人ノ悪滅ヲ願ウ✘
「お、ジュードさん話終わったッスか? じゃあこっち来るッスよ! もう解析済んだんで!」
「セキュリティかかってなかったのか?」
「や、それはねーッス。でも極々一般的なセキュリティなんで破るのに時間がかからなかったんスよ。ね? ヘレイヤ?」
「……じゃ、私。行く」
フードを被った女性が露骨に目線を逸らすと、そのままそっぽを向いて何処かへ行ってしまった。誤解のないように言っておくと、『鴉』に保護されてからまともに交流があるのはジャックとメーアとティカの三人だけで、他の人は俺の存在こそ一方的に知っているだろうがこちらは全く知らない。認識は男性も女性もなく『鴉メンバーA』『鴉メンバーB』だ。人物に対する捉え方というより風景を捉えていると言えばより正確だ。
何が言いたいかと言うと、ヘレイヤという人とトラブルなんて起こしていない。
「……嫌われるような事、したか?」
「あの子は『鴉』じゃない奴を信じないタイプなんで、話したかったら正式にうち入って下さいよ。あんま自分の事話してくれないッスけど、もしかしたらジュードさんと話したいかもなんて?」
「……そういうのは落ち着いてから考えるよ。それより中のデータを」
「そうそう! 中身なんスけど、映像が入ってましたよ! USBの方に移動させてたんスかね、そこにあたいらが来た感じだと思います。とりま、見てみますよ」
持ってきたパソコンを利用し、どこかに移動させようとしていたデータを改めて再生する。
映像は何処を映しているのだろう。隠しカメラの位置は植え込みの裏か。向かい合っている椅子とそれに挟まれた机の位置からして所謂応接室―――勿論それが何処の、かは分からない。
人が入ってくる。壮年の男性二人が先に入って席に座り、その迎えを受けるように後から入ってきたのは。
「透子……!」
祀火透子その人だった。映像自体の時代と残留データが一致していない可能性もあるが、もし一致しているとするならこの映像は二三年以上も前の映像。確かに画質はとても荒いし、昔と言われたら十分納得出来る。透子の見た目はこの頃から一切変わっていないようだ。
「音声は撮れてないのか?」
「あれ、たしかにそうッスね。音質が悪くても拾えてそうなもんスけど」
男性二人が何か書類を取り出し、透子に見せている。画質が悪いだけかもしれないがこの頃の透子はとても辛そうだ。俺にはずっと、泣きそうなのを堪えているようにしか見えない。
「あ、すみません。ミュートでした」
「うっかりで良かったよ」
音声だけ抜き取られてたら、それはそれで作為性を感じていた。改めて音声を聞いてみよう。その中身次第で、何故彼らがこのデータを持って行こうとした(USBメモリという形で誰かに譲渡しようとした?)のかハッキリする。
『どうぞ、こちらにおかけください』
『…………ここは何処ですか』
『我々がこうして会話の出来る唯一の場所となります。人間災害さん、今日は話し合いに応じていただき誠にありがとうございます。我々はどちらかといえば公権力に属する人間ですが、貴方をどうにかする事は到底出来ない。ですからどうか気を楽にしていただけると幸いです』
『……顔を隠さなくてもいいの』
『ここに来た事は我々を除いてこの建物の所有者も把握していません。今の我々に必要なのは貴方から信頼を勝ち取る事。故に、二人共顔は隠さない方針を共有しています』
やはり透子の声には生気が感じられない。やけっぱちになっていると言い換えてもいい、生きようとしていないとも言える。普通の人間なら生きられないと思うなら死ねばいいだけだが、彼女はそれすら許されていない。無敵の身体が自殺を完璧に拒絶するのだ。
『失礼。自己紹介がまだでしたね。我々は公安警察に属する者です。貴方との接触はトップシークレット……貴方にもどうか秘密を保持していてもらいたいですが、強制は出来ません』
『有名な話だと思いますが、我々の職務上、身分を明かすような事はそうありません。これも一つの誠意と受け取ってもらいたい』
『それで?』
『この国に貴方が上陸した日から監視させていただきましたが、貴方は対抗策を練るべき危険分子ではなく、協力の望める相手と判断されました。率直に用件を切り出します。どうかこの国で災害として留まっていただけませんか?』
「……人間災害って、日本に来る前から呼ばれてたんですよね?」
「ッスよ」
元々人間災害として有名だった透子を相手に災害として留まってほしい……そんな酔狂な事を言う人間が存在するとは。それも公安の人間が。縁はないが流石にその存在は知っている。要は秘密主義が徹底されている警察だ。
『この書類を見ていただきたい。これは、我が国で密かに進められている『かばね計画』の一部となっています』
『本来の我々の業務からは逸脱していますが、今の我々は公安とは名ばかりの国の総意を受けた手足と思っていただきたい。表の人間が貴方と秘密裏に協力したくて我々が派遣されたのです』
『………………私は、長い間生きてるだけで物を知っている訳じゃない。それでもこの計画が無茶苦茶なのは把握したわ。世界中の犯罪者を一か所に集めるなんてどうかしていると思う。出来る訳ない』
『そう、その実現性を疑問視されて今まで進められる事のなかった計画です。ですが貴方の存在があれば、可能かもしれない。どうかご協力いただきたい。貴方が必要なんです、人間災害』
誰もその『かばね計画』なる概念は知らないようだ。ティカも首を傾げている。その件について話すのは一先ず置いといて、俺の中で勝手に納得の行く発言があった。
これは過去の映像だ。つまりここから流れがどうなっても透子は了承した事になる。ここに滞在したから『かばね町』には人間災害が居ると言われ、ここに滞在していたから俺と彼女が出会えた。
もし決め手があるとするなら、まさにその必要という発言だったのではないだろうか。透子はずっと一人だったのだ。この耳は確かに、本人から『寂しかった』という発言を聞いている。そして町の人も、人間災害は恐れられるべき存在だと言わんばかりに敬遠するような反応ばかりだった。
『……私は、誰の言う事も聞かないけど』
『いえ、それでかまいません。計画に重要なのは法律とは違ったルール、破られる事のない秩序です。貴方にはこれまで通り人間災害として振舞っていただき、そして集められた犯罪者に対して時おり暴れて下さればいいのです。我々は何の干渉もしない。そうする事で犯罪者達は国と貴方に関連性を見出さないでしょう。勝手に暴れているだけ、と判断する筈です。台風が来ても被害を最小限にとどめる抵抗しか出来ないように』
『それと世界中の犯罪者を集める事にどんな意味があるの。ただ治安が悪くなるだけだと思うけど。移民だけでも文化性の違いで荒れる事があるのに、犯罪者と分かっている人間を移させるなんて』
『それが大切なのです。実際、国が総力を挙げても貴方を逮捕する事はおろか動きを止める事も出来ない。貴方が居る事で、この一帯は法律の束縛を受けないと理解されます。やがて貴方を中心に暗黙の了解として犯罪を容認するエリアが生まれ……そこが『かばね町』となります。かばね町は貴方を秩序として機能させ無法の町としてどんどん広がらせていく方針です。貴方以外の秩序がない、それ以外はてんで無法な町……犯罪者にとってこれ以上の楽園はない。この計画が動き出せば国際情勢において日本は確固たる地位を築けるでしょう。『かばね町』があれば他の国は幾らでも犯罪規制を強められる。移民ではありませんが、どんどんこの町に送り出してもらいましょう』
『…………おかしくない? 貴方達はこの国の人なのでしょう。自分達の計画で国が荒れる事を許容しているの?』
『………………』
『―――そう。まあ、私が関わるような事ではないわね。この国がどうなろうと私の知った事じゃないし、誰も、私を受け入れてくれないものね」
『……分かった。ここに留まればいいだけなら引き受ける。用件はそれだけ?』
『いえ、この計画の終着点をまだ話していません。然るべきタイミングで我々から一度だけ指示を出します。それにだけ従って下されば、それ以上は求めません』
『それは何?』
『それは―――』
それは。
映像はここで終わっている。




