愛しい君を守るには
「………………」
「…………」
映像が終わって暫く経っても、俺達は沈黙を続けるしかなかった。映像の中で知った事実を冷静に受け止める事が出来ていない。人間災害の真実が……少なくともこの町に滞在し続けていたのは、国からの要請を受けての事だったなんて。つまりこの場所は、『かばね町』は自然と法から見捨てられて生まれた訳でもなければ、緩い審査を潜り抜けてやってきた犯罪者達によって支配を受けた訳でもない。
国が、意図的に無法地帯にした。透子を利用して。
「……冗談ッスよね? えっと……え? マジッスか? 真面目な意味? え、ええ?」
「……」
「こ、これを知ってたんスか、透子さんを排除したい人達は。け、結構衝撃ッスよ。よくこんな情報今まで伏せて……」
「いや、多分アイツらも知ったのはつい最近だと思う」
「へ?」
「普通の人が悪党の情報網に引っかからずに隠し通せる情報じゃない。目的が何処にあるかは分からなかったけど、悪党が最も嫌うのは思い通りになる事じゃないのか? ヤクザはともかく、マーケットはきな臭さを感じて引き上げてもおかしくない」
「うちも多分引き上げるような気がするッスけどね。ボスは自由ッスけど、『鴉』全体のボスというよりはこの支部のボスって感じなんで。命令されたら従わないといけないッス」
そして最近知ったからこそ、透子が戻ってくる必要はないと言っていたのかもしれない。映像を見る限り、透子さえ戻ってこなければこの計画は凍結するしかない。そもそもこのような計画、怪しまれずに遂行するなんて普通は不可能なのだ。話が大きくなれば大きくなる程、関わる人間は多くなってしまう。裏社会の人間を相手取るなら当然水面下での動きも察知されるだろうから、こう上手くはいかない筈だ。例外は量より質―――大国を相手に実質的な白旗を挙げさせるような人間災害のみ。
国の総意―――つまり思惑を透子一人に伝えて後は成り行き任せにすれば察知出来るような動きは何もない。いや、もしかすると最初の頃にあったであろうマーケットによる排除の動きがそうだったのかもしれない。自分たちのシマになる場所に余計な手出しをするなというつもりで行ったが、実力差がありすぎて存在を放置する事しか出来なくなってしまった。国としてはそれで十分だったのだ。
「日本にしちゃ治安が悪すぎる町だけど、その魅力すら作られた物だったなんてな。しかも犯罪規制を強めるって、なんかどっかで聞いた事あるような……中と外に関係性があったなんて思わなかったな」
「これがUSBメモリに入ってたって事はどっかにこれを見せに行くつもりだったって事ですよね。でもこれ、スクープなんてもんじゃないです。普通に国がひっくり返るレベルですよ」
「それは結構大袈裟じゃないか?」
「大袈裟でも何でもないです! ジャパンって国は全然暴動とか起こさないッスよね。銃が規制されてるから? それとも戦争で負けて腑抜けたからッスかね。多分実際のとこは、多少都合が悪い事が起きても目に見えて生活に影響を及ばさないからッス。でもこれは……影響及ぼしすぎッスよ。あたい等はこの町の中に居るから知らないだけで―――もし、仮に些細な犯罪も異常なぐらい取り締まられるようになったら、そんなのかえって治安が悪くなるだけッス。過ぎたるはうんたらかんたら」
「尚及ばざるが如し、な。それに嫌気が差せばこの町に逃げ込む人が増える。それはこの国に限らず、世界中から……最終目的が全く見えてこないけど、あんまり良い未来はなさそうだ。詳しい訳じゃないけど、もうこの町には十分すぎる武装もそれを扱える組織も居る。町自体が広がったのも悪党にとっては好都合だ。自分達が国に騙されてたと知ったら、この国を制圧しようと動き出しても不思議はない。成功するかどうかは置いといて」
「ここを真に犯罪者の楽園にするって事ッスね! もしそうなったらジュードさん、うちで引き取ってあげますよ!」
「……その前に、死んでそうだけど。ありがとう」
犯罪規制の強化が生活の悪化だと捉える国民が多ければ反政府感情が高まっても不思議はない。かばね町にも似たような事はあっただろう、透子に対する攻撃だ。あれは彼女が強すぎるあまり意味を為していなかったが、国はどうだ。国民を軍隊で抑えられるだろうか。
―――いや、違うな。
かばね町に集いし悪党達には切り札がある。分かるだろう、人間災害だ。勿論、今の彼女が映像のように無気力とは思わない。だが映像の時点でも分かるように、透子は何より孤独を嫌い、それでも蝕まれていた。悪党達がもし透子を受け入れるなら―――彼女にとってこの国はどうでもいいらしいから。
実際の真意は本人に聞かなければならないが、この考え方を妄想と切り捨てるのもどうかと思う。透子がこの町から姿を消した理由だって、もしかしたら最終目的とやらを遂行しない・させない為(今は力を制御出来ないらしいから)かもしれないのだから。
……衝撃の事実だったが、何より落ち込んだのは透子がこの情報を俺に隠していた事だ。信頼しているからこそ教えなかったとか、計画の内容がどうあれ全ての決定権は透子にあるから自分がやろうと思わなければ教える必要のない情報だとか考えていたかもしれないが……。
「ティカ」
「はいッス」
「透子を守るって、どういう事なんだろうな」
『クハハ! 小僧、度胸は買うが身の程は弁えねえとな? 誰かを守りたいなら守れる程度の奴を守んな!』
かつてそう言われた事がある。あの人はそんなつもりで言った訳ではないかもしれない。単に透子が怪物で、俺が守る程の存在ではないというつもりだったのかもしれない。
けど、透子を守るっていう言葉は俺の想像以上に重くて……単純な実力の話ではなく、もっとどうしようもない規模なのかもしれない。俺の残りの寿命では到底どうにもならないくらいの。
「……うーん。ジュードさんの言った通り、この映像途中で不自然に切れてるし、最初から持ってた線はなさそうッスね。となると最初にこの映像撮影した人物が切って渡したとか? カメラが電池切れになったって線はないと思いますけど」
「―――そうだ、それだ!」
「えっ」
これも果たして偶然だろうか。この町には居た筈だ。三大組織がこの地に根を下ろす前から隠し撮りカメラで町の全景を把握していた男を。その男が過去に痛い目を見ていたってのは、もしかして。
「フェイさんだ! この映像の撮影者はきっと!」
「フェイって……ジャンク屋の?」
「あれジャンク屋だったのか? って違うよ、あの人は隠し撮りカメラを町中に設置して情報を集めてる情報屋としての側面もあるだろ。マーケットも利用してたし『鴉』も使った事あるんじゃないのか?」
「あー……え、確証はあるんですか?」
「ないけど、一番可能性が高いだろ! 俺達は予定があるけど、メーアに知らせて探させた方が良い。死んでても……データは残ってるかもしれないし」
杞憂、なんて言わない。可能性が一番高いのは、映像の続きを持っている可能性はフェイさんにしかない筈だ。メーアは二つ返事で人を回すと了承してくれたが、話はそううまく行かないらしく、捜索には時間がかかるらしい。
「私の偉大さを知らぬ者が居るのは仕方ないが、我が神が消えてこの町は灯を喪った。少年は前回瀕死だった故に知らないだろうが、今となって何処もかしこも夜は鉄火場になりかねない。ここを喪えれば我々は詰みだ。それ故、成果を一日二日に期待するな!」
「いや、十分だよ。頼んだ」
「……」
当然協力を仰ぐので、俺達が見た映像については共有させてもらった。メーアはあまりショックを受けていなかったが、思う所自体はあったようだ。先程からずっと考えこんでいて、会話のテンポが悪い。
「じゃあ俺達、行かないと」
「救い難いな!」
「は?」
「我が神にこのような介入を求めるとは許しがたい冒涜だ! 勢力争いも大事だが、その後の事は少々考えないといけなくなった。内と外、最悪全面戦争だ。次から次へと面倒が襲いかかってくるようだが、これも試練か。少年、くれぐれも忘れるなよ?」
「あ、え? ん? な、何が?」
「我が神は貴様を必要としている。偉大な私の天啓がそう言っているんだ。難しい事を考えるな、神ではなく、我らは人だ。出来る事は限られている。少年がするべきはこの国の未来を考える事ではなく、我が神の解放だ。我が神を呪いから解放しろ。人はあまりに……自然がいつも恵みをくれるものと勘違いしている」
「…………言っている意味はあんまり分かりませんけど、必ず答えは見つけます」
「ああ! そうしろ。必要なら私も命を懸ける! 我が神には人生を貰った……ここまで生きる事が出来たのはあの日、我が神からの祝福を賜ったからだ。多少なりともその恩を返せるなら私は立場を押して駆けつけよう」
時刻は夕方。約束の時間はざっくりとしか決めていないから遅刻なんて事はないが、そろそろ行かないと。行動の重要性は変わらない。
政府の要人が出入りしているという話。今なら見方が変わるだろう。




