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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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外の理 内の拘り

 外。

 何のことはない、かばね町とは呼べない場所を大雑把に差している。何処から何処までが外で何処からが中かは治安を見て判断するしかない。かつては壁があったが、透子の暴走でそれらは消えた。今は俺もその境界線を知らない。

 どちらもお互い日本である事に変わりはないが、様子は大きく違う。法律の有無はその一つだ。かばね町で通用するただ一つ絶対のルールは暴力。それを象徴したのが人間災害。警察は犯罪組織の前に骨抜きにされ法を捨てていた。詳しく首を突っ込んでいた訳ではないが、あらゆる組織の銃の何割かは警察から横流しされていたのではないだろうか。

 それがここでは、信頼されている。かつて外に住んでいた俺ならその空気が肌で分かった。仮にこの感覚が誤りでも、それは他の人間も同じ誤りを抱いている訳で……だからもし法の効力など存在しなくても、ここに居る人間は誰もそう思っていない。治安の良さがその証明だ。

「………………」

「ジュード先輩?」

「いや、何でもない。なんか、変な感じがするだけだ」

「およよ。もしかしてギャップッスか?」

「何だよギャップって」

「いやー、ルールが変わるじゃないスか。あたいも前は外にちょいちょい出かけてた事あるんスよ。あー、まあ用事は全部プライベートッスけど。そしたら外出る度になんかムズムズしたんスよね。言い表せない不快感、異物……うーん。自分がここに居ちゃいけない空気って言うんスか?」

 表現の仕方に拘りがあるのかティカはあれこれ語彙を模索しているが、全く同じ気持ちを味わっているところだ。女性は共感力が高いなんて言われるけど、ティカと過ごした時間の殆どは俺が死にかけていて会話どころではなかった。それでよく、俺の気持ちを理解出来る。

「凄いな」

「あ、当たりッスか? でも最初からここに居たあたいじゃなくて、後からここに住むようになったジュード先輩が感じるなんて変ッスよ。ちょっと順応速すぎてびっくりッス」

「……それだけ前の生活に不満があったって事だよ。ここに来てからは……物騒だなと思うよりもずっと、幸せを感じてたくらいだし」

「物好きッスよねホント。ここがそんな幸せな町ならあたいらは住んでないッスよ。じめじめした薄暗いとこじゃないと、定住する訳ないんですから」

「住む所を提供してくれた子が居た。守ってくれる子が居た。お前が俺をタイプだからってお世話してくれたみたいに、俺も毎日見る二人の顔があんまりにも可愛くて幸せだったんだよ。後から一人増えて騒がしくなったのも……良かったな」

「やっぱ人間顔ッスね! 世の中の真理を見つけたんでなんか賞とか下さいよ。そういう法律あるかもしれないんで」

「ない」

 『鴉』の仕事は大事だが、手がかりがない以上は暫くこの空気を楽しむしかない。純粋に考えれば何かお祭りに来たと思えばいい。実際ここには沢山の商品がある。何処もかしこも行列が作られているのを見るとお買い得なようだ。

「……俺から離れてもいいんだぞ」

「え?」

「ジャックのお陰で俺は強くなってる。時限爆弾でもあるけど……護衛は要らない筈だ。二手に分かれた方が効率もいいだろ」

「うーん。それもそッスけど、ちょっと前も言ったようにあんまり身体動くと血が巡って侵食早まるッスよ。護衛は要らないくらい強いかもッスけど、だからって面倒事に首突っ込んでいい訳じゃないッス」

「でも、買い物したそうに見えるぞ」

「そりゃしたいッスよ! 活人会来て買い物しないとか何の冗談ッスか!? だから付き合ってほしいッス! 買い物に付き合って早まる侵食ならそいつはきっと引きこもりなんで無視してオッケーッス!」

「何言ってるんだ……?」

 言いたい事は良く分からないが、とにかく買い物をしたいようだ。別に断る理由はない。したそうだと言い出したのは俺だし、付き合うべきだろう。


 ―――買い物か。


 買わなくても、見るだけで楽しい……よな。

「ぼったくりの値段を心配してたッスけど、杞憂そうッスね。闇市の方はそうなんスよ」

「文字通り何でも売ってるから、誰かが値段の相場を仕切るなんて出来ないだろうな。酷く言えば足元見てる。ジャック達は向こうに行った……んだよな?」

「そうッスよ。あっちは心配要らないッス。ジャックさんは自分で自分を雑魚だって言い張るッスけど、そりゃ透子さんやボスと比べたらそうなるッス。それだったらあたいらは雑魚中の雑魚ッスからね、心配とか怒られるッスよ!」

「…………」

 え?

「は? ボス? ちょっと待て。ジャックは……透子と同じ場所から生まれてる筈だ。強さに差があるのかもしれないけど、そんなの台風と地震のどっちが強いか比べるようなもんで、俺ら人間には関係ないんじゃなかったのか?」

「そんなの知らないッスよ~。ただジャックさんはボスのが強いって言うッス。信じるしかないでしょうに」

 興味なさげに自分の話題を切り捨てて、ティカは香水売り場を眺めている。匂いも嗅げるらしいがボトルの見た目でえり好みしている様だ。彼女が香水を気に入っているというよりは、血なまぐさいやり取りをする組織人にとっては何かと入用……なのだろう。

 あまり遠くには行かない事を意識しつつ、俺はジャンクショップの方に目を奪われていた。彼女が居たらきっと目を輝かせていたのだろう。どんな時も隙間を縫って様々な物を作っていたっけ。その完成品の全てを目にした訳ではないが、川箕燕が何より機械いじりを好んでいた事は知っている。

 彼女が遺してくれたアイテムは用途不明につきまだ所持しているだけだ。迂闊に触って何が起きるかも分からない。使うべき時が来たら是非音声案内でも流してくれると助かるが、そのような機能がない事など薄々分かっている。用途が分からないなりに軽く起動して調べた結果だ。アプリとして様々な機能が実装されているが、名称を用意する暇がなかったのか、本来口頭で説明するつもりがなかったのか見てくれだけでは何も分からなかった。つけているだけでも電池の消費が激しいくらいか。

「あんちゃん、何か欲しいのか?」

「あ、いや、ちょっと見てただけです。こういうの好きな友達が居て、それで……」

「ははは! まあみるだけならタダだ。好きに見ていきな。ついでに買ってくれたら俺が嬉しいだけだ」

「はい……」

 ジャンク品は組み立てれば使い道も生まれるが、もう俺の身体も、俺の幸せも、元に戻る事はない。こうして気持ちを落ち着かせていると身体の内側で何が起きているのかが手に取るように分かってしまう。ただ目を背けて、その感覚を忘れようとしているだけ。

「ジュードせんっぱい! 活人会でなんかラーメン振舞ってるらしいッスよ! 食べに行きませんか?」

「もうショッピングは良いのか?」

「んー、腹が減っては戦はできなんとかッス」

「そこまで言ったならもう言い切ってくれよ……」


















 活人会は人の活力を湧き上がらせる為の催しらしく、俗な言い方をすれば無料ラーメンで人々を釣って買い物をさせてしまおう! という魂胆らしい。内側に住む人間は無料で腹を満たせるし、外から来る人間は治安の変化に左右される事なくお買い得に買い物出来る。そうして内と外とを交流させ、かばね町が日本という国から完全に変質するのを防ぐ目的がある…………

「っつーのをキョウちゃんから聞いた」

「聞いたじゃなくて。何で……生きてるの?」

 まさか透子の暴走から生き残っていたとは夢にも思わなかった。逃げる手立てなどない様に見えたし、何より兄ちゃんはこの町の異常さに怖がる程度には外側の人間だ。咄嗟の回避行動を取れる程慣れていない。

 それよりかは俺の方がまだ生きる望みがありそうなものだ。まあ、生き埋めになってなの子共々死んだみたいだが。

「奇跡だよ奇跡。ま、色男は死ぬような運命になんてないって事だな。なんだよ、俺に死んでほしかったのか?」

「そういう訳じゃないけど、生きてると思ってたってのも変じゃん。あの女の子は生きてるの?」

「あー……まあ、ギリギリ生きてるよ。ただ大災害に巻き込まれてお気楽でいるのも難しくてな、明るくはなくなった。お前が彼氏になったら明るくなるんじゃないか?」

「は?」

「その子、新しい彼女じゃないのか?」

 視線が二つ、ティカに向けられる。お店に入ってから彼女は無料なのを良い事にラーメンにかぶりついており、会話には一切入ってこなかった。どんぶり三杯を終えようかという頃にようやく意識が散ってきたのか、丁度視線が噛み合って顔を向けてくる。

「え、なんスか?」

「…………何でもない。兄ちゃん。女性と一緒に居るからって何でもかんでも恋人扱いはちょっと」

「何だよ、俺だって所かまわずじゃないんだぞ。事情は知らないけど……あの子とは正反対のスタイルだろ。華弥子そっくりだ。お前の失恋ってのは分かりやすいんだよ大体! 恋破れたら真逆の女の子がタイプになるっていう―――」


「ねえ、それマジで言ってんの?」


 血が、ザワめいた。

「兄ちゃん、俺と離れてから俺の事どんどん理解出来なくなってるよ。元々大して理解してなかったと思うけど、言っていい事と悪い事がある。やめろよ」

「…………わ、悪い。な、なんだお前? 少し、怖くなったか? い、イジリだろイジリ! 袂は別ったかもしれないけど、せっかく知り合いに出会えたんだし、これくらい!」

「……………」

「…………ごめん。色々事情があるんだな。気を付けるよ」

 兄ちゃんの俺に対する軽率具合は相変わらずだ。ある意味安心したし、同時にこれ以上関わるべきではないと悟った。ジャックの血によって生き延びてから俺という人間に衝動的な暴力性が発露している。最悪な気分だ。昼に人を殴った時もそうだった。今は罪悪感やら恐怖が湧いてこない。

「で、実際の関係はなんだ?」

「まあ……恩人? 命の恩人だよ。透子に殺されかけて……助けてもらった。でも兄ちゃんが関わるべきじゃない生粋の悪人でもあるから、気を付けて」

「おいおいおい。聞き捨てならないぞ今の言葉。殺されかけた!? お前……それでも好きだって言うのか? お、おかしいぞ! 幾ら俺でも殺されかけたら別れる! キョウちゃんが俺を殺そうとしてきたら逃げる! 当たり前だぞ! …………まだ好きって、どういう事なんだよ」

「何回死にかける事になっても、それでも透子が好きなんだ。兄ちゃんには、分かんないよね」

 たとえ、怪物の身体になったとしても俺はもう一度会いたい。まだ何も返せていないのだから、一秒一分でも多く幸せを与えたい。

 兄ちゃんは言葉を失った。失って、出ない言葉を俺にかけようとしてきて。無視した。ティカの方に椅子を寄せると、少し伸びつつあった麺に勢いよくかぶりつく。

 透子の消息を知らなそうな人間に用なんてない。




 俺が残り短い命なのも、知らない癖に。

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