
次々と、手が生えてくる。
「がぼっ!」
「な、なんばあああああ!」
同僚を助けようと手にめがけて発砲する者も居たが、元が水なせいなのか全く通用していない。影響を受けていないのはソファに寝転がっていたお陰で身体が水に接触していない一之介だけだった。それも今は……水に触るまいと、身を起こして立ち上がっている。
体から、力を奪っていた要因が抜けて出るような感覚。
傷口に目を向けると、入り込んでいた水が少量の血を吐き出させていた。傷口に水が染みている訳ではない、その動きはあまりに生物的だった。お陰で、力が回復していく。
「逃げるぞ!」
「え、あ、はい!」
精一杯の力を込めて跳躍。真司が突き破ってくれた天井を脱出路に俺達は活人会を抜け出した。上からかばね町を見下ろした時、水の発生源を見つけ、その位置に着地する。
『彼女』は、どろどろになっていた顔を仮面のように被ると、にこやかな笑顔を浮かべた。
「お兄さんだけの、特別サービスですよ?」




