この手の届く頃には
「ジュードさん、資料持ってきたッスよ~」
一度部屋に戻ると(因みにここはメーアの部屋らしい。何で俺に使わせてる?)、ティカが大量の資料を抱えながら背中を追って部屋に入ってきた。お出かけ用だったらしいヘアピンは帰ってきたのできっちり外している。何やら自分は間抜けだという自称をしているが、変に真面目なところはギャップがある。別につけていてもいいのに。
「資料て、何の?」
「現在の勢力状況ッスね。ざっくり話したくらいで誰も詳しい説明してなかったッスもんねー。あ、始めちゃっても大丈夫ッスか? 揉みましょうか?」
「俺の世話はいいよ。むしろ俺が揉むまである。身体がバキバキなんだろ。マッサージは得意な方なんだから、お礼代わりにさせてくれよ」
「……え、いいんスか? うーん、ジュードさん的には揉みたいのは肩じゃなくて胸なんじゃ」
「誰がそんな話したんだよ。命の恩人にそんな事しないって」
揉める程の胸がないじゃんという言い方をしたら喧嘩になる……と思う。そんな事は勿論言わないのだが、どうもティカの肩透かしを食らったような顔を見ると、誤解してほしかったのかと疑いたくなる。杞憂だといいが。
「じゃあこれから沢山説明しないといけない哀れなあたいを労ってほしいっす!」
「はいはい」
ソファに横たわったティカに馬乗りになると、かつて川箕にやっていたようにマッサージを始めた。流石に鍼灸の心得はないとしても、触って分かる背中の固さ。犯罪者がホワイトな職場で働ける道理もないが、俺の世話なんかより休暇とか取った方が良さそうだ。
「うぎぎぎぎぎい…………じじじじ、じぬぅ……!」
「固すぎだろ……死んでたらしい俺が言うのもなんだけど、良く生きてるな」
「らじいどか……なぁに、他人事っずがああああ!」
「んな事言われても死んでる時に自分が死んでる確認なんか出来ないしな」
それは眠っている時に自分が熟睡している事の確認が出来ないのと同じように。幾ら寝付けなくて目を瞑っているだけの時間が続いてもある時ふと意識が落ちて目が覚めたら朝になっているだろう。その意識が落ちている間、自分から何時間経過したかは知覚出来ない。全くの一瞬だ。
「あああああががが………………じぬ、じぬぬぬぬぬ!」
「…………まあ、慣れてくれ」
凝りが解れてくれば自ずと痛みも軽くなるだろう。触っていれば凝りの解れ具合くらい文字通り手に取るように分かる。ぎゃあぎゃあ騒いでいたティカだが時間が経つにつれて次第に大人しくなっていった。
「あぁ~…………十年ものの凝りが取れたかもしんねェ~ジュードさんマッサージ屋開いたらどッスか? 常連になりますよ?」
「この町でそんな事してたら一瞬で閉店しそうだな。ティルナさんの店じゃあるまいし、生き残れる気がしないよ」
「うちがバックについてあげるッスよ~『鴉』の名前は好きに使っていいと評判ッスからね~」
「…………もしかして夜の犯罪は全部『鴉』の仕業だっての、それのせいじゃねえか?」
「それはどうでらっしゃろ。夜のが都合いいのは犯罪的に当たり前じゃないッスか。うちはちゃーんと犯罪集団ッスよ。押し並べて死刑にすべき救いようのない悪党ッス。あ、でも今はジュードさんもそうでしたね」
「勝手に仲間に入れるなよ……でも今は頼れるところもないし、仕方ないか」
「何で嫌がるんスかね? 確かにジュードさん、悪党には向いてないッスけどね」
「向いてる向いてないを言い出したら誰も悪党になりたくなさそうだぞ。ティカとも、こんな形じゃなきゃ全然友達になれるしな」
「それ……喜んでいいんスか? 今、あたいはジュードさんの命の恩人っつう立場そこそこ役得ってなもんで楽しんでるッスよ。友達ってのはぁ……まあ裏切るッスよ」
「…………俺は裏切らないよ。友達は、大切だからな」
「その言葉うすら寒いからやめてほしいッス。ジュードさんには……もっとこう重みのある言葉言ってほしいッスね。求婚とか」
「どんだけ口説いてほしいんだよ」
「顔がタイプだってまだ信じてないじゃないスか! でもあたいが友達信じらんないのもそれくらいの温度感ッス。にひひっ」
マッサージをしているせいか分からないが、少し声から刺々しい気配が取れたような気もする。だからだろう、全体的な声音が甘ったるくなったのは。
「気持ちよかったッス~! もう毎日呼んでいいスか? デリバリー……ヘルス?」
「絶対違う! お前その呼び方で俺の事呼んだらぶっ飛ばすぞ。マッサージなんて幾らでもしてやるからその呼び方だけはやめろ。ぜんっぜん違うから」
雑談も程々に、ティカは資料を机の上に広げて一つずつ言及していく。
「まず現在のかばね町っすけど、小さい組織は全部壊滅ッスね。吸収される形でしか生きてないッス。うちらが歯牙にもかけないようなしょっぱい商売も物理的に潰されちゃおしまいッスよ。大体吸収したのは一家の市場―――活人会ッスけどね。で、龍仁一家の市場ッスけど、これがまたちょっと特殊なんス」
「確かに、今まで市場みたいなのはやってこなかったけど、何が特殊なんだ?」
「なんか、政府が関わってるらしいッスよ」
「……政府って、国の偉い人だよな。え? 総理大臣とか?」
「防衛省の人間とか外務省の人間とか情報が一定しないっすけど、政府要人が出入りしてるらしい話は掴んでるッスよ。お国様が遂に犯罪組織と癒着ッスか。世も末ッスね」
「……『鴉』やマーケットには来てないのか?」
「どっちも来てない筈ッスよ。特にマーケットなんて普通に考えりゃここの王者って見方は正しいんで、すり寄る筈なんスけどね。一家に行くってのはこりゃ何かあるッス」
「考察はあるか?」
「一家はつまるところ日本のヤクザっす。その地に根付いていた反社だからこそ何か利用価値があるのかもしんないッスね。うちらは二人共外様なんで無理ってな具合で」
日本で生まれた犯罪組織なら融通の利かせようがある、という事だろう。どういう取引が行われているか、取引なんて行われていないのかは分からないけど。けど接触までは確実なようだ。町がこうなる前、俺と龍仁一家の絡みはそれほどなかったし干渉も然程してこなかったが、腐っても三大組織と呼ばれていただけに、使えるコネみたいなのは多いのか。
市場だってマーケットのお家芸だった筈が、ここに来て突然対抗馬のように開催している。或いはそれも政府の支援を受けているのか…………
地図を見るに『鴉』は相対的には一番の弱小勢力だ。この辺一帯しか領地ではなく、殆どが龍仁一家とマーケットに取られている。かばね町と呼べるような範囲がぐっと広がっているにも拘らず、『鴉』の支配下がこれでは肩身も狭かろう。
「……思ったんだけど。これで三大組織名乗るのは無理がないか? 『鴉』なんて雑魚じゃないか」
「組織の影響力は大きさだけで決まるもんじゃないッスよ。ジャックさんの存在は誰にも知られてないッス。ボスも、切り札があるって言ってました。どっちの勢力もその辺り考慮したら舐めてないと思いますよ」
「…………成程な」
「次、マーケットッス。こっちは説明不要ッスけど、今は頭が変わってシンジって男がボスッス。透子さんの血を受けてるっぽくて化け物ッスね~! ジャックさんも無理って言ってたから、まあ攻められたらうちも終わりッスかね。ボスなら何とかしそうッスけど」
「シンジは何か仕事してるのか? 透子みたいにシンボル的な扱いが精々っぽいけど」
「まあ、少なくとも揉め事は起こせないっすね。怪物に勝てる人間はいないッスから。情報によると時々処刑が娯楽として行われてるらしいッスよ。もしこっち行ったら大変ッス。ジュードさんなんてあっという間に捕まってあの世行きッス!」
「…………そう、だな」
シンジには色々と借りがある。絶対に返さなくてはいけない借り、いつもいつも俺の幸せを最悪の形で奪ってくる借りが。けど今の俺が手出し出来ないのも確かだ。身体能力は高くなったが、動けばそれだけ寿命が縮まる。透子に会えないのは本末転倒だ。いつか再会するつもりがあるというなら自分の命はくれぐれも大切にしないといけない。
「…………お前はどっちに透子の情報を知ってる人間が居ると思う? やっぱり、マーケットか?」
「一意見として聞いてくださいね? マーケット、むしろ探さないと思うッスよ。透子さんのメンタル傷つけただけで傷一つ与えられてないッスからね。戦ったら負けッス。探してちょっかいかけるなんてせずこの状況を維持する方にシフトするかなって思うッス。逆に、位置を把握しておく事で手出ししないように徹底する可能性もあるッスけど」




