怪物に善悪無し
「お兄ちゃんと遊ぶの!」
「あの時みたいにフリじゃないけどね……」
なの子の秘密を守りたい筈なのに刺客として差し向けるのはどういう事だろうと思ったが、渡された権限を見て納得した。そして一体どの口が透子を怪物呼ばわりしているのかと思った。俺にはなの子も普通の子供に見えるけど、この子を抱えていて透子を怪物呼ばわりはどうも……お前が言うなと。
なの子と透子の実力が伯仲していないからという考え方もあるが一般人の尺度から見れば多分同じな訳で。しかし透子もそうだが見た目の可愛さに反してとんでもない戦闘力を秘めているのは何故だろう。透子は偶然生まれた存在らしいからまだ納得は行くが、平気にわざわざ幼女のガワを被せる意味とは。ノットの趣味……でいいのだろうか。
「なの子は死ぬのが怖くないのか?」
「怖いが分からないの。怖くてもなの子はお父ちゃんに任された事をするだけなの! 今はお兄ちゃんの命令を聞くの!」
権限というのはこの渡されたリモコンの事だ。ボタンを押すと特殊な電波を介してなの子に指示が入るようになっている。ここだけ見たらとても機械っぽい。示月会の拠点は明らかでない所も多いが明らかになっている場所も同じくらい多いそうなので、今はそこに向かっている。
「壊れたら俺はどうすればいい?」
「今回は気にしなくていいの! なの子が頑張れば大丈夫なの!」
―――お気楽だな。
平気ならもう少し知的な事を言ってくれればそれっぽいのに、どうしてもこの幼い言動が彼女に人間性を与えている。
「あ」
「なの?」
「自転車返すの忘れてた……」
まるで登校時に忘れ物をしてないかどうかを不安に思うような、あまりにも唐突な思い出し方。一応お金は払っておいたから自転車を買い直せるとは思うが、そういう問題じゃない。俺の品性が問われている。
「お兄ちゃん締まらないの! 自転車なんていつ買ったの!」
「借りたんだよ。んー説明が面倒だけどなの子に迷惑かけたくなくて急行した時に借りたっていうか。えっと。なの子が俺の目の前で銃殺された直前の話って言えば伝わるかな。同じ個体なのか?」
「記憶は共通なの! でもそれは後で返せばいいの。なの子も付き添ってあげるの!」
「今はこっちの方が大事か?」
「お父ちゃんが怒ってるならなの子が頑張らないといけないの! お父ちゃんには怒っててほしくないの……怖いの……」
「……そうか。なら怒りが鎮まるように頑張らないとな」
ここのパワーバランスは不思議だ。ノットは密かになの子を恐れているし、なの子はノットの不機嫌を恐れている。ストレスを上手く管理出来ているが故の関係性なのか、それとも実はお互いに勝手に怖がっているだけか。
何が怪物で何が人間なのか、俺にはさっぱり分からない。どこに何の違いがある。透子は……俺だから断言するが、人造人間だからあれが違ったこれが違ったは今のところない。不思議な事と言えばありとあらゆる殺傷性が彼女の身体を通らないのにどうして触るとあんなに柔らかくて温かくて気持ちいいのかという事くらいだ。
川箕と挟まれた時が、一番理性を吹き飛ばされた。川箕の身体が柔らかいのは納得だとしても、透子は良く分からない。人造でも何でも人間がモデルになっているのだから両立は不可能だと思うのだが。
事務所は、今日日見ないような雰囲気を漂わせてそこに建っていた。
いかにも、というのは看板の事だ。木札に達筆で示月会と書かれている。事務所の規模としてはかなり大きく、手前にはゲートと警備員が常駐しているようだ。また監視カメラも複数に渡って設置されており、大通りからこの建物を見ようとしたらもうその時点でカメラには映ってしまう。俺達はその大通りから分かれる小道からやってきたのでまだカメラには……よく見れば家の窓越しに映っているだろうが、それは来訪を意識しなければ気づかないだろう。
「贋作づくりを生業にしてるんだっけか。製造現場はここじゃないんだろうけど、厳重だな。なの子は何で壊されたんだ?」
「なの子は賞金も小さいから全然狙われないの。でもおかしな事は言ってたの! あのお店に居た奴はこれで三人目みたいな!」
「……あのお店って、透子のか?」
「そうなの!」
レインも確かそれで俺のトラブルを勘違いしていた。居場所を割り出されて逃げたとか何とか。やっぱりあのお店に居た人間を優先的に狙っているのか。客全員と知り合いではないが、少なくともあそこに滞在していた人間が二人は死んだ(なの子は復活するのでノーカウント)という事になる。
―――あの場に集まったのは偶然なのか?
「なの子。あのお店に行った理由は……あのリストに載ったからなんだよな?」
「なの! あのリスト、りゅーじん一家がネットに公開したの! それを見たおとーちゃんが初日は動きが見えないから逃げようって言ったから逃げたの!」
……少し事情が分かってきたな。
あのお店に居た人間が狙われている、というより。あのお店にそれなりに人が集まるように誘導されていた可能性がある。ノット親子は自発的に、レインは襲撃されたので避難先として。それぞれ事情は違えどあのお店に集まった。俺の知り合いだけで構成されている訳じゃないから断言はしたくない。が、あのリストはもしかすると避難先として透子のお店に集まる可能性が高い人間が公開されたのではないだろうか。
自分達に懸賞金を懸ける、という名目で偽装し、お店に人を集め、集めた人間も含めて周囲の関係者を殺していけば透子の心にダメージを入れられるのでは、と。
『何か引っかかる程度の事だ。殺された子達に特別な事情は無いんだろう? この町に無意味で無価値なゴミの死なんて幾らでも転がっているが、あの場所に限って無意味を生み出すのはむしろ難しいだろう。リストに載っていた賞金首が沢山居て、人間型災害まで居たんだ。僕達の誰も犠牲になっていないのだとしたらその矛先の最終目標は人間型災害に向いている可能性もある』
『直接殺すのは勿論不可能だろうけど、孤立させる事は出来る。極端な話になるけど、世界を滅ぼしたいという思想の持主が手っ取り早くその願いを叶えようと思ったら、災害を怒らせてその暴威を世界中に向けてしまえばいいんだ』
今まで狙われ続けていた透子が、リストから露骨に外されている。誰も叶わない存在を一般人に狩らせようとは誰も思わないとか、怒らせたくないとか、もっともらしい理由を勝手につけてきたが―――思えばどう考えてもおかしい状況ではないか。顔を出さないにしても名前と賞金だけでも乗せればいいのに、事実、三大組織の頭達は名前と賞金の記載のみだった。あれだってどうせ常人には狩れない。何故透子だけが?
「……まあ、いいか。えっと、なの子、援護宜しく頼む。リモコンは使わないから」
「なの! ぶっ壊すの!」
「まだ話し合いだけだから! それは……話が拗れたらな?」
そう、情報も聞かずに潰すなんてあり得ない。何が起きているのかをしっかり見極めないと。大通りに身を出して、まっすぐに事務所の方へと歩いていく。ゲートに阻まれ、警備員が組んでいた足を解いた。
「あー? 誰だてめえ」
「…………カフェの関係者って言えば分かるか?」
「あ?」
「カフェの、関係者。大量の車引き連れてやってきただろうが。話を聞かせてくれ」
「……ちっ」
もう、怖くない。舌打ちなんで怯まない。怖がっていると相手に思われたらそれこそ思う壺だ。この町で悪党とつるむなら決して舐められてはいけない。今までは透子が傍に居る事で何とかやっていけたけど、彼女の幸せを壊さない為なら、俺が頑張る。
『好き…………好きよ…………ジュード君……私の…………おう、じさ……まっ……!』
その身体は無敵でも、心まではどうにもならない。口に出さないだけ、ゾンビのように耐えてきただけで透子はもう限界だった。誰も頼れず、誰にも愛してもらえず……あの夜は、ずっと嬉し泣きしているくらいにはボロボロだった。
「一度しか言わねえぞ、今すぐ! 出ていけ。 背中を向けて、ゆっくり歩いていくんだ。そしたら、命は勘弁してやる。二度と面見せんな」
「話も聞かせてくれないのか?」
銃口を突きつけられる。種類なんて分からないが、自動小銃でハチの巣にされれば人間なんて簡単に死ぬ。今はその瀬戸際だ。俺は弱い。透子と違って無敵じゃない。
「話を聞かせろ」
「てめえ……」
―――でも。
「何の事情も知らない奴が邪魔してんじゃねえ! 黙ってろ!」
至近距離から眉間を撃ち抜かれる寸前、俺は勢いよく横に飛んで背後からの射線を回避。殆ど同時に凄まじい発砲音と共に警備の上半身が吹き飛ばされ、バラバラになった。
―――好きな人の為なら、悪党の流儀にだって則ろう。




