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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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ノンリミット

 川箕の家があった場所までやってきた……つもりだ。正確な場所なんて分からない。大通りだけでも無事なら記憶を頼りに行けただろうが、地割れや陥没の量がかつての比ではなく、まともな手段で通り抜けられないからだ。何となく怪我をしたくなくて安全な道ばかり通っていたらあり得ない遠回りになってしまい、正確な位置が分からなくなった。

「この辺にジュードさんのお家があったんスねー」

「俺の家っていうか、友達の家なんだけどな。一緒に暮らしてたんだ。本当にこの辺かは分からないけど」

「復興してないッスもんねー。やっぱあんまりにも規模がでかいと時間が経っても直ってるところはまちまちっつうか? この辺りは何処の組織的にも大して重要じゃないんで放置されますよね」

「…………ここで、幸せに暮らしてたんだ」

 清廉に生きていた訳ではない。だが俺は幸せだった。背徳と無法に溢れかえっていようとも、俺の事を心から信じてくれる人と暮らせて楽しかった。あの時間が永遠に続けば、と思わなかった日はない。

 当然、川箕の姿もなければニーナの姿もない。あるのは瓦礫の塊ばかりだ。そこにあるのは思い出ではなく現実。けれど記憶の中の俺は、今日もあの四人でパーティーを楽しんでいる。

「………」

「ジュードさんが行きたいっつったんスよ? そう沈黙ばかりされてっとあたいも困るッス。センチメンタルッスか?」

「……」

「じゃあ一人で喋らせてもらうッスよ? この辺はなんつーか、結構平和だったッスよね~! 住んでる人じゃなきゃ分からない治安つーか、透子さんが居たからッスかね? でもそれだとあんま納得ないッスよね。透子さんの正体を知ってる人はあんまいなかった筈ですし」

 瓦礫の中で面影を一つ見つけた。土台は壊れマットは裂けているがこれは俺の使っていたベッドではないのか? それじゃあやっぱりここは川箕の家で……誰も。居なくて。

 川箕の家族も死んでしまったのだろうか。無事だと思うのは楽観的だろう。透子が何処で戦っていたとしてもこの破壊規模だ。川箕が可哀想だから生きていてほしいと思う反面、その川箕だって生きている保障が。

「この近くっていいマッサージ屋があったんスよね~! ボスの人使いが酷いんで結構利用してたっすよ~! 身体がバキバキになってもう~大変でしたよ! どうなんすかね、労働基準監督署とかに訴えた方が良かったんすかね? あそこが犯罪組織も監督してくれたら、神団体ッス!」

「…………これ、知らないな」

「およ?」

 家の跡地を眺めていると、知らない金庫が転がっていた。表面は傷ついているが扉はしっかりと閉まっていて中身次第では無事かもしれない。形見なんて言い方はしたくないが、何でもいいから川箕(金庫を利用するのは川箕くらいだと思う)の存在を感じたかった。

 問題は、金庫はその見た目からして重そうなくらいに大きいのと、それを持ち上げられるほどの膂力が俺にはないという事だ。

「ティカ。お前、ピッキングって出来るか?」

「えーそれはボスの領分ッスね。ボスって誰も突っ込まないのを良い事に世紀の大怪盗勝手に名乗ってるくらいにはそういうの得意っすよ。うちの変わった上下関係のせいなんすけど、ボスって現場主義なところあるから結構マルチなスキルを持ってるんすよ」

「じゃあ、運ぶの手伝ってくれ。重たそうだ」



「や、無理ッス。邪魔が入ったんで」



 ティカの声が俺ではなく遠くに向いているような気がして振り返る。顔を布で隠した男達が銃を構えて俺達をそれとなく囲んでいた。目当ては視線の動きから……俺達というよりも金庫だろう。

「どうせ金が入ってるんだろ、金をよこせ! って顔してるッスねー」

「Stick up!」

「……?」

「手を上げろって事ッスねー。下がっててくださいッスー。速攻で片付けるんで」

「…………待ってくれ」

 手を何度か握りしめて感触を確かめる。言わなかっただけで違和感はずっとあった。金庫から少し離れてティカの隣に立った―――直後。


 パンッ!


 銃声が一発、狙いは胸部。俺達が抵抗する体勢を整える前に終わらせたかったのだと思う。胴体を狙ったのも当然だ。見るからに防弾チョッキなんか着てないし、頭より遥かに的が大きい。心臓に当たらなくても臓器に掠れば致命傷だ。

「グアッ!」

 だからギリギリで避けるなんて事はしないで、大袈裟に回避行動を取ってからその顔を殴りつけた。それで初めて確信した。短命と引き換えに俺が手にしたのは三度目の生だけじゃない。



 人間災害の身体能力。



 その一欠片なんだと。

「おー! そんなに強いならあたいが護衛してる必要もなかったッスねー! でもインパクトは十分でしたよ!」

 力の加減をしたつもりはなかったが無意識のブレーキが男を昏倒に留めていた。残る人間は俺の打拳に気を取られている間に全員銃殺されていた様だ。ティカはリボルバーを二丁くるくる回して見せつけるようにかっこつけていた。

「ほんのちょっとだけ混ぜたって話なんスけど、銃弾を見てから避けられるなんて凄いッスねー! でもあんま動かない方がいいッスよ。動いたら血の巡りが良くなって、寿命縮まるって聞いたッス」

「え、そうだったのか!? それを早く言ってくれよ!」

「にひひ~♪ ジュードさん、まだまだあたいのお世話を必要としてるみたいッスね? 仕事ッスからちゃんとやり遂げるッス。でも力仕事は勘弁なんで、その金庫は自分一人で運んでくださいね?」

 

















「ほう! 偉大なる私の腕を見込むとは流石我が神の想い人だ! では少し待つといい。すぐに開けてやろう」

 改造された教会にも礼拝堂は残っており、メーアはその最奥で神父よろしく歌を子供達に教えていた。歌詞の内容から自分を礼賛する物であり、そのセンスは聞くに堪えない。仕事を任せるのは二重の意味で名案だった。

「……一応言うけど、壊してピッキングとか言わないでくれよ?」

「ハハハ! 中身を確信していない限りはやらないとも! しかしティカから話は聞いたぞ、悪戯に寿命を縮める行為は感心しないな? それとも貴様は、今まで戦えなかった事の無力を嘆いているのか?」

 俺の身体に流れる血はジャックの物だ。それもほんの僅かな血でこれだけの力が出てしまう。透子には一体どれだけのパワーが秘められているのだろう。逃げて行方不明になったという事は、暴走しているのは力だけで彼女にはその力による被害を広げたくないという判断が出来たという事。

 つまり国にこれだけの被害を出しておいて、まだ全力じゃない。銃弾を避けられるようになっても、透子の気持ちはまだ分からない。

「…………メーア。俺、透子を助けたい。ジャックに色々言われたけど、それでももう一度会いたいんだ。何を言おうかとか、どうすれば救えるのかとか。何にも思いつかないよ。思いつかないけど、でも会いたいんだ。会って……抱きしめたい」

「ここは受け手として敢えて聞こうか。外では人間災害に再びの秩序をもたらしてほしいという声ばかりだ。だがいざ平和が訪れれば、愚かな人間は再び排除を望むだろう。このような被害を出した以上、最早人間災害は社会では受け入れられない。それを愛するなら当然、貴様にも相応の報いが下りる。それでも貴様は、我が神を助けたいと望むか?」

「どうせ俺はすぐに死ぬんだ。せめて俺は透子に、気持ちを証明したい。何をされても好きなんだって、一人じゃないんだって教えるよ。それなら死んでも、怖くないから」

「………………………だ、そうだが? ジャック」


「キレイゴトだな」


 いつの間にかジャックが音もなく背後に立って俺の首に指を突きつけていた。彼がその気になれば喉は貫かれ、間もなく俺は死ぬのだろう。

「トウコの気持ちを蔑ろにしている。それはお前の自己満足だ」

「そうだよ、俺の自己満足で何が悪いんだよ! 俺はお前の気持ちなんて知らないし、お前も俺がどれだけ透子を愛してるか知らないだろ! どうせ死ぬって言ったって……トウコとは、元々寿命差があるんだ。悲しませる事なんて最初から決まり切ってる。それでも、悲しませるまでに沢山幸せにしたいんだよ!」

「幸せにするだと? ビジョンはあるのか?」

「そんなの知るか、恋人ってのはお互いにお互いの幸せを考えるモンだろ! アイツに救われた恩をまだ返せてない! たとえ命が燃え尽きると知っていても、その恩を少しでも返すのが俺の気持ちだ!」

 ジャックは俺の瞳を見据え、その内側にある機微を視ているように動かない。暫くするとフンと不愉快そうに鼻を鳴らして、何処かへ去っていった。

「お前を認めたりなんかするもんか。だが、トウコの味方で居る限りは俺もお前の味方だ。努々、忘れるなよ」

 そんな言葉を捨て去って。

「……クハハ! ティカを世話役にしたのは正解だったな。馬鹿な奴がいると元気が貰えるだろう? 暫く貴様と行動を共にさせる。何故かは分からんがとてもやる気みたいだから、精々首輪を引っ張ってやれ」

 メーアは金庫の扉を開けると、携帯型のデバイスを俺に渡してきた。基本構造は携帯そっくりなので側面のボタンを押して起動させると、文字が浮かび上がってくる。



『きっと私のアイテムが、夏目の助けになる事を願って!』 



「………………燕」

 これがかつて俺に部品を調達させてまで作ったデバイスである事は何となく伝わった。形見と呼ぶにはあまりにも機能的で、前向きだけど。

 そういうところが、好きだった筈だ。俺は。

「では早速だが、貴様にはやってもらいたい事がある。我が神の所在を見つけるのに大切な事だ」

「……何だ?」

「現在、このかばね町では龍仁一家の開く活人会とヘルメスの開く闇市の二つが物流を殆ど掌握している。貴様にはどちらか一方に行ってもらい、我が神の情報を握る人間を捕まえてもらいたい」

「龍仁一家は透子の排除に関与してないんじゃないのか?」

「そう言うな。我らの権力争いはまだ続いている。いや、我が神が消えたからこそ激化したのだ。三大組織とは名ばかり、勢力として現在マーケット・ヘルメスが優勢なのは否めない。趨勢を覆す為に龍仁一家が調べていても不思議はないだろう。どちらに行くかは任せる……そうだな。夕方になったら出発だ。それまでには判断してくれ。偉大なる私も、気は長くないんだ」







 

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