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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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ただ一人の、最愛として

 俺じゃ透子を救えない。

 ジャックから言われたその言葉が。俺より遥かに透子を知る男から言われた言葉が、痛烈に響いた。部屋に戻ってからずっと、身体の中から力が出ない。魂が何処かへ飛んで行ったように、何をしようとも思えなくなった。

 

 ―――透子を、救えない。俺じゃ。


 俺にとって透子は特別な存在だった。透子にとっても俺は特別な存在だった筈だ。だからずっと、俺なら透子を守れると思っていた。実際は違う。透子には守られてばかりで、俺が守ってた事なんて全然なくて…………この状況もそうだ。何もしてやれなかった。呑気に生き埋めになって、好きな人が傷つくのを放置した。彼女が傷つくばかりで、俺は…………

 涙は出なかった。泣こうとも思えない。俺より何倍も苦しい思いをした彼女の事を思えば、もう言葉すら出てこない。



「あちゃ~嫌われちゃいましたねー」



 無為な時間を幾らか過ごしていると部屋に世話役の女性が入ってきた。名前はティカム。専ら『鴉』ではティカと呼ばれている。当たり前だが碌に会話も出来なかったので決して仲が良い訳ではない。ただ彼女にずっと世話されていたから事は事実で、だから身体も比較的清潔なのである。

 元気な所は川箕そっくりだが、腐っても裏社会の人間だ。明るい声音とは裏腹に、表情が随分乾いているように思う。

「……何の用だ。今はもう。何をする気にもなれない。死ぬ気にも」

「お邪魔ッスか? 慰めに来たんスよ。ジャックさんの言う事をそんな重く気に留める必要なんてないッスからね~。あの人はジュードさんに嫉妬してるだけッスから」

「…………嫉妬なんて、する余地ないだろ。幼馴染なのに」

「あの人が顔隠してたのはその幼馴染に存在を知られたくなかったからッスよ。でも心配で、だから幸せに暮らせるようにこっそりサポートするつもりだったんス。そこに貴方が来て、ジェラシー?」

 ティカが座りたいようなのでソファから上体を起こし、背もたれではなくひじ掛けに体重を乗せる。目にかかりがちな前髪を払いながら彼女は横にちょこんと座った。

「こうなる前もうちには何度か来てたんスよ、透子さん。でも貴方と知り合ってからする話が全部貴方の事ばかりで頭に来てたんじゃないスか? やー男の嫉妬は見苦しッスね~。どうすか? 元気出ましたか?」

「………………嫉妬はともかく、言ってる事は正しいよ。俺は死んでばっかりだ。俺は透子と一緒に居たいけど、透子の傍に居ると……何でかずっと悲しませる。なんか……もう。なんだろうな……わかんない。わかんないよ俺……」

 自分が何をしたいのか。透子に何が出来るのか。全部曖昧で、そもそも存在しないとさえ思えてきた。あるように見えるのは全て蜃気楼だ。かばね町がなければ俺と透子が出会う事などあり得なかったように、全ては胡蝶の夢で、今は正にその夢が覚める時ではと。

 ふと何かの動きを感じてティカの方を見ると、彼女はこちらにずいっと顔を寄せて、俺の表情を窺っていた。

「何だよ」

「いやー、やっぱ顔がいいッスねー!」

「は?」

「にひひ、あたいがジュードさんのお世話を引き受けたのは顔が好みだからッスよ~! ぐちゃぐちゃの肉塊を見た時から好みの顔だなって思ってたんスよねー」

「な、何の話だ?」

「何もする気が起きないって言ったスよね。じゃああたいと出かけましょうや。今のかばね町がどうなってるか気にならないスか? デートっすよデート! 据え膳食わぬは男の恥!」

「…………そんなロマンチックなもんじゃないだろうけど。分かったよ。ティカには恩があるし」

「そうと決まればお洒落っすね!」

 ティカは兎のヘアピンを取り出すと、それで前髪を留めて目にかかる前髪を上げた。それから『鴉』っぽさを出す為らしいフードを外し、コートのボタンを全部外して開けさせた。内側には赤いセーターを着ているようだ。

「お、お洒落か?」

「なんすか? ショッピングなんて出来る訳ないじゃないッスか! あ、でも今は流石に出来るんスかね? まあ何でもいいッス。出発しましょうか!」



















 デートだなんだとかこつけて俺に言いたい事があるのではと身構えていたが、ティカは当てもなく町を歩いているだけだった。

 透子の力によって地域一帯は再度滅び、今では町の外と中を隔てる検閲所もない。全てがひっくり返されたようにぐちゃぐちゃになっていて、通り行く人々の顔にも余裕がなくなっていた。自分以外の全てが敵であるかのように睨みつけて、最大限の警戒を怠らず、それでも犯罪が起きるといった様子。

「へいおっちゃん! カップ麺一つ! 金ならあるッスよ!」

「さっさと持ってけ」

「うぃ~! ジュードさん、あつあつのカップ麺をどうぞ!」

「カップ麺で食べ歩きなんて聞いた事ねえよ! ラーメン屋はどうした!」

「そんなの全部潰れましたって! 物流はちょっと回復したんで、それに応じた業務形態ってとこスかね? 潰れてない所も店舗としちゃ大ダメージ待ったなしなんで、暫くは閉店でしょうな~」

 仕方ないので箸を貰って食事にありついた。自分の手を動かして食べる食事がこんなに美味しいとは。カップ麺自体あまり食べた事ないからかもしれないが、いやそれにしても、身体が感動している。

「……無国籍料理、もう一回行きたかったな」

「お、常連だったお店でもあったんスか? 今度連れてって下さいよ~。あたいそういうの大好きなんで! 無限に付き合うッスよ~」

「……マーケットとも龍仁一家とも少なからず交流したけど、なんか『鴉』は気が抜けてるな。朝にゴミと称して人間を回収するなんてえげつない事やってた割には」

「ボスの気まぐれは良く分かんないんスよね~。でもあのゴミ処理のお陰で助かった人もいるんスよ。あたいとか、親の借金のカタで売られたんスから。はは、マジ死ねし」

「…………」

 食べ終えたカップ麺を二人分ゴミ箱に捨て(ゴミ箱っぽく扱われている場所)、壊れた倉庫から物資を根こそぎ奪おうとする人間をティカが銃殺。段ボールに入っていたジュースを二人分取ってきて、俺に渡してきた。

「『鴉』は、メーアの親切だけで作られたっていうのか?」

「そういう奴も居るって意味ッス。取り柄とかまじ適当で、ボスがあたいを世話役に抜擢したのもあたいが一番バカでアホだかららしいッスよ! 引き受けたのはさっきも言った理由ッスけどね」

「その理由自体も適当だろ。顔なんて、聞いた事ないよ。もっとマシな理由を言え。嘘でも」

「嘘なんスかね? バカなんでよくわかんないッス! でも理由なんてそんなモンじゃないスか? ジャックさんもそうッスけど、なんか重大な理由とかロマンチックな空気感がないと何もしちゃいけないんスか?」

 廃車になった車を見つけたので二人で車体に乗って寄りかかる。透子がこの国を滅茶苦茶にしても、そんな事はお構いなしに今日はいい天気だ。陽射しがあまりにも眩しい。目を開けるには、日傘が欲しいくらいだ。

 きっとそれが、丁度いい。

「明日命があるかも分かんないんスよ。どう生きるかなんて小難しい事考えるよりどう死ぬかじゃないッスか。自分がやりたい事をやればいいんス。理由なんてテキトーでも何とかなるッスよ。透子さんとの関係、あたいは詳しくないッスけどね。他人の気持ちなんて分かる訳ないんスからまず探して会う所からじゃないスか? それとも……ジャックさんの発言に左右される程度の感情なんですか?」

「――――――」

「自分が何したいかなんて考えるのは簡単ですよ。他人を納得させる理由なんてのは別にやりたい事と無関係じゃないですか―――へへ、特にジャックさんはジュードさん嫌ってるんで、納得させられる方法なんてないッスよ! 何なら透子さんにもう一回会って、こう言ってやればいいんスよ!」

 ティカは立った状態からくるりと後転すると、そのまま勢いで車の上に乗って手を筒とし、口の上で重ねながら叫んだ。

「お前の事やっぱ好きだ! 一緒に居たらすげえ迷惑かけっけど、好きだから一緒に居たいんだ! ってね!」

「おい、目立つからやめろって!」

「人が人を好きになるのに難しい道理なんてない筈ッスよ。それでもしフられたらあたいがジュードさん引き取って上げるッス。顔、タイプなんで」

「…………お前はどうしてそこまで俺を気にかけてくれるんだ? お前の事なんて知らないのに」

「えー酷いっす! ちょー酷いっす! さっきから顔つってんのに全然信じてくれないんじゃないスか! 顔、顔、顔! 男は顔っすよ! その優しそうな、笑ったら幼くなりそうな顔が好きなんスよね! ジュードさんに泣いてんのは似合わねッス!」

「……………………」

 ティカは車の上でしゃがみこむと、俺の顔を手に取って、軽く顎を持ち上げた。そして、屈託のない笑みを浮かべる。

「透子さん、貴方に出会うまでずっと辛そうだったんスよ。おんなじ女なんで分かるッス。だから仕組まれていても結果的に自分の手で殺した事に堪えられなかった。あの人間災害がそうなるんスよ。ジュードさんに抱かれたらもう、すげえハッピーになれるって事じゃないスか」

「…………ティカ」



「まあどうするかはジュードさんに一任するッス! 残り短い命をどう使うかなんてバカなあたいにゃ決められないッスよ! またジャックさんにチクチク言われたらそりゃもう、ぶっかましちゃって下さい! 聞いた全員が恥ずかしくなるくらいの!」


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