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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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生きるとは 死ぬこと

『これ以上聞きたきゃとっとと身体直すんだな。俺はいつでもあんたを待ってるよ』


 そう告げられたら俺も回復に専念するしかない……なんて言っても、死にかけの人間に出来る事は祈りだけだ。世話役にあてがわれた女性に見守られながら身体が回復するのを待つ事しか出来ない。その間ずっと、透子達の事を考えていた。


 ――――――何処に行っちまったんだよ。


 透子が行方不明になった。それはもうこの国に居ないという事ではないのか。そうしたらもう会えない。だって彼女が何処に行くのかてんで見当もつかないから。川箕やニーナは……生きているのだろうか。死んだなんて思いたくないけど、近くで透子の余波を受けてまともに生きているとも思わない。たとえ回復して身体が動いたとしても、俺を迎えてくれる人間はこの世に居ないんじゃないのか?

 マイナスな事ばかり頭を過る。今、世話をしている人間が死にたがっている事なんて世話役の女性は知る由もないのだろう。彼女達の居ない世界で俺はどう生きればいい? 何をすればいい?

 よく、分からない。

 寝て、起きて、寝て、起きての繰り返し。食事は自主的に行えないし、身体を拭く事さえ人任せ。屈辱的で、情けなくて、泣きたくなった。でも体は言う事を聞いてくれない。俺の意識が届かない。



 ようやく身体と意識が繋がった頃には、一週間が経過していた。



「お、元気になったっスか? 良かったスね~。んじゃ、あたいはこれで」

「…………」

「今にも死にたいって顔してるみたいッスけど、それはジャックさんの話を聞いてからでも遅くないッスよ。そん時は、殺してあげるんで」

「………………ああ」

 気味の悪い部屋から外に一歩出る。不思議な事に身体は痛まなくなっていた。幾ら動くようになったとしても、それはイコール全快ではないと思っていたが。毎日毎日お経を読んでいる子供は下の階に居たようだ。声が響いて聞こえていたらしい。

 階段を下りると、長椅子に座るジャックを見つけた。隣に座って―――身体を横たわらせる。

「教えてくれ、全部」

「……何処から教えたもんかな。あんたはトウコの正体をどこまで聞いてる?」

「人造人間って所は聞いた。お前とは幼馴染だったんだろ。確か同じ名前を聞いたよ」

「ふん、その通りだが、まだ隠されていたのか。いや、明かす意味もないと思ったのかもな。明かした所でどうにかなる訳じゃないから……知っての通り、トウコの力は異常だ。この町を震源地とした大地震は外にも影響してる。そこも含めて原型が留まってるのは行方不明になる直前のトウコが反動で起きた大津波を打ち消してくれたからだ。じゃなきゃ全員まとめて流されてただろうな」

「…………津波を消した?」

「日光を浴びると活性化率が急上昇する話をしたな。光が苦手っていうのは、弱点って意味じゃない。力をコントロール出来なくなるから苦手なんだ」

 ジャックは自分の頭を指で叩いた。

「人間の脳みそってのは優秀だが特定の作業を繰り返すにあたってはノイズが多すぎる。ところがアイツの脳は……それが可能なんだ。何故ならトウコにはAIが搭載されているから」

「AI? マシンって事か?」

「いいや、トウコという人格・肉体の形成にはデジタル化された遺伝子と当時研究所で運用されていたAIが停止間際に遺したプログラムが関わっている。人間から生まれてはないが、アイツは人間とAIのハーフって事だよ」

 人間とAIのハーフ。

 ハーフ?

「な、何を言ってるんだ? AI……機械は子供を残せないだろ」

「その、子供代わりのプログラムだよ。AIが独自に作り上げた、人の手が加わる事も中身を見る事も敵わなかったブラックボックスだ。機械っぽさなんてなかっただろうが、当然だ。AIは飽くまで身体の調整を担当している。俺らの脳みそで言うなら……大脳皮質が近いな。普段はそのAIが自動で全てを制御してる。トウコと寝たんだろ? なら不思議に思った筈だ。銃弾を通さない身体がこんなに柔らかい事なんてある筈ないって」

「……自動制御って事か」

「そうだ。日光を浴びすぎるとこの処理が重くなって制御が難しくなる。トウコ目線では力を加減出来なくなっていく。当然こんなのは自殺行為だ。事実マーケットのボスだった女は殺されたからな。だがその女が隠していた切り札が……通っちまった」

 いつの間にかジャックの手には注射器が握られていた。しかし針のように尖っているのは針ではなく刀身であり、その色合いは凄く、騎士達が持っていた剣に似ている。また、液体を入れる容器の部分は四角く平べったくなっている。

「この注射器は正にトウコにしか効かない魔法の武器だ。マーケットはこいつの中にトウコの血とウイルスを仕込んだUSBを挿して、トウコの身体にぶっ刺した。血流を操作してるのもAIだ。ウイルスを取りこんじまうんだよ。それで……アイツの中のAIが故障しちまった」

 その結末は、外の状況という事だろう。多くは語らず、ジャックは腕を伸ばして前方の椅子に足をかけた。

「制御できなくなった力を更に暴走させてやれば、歩く兵器の完成だ。あんたはそれで生き埋めになり、間接的に恋人を殺したんだと告げられたアイツは―――消えたんだよ」

 こうしてかばね町から絶対の秩序は消え去り、混沌だけが支配する世界になったというオチだ、と付け加えられる。

 言いたい事は沢山あったが、まずは幼馴染として、聞きたい事を優先した。

「お前は何で助けなかった」

「あ?」

「人間災害なんだろ。お前も同じなら、手を貸してやれば助かったんじゃないのか」

「馬鹿言うな。俺が災害だったのは海外を飛び回ってた時だ。俺はトウコに敗北し、全身を擦り潰されて肉片を海にばらまかれた。本来は子供の姿なんかじゃないんだ、ただ身体を再生するには……あまりにも多くの魚が俺の身体を食べちまったもんで、生態系に影響が出る。今の俺にあるのはカスみたいな再生能力とちょっとの硬さだけ。あそこに混じったとしても……結果は変わらねえよ」

「だとしても」

「大体な、普通の人間相手に後れを取る事なんてねえよアイツは。マーケットが用意したシンジって男がな、恐らくトウコの血を投与されて化け物になってやがった。それでもまともにやって勝ち目なんてねえが、一瞬の隙を突くくらいはな」

「え……っ」

 真司が……血を、投与。


『透子ちゃんの血は全ての生物に猛毒なんだって。有害成分が入ってるんじゃなくて……実際に私の血を垂らして調べたんだけど、透子ちゃんの血が私の血の成分を全部破壊して同じ成分に作り変えちゃうんだよね』


 川箕の発言が思い起こされる。たとえ一滴でも危ないという話があったような。


『血を摂取・吸収してすぐに効果が発揮する訳ではないけど、それでも数日がタイムリミットになってしまうの。私の身体の硬さは知っての通りだと思うけど、体内に何かを受け入れるって行為は初めてだから……もしかしたら出血するかもしれない。それで君を殺してしまったら、私はどんな顔をすればいいの?』


 透子自身もそんな話をしていたっけ。

「……血を投与されたら、死ぬって聞いた。ガソリン車が軽油を入れられるみたいなもんだって」

「間違ってないが、語弊があるな。その例えならガソリンの代わりにはなるし、出力もガソリンとは比べ物にならなくなる。ただ確実にぶっ壊れるってだけだ。適合出来りゃ話は別だが、殆どの奴は適合する前に死ぬ。尤もそりゃ、直接血を入れたらの話だ。他の人間の血も一緒に輸血されてたら、その人間の血が汚染されるまでの間なら生きていられる。丁度、アンタみたいにな」

「―――俺?」




「あんたには俺の血を投与した。ボスの血を経由する形でほんの少しだけな。俺はトウコと違ってきちんと生体の遺伝子から生まれた……人造人間ってよりは強化人間だ。アイツ程猛毒じゃないが、毒は毒だ。言い忘れたが、寿命は持って三か月だぞ」




「――――――!」

 生きる希望を失いかけていた所に余命宣告を受ける。俺の人生はとことんツイてない。幸せを喪ってからあまりにも…………でも、不思議と取り乱す気にはなれなかった。彼女達が居ない人生で、これ以上何を悲しめばいいか分からなくて。

「そう、か」

「ผีが死んでからは代理としてそのシンジがマーケットを取り仕切ってるらしいぞ。そういう遺言だとか何とか、まあ人間災害を排除出来た功績込みで納得だ。だから多分あっちも似たような処置は受けてんだろう。残り短い命で何をするかは自由だ。口は挟まねえ」

「……………………………」

「何もする気がないならそれでもいい。ボスはあんたに色々させたいようだが、正直俺はあんたが好きじゃない。意識が目覚めた時からずっとクソみてえな顔しやがって、自分は悲劇の人間だって自分で自分を憐れんでるようなその顔が俺は世界で一番嫌いだ」

「…………」

「俺はトウコの幼馴染だ。アイツが幸せになるなら何でもいい。幸せになりたいんだと言ったから俺も大人しく殺された。あんたと出会ってから最初は幸せそうだったんだがな。運命ってのに嫌われてんのか、アイツは傷ついてばかりだ。あんたと出会ってからトウコの人生ばかり狂っていく。ボスが何て言っても俺はあんたとトウコが再会する事なんて認めない。俺には分かる。まして今はもう力を碌に制御も出来ないんだ。あんたが近づいた所で木っ端微塵になるだけ。だからもう近づくな。これ以上傷つけるな。好きな人を何回も殺させる事が救いになんてなる訳ないだろうが」

 

 ジャックは席を立ってわざわざ俺の前を通り過ぎる。最後に、釘を刺すように一言。













「あんたじゃトウコを救えない。格好つけんのはもうやめろ」





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