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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 5 禍混じりて共に逢
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兄ではなくて、弟に

「え、え、え?」

 困惑する少女をよそに俺達は互いに思いもよらない所で再会してしまった。それぞれ全く出会おうとは思っていなかった。探していたが、ここで出会うなんて誰が予想したのか。

「……きょ、兄弟だったんですか? でも全然、顔が似てないような? っていうか『じゅうろう』って……」

「あ、いや……」

「名前が同じなんて不幸ですね! あの女の子に最低な事した夏目十朗とは似ても似つかないです!」

「……あ、はは。そ、そうだな」

 兄ちゃんが俺を見ている。普段ならすかさず睨み返していたところだけど、今はその表情を見るのが怖い。仮にも家族だった人だ、顔を隠したくらいで簡単に見破られる事くらい分かっている。

「エリちゃん。悪いけどちょっとだけ二人きりで話させてくれるかい? あ、返信はしちゃ駄目だからな」

「は、はい。じゃあ失礼します……」

 そういえば名前を聞いていなかったか。エリと呼ばれた中学生はそのまま退室し、入れ替わる形で兄ちゃんが席に座った。兄妹水入らずの時間とは名ばかりで非常に気まずい。ジュードと名乗り始めてから会うのはこれが初めてで……どれくらい時間が経ったかというとまだ久しぶりと呼ぶには短すぎる。

 せめて来年の夏くらいになっていれば、心の準備だって。

「……元気か?」

「え」

「元気かって聞いてるんだ。俺に答えたくない事も色々あるだろうけど、それくらいは教えてもいいんじゃないか?」

「あ、ああ。元気だよ。透子ともうまくやってる」

「……喧嘩もしてないのか」

「喧嘩は……出来ない、が正しいかな。透子はああ見えてそこまで我が強いタイプじゃないんだ。だからお互い譲れないって事はあんまりない。平和だ」

「エッチしたか?」


「ぐぶぐっ」

 

 俺は一体何に攻撃されたのだろう。ただ腹部を痛烈な一撃が突き抜けたような気がして怯んだ。兄ちゃんは神妙な顔で聞いているが、幾ら顔が真面目でもその質問はふざけている。

「何言ってんだよ! し、してる訳ないだろ! 大体……き、きにかけないでくれ。そんな事」

「なんだ、恋人じゃなかったっけか? レスは不仲の原因だぞ。今日はクリスマスで昨日はイヴだからしてるもんかと思ってた。しろよ?」

「う、うるさい! アンタには関係ないだろ!」

 緊張していたのが馬鹿らしくなった。どうして俺はこんな人の下世話な事情をずかずかと聞いてくる人間相手に何を話せばいいやらと慎重に構えていたのだろう。馬鹿らしいというか、馬鹿だ。そういえば兄ちゃんはそういう奴だった。女性の事を何でも知ったように語って、俺にもそれが出来ると思い込むタイプなんだ。

「ははははは! なんだ、やっぱ俺の知ってる十朗だ!」

「―――あ?」

「外でお前が色々やってるの見て、変わっちまったのかなって思ってたよ。けどその様子じゃ何ともなさそうだな。じゃああの時の女の子も殺してなさそうだ」

「―――ニーナの事? 確かにそれなら殺してないよ。色々と訳アリで、一言で説明すると面倒なんだけど」

 兄ちゃんはホッとしたように背中を丸めると、丸めたまま壁に凭れて崩れ落ちた。

「もういいよそれで! はぁ良かった。緊張してたのは俺だ、お前なんて俺が変わってるとは思わないだろ。本当に…………良かった」

「…………良くないだろ。兄ちゃん、自分が置かれてる状況が分かってんの?」

「状況? ああ、なんか俺が狙われてるんだろ。誰のせいだろうな」

 言い返せない。全く以てその通りだ。兄ちゃんは至って普通の一般人。狙われる理由なんてビンゴブックで二つ名のように記されていた『夏目十朗の兄』という部分。夏目十朗という名前は今更名乗るにはリスクばかり募ってしまった最悪の名前だ。かばね町を広げた戦犯、そして海外の資産家の娘を凌辱した男。後者の影響力のほどは良く分からないが慈善団体である騎士達を全滅させた事や、ニーナの父親がマーケットに対して敵対的な姿勢を持っていた事から影響力自体は無視出来ない。

「何でそんな、冷静なの?」

「冷静? いや、全く。ただ俺にはどうしようもない事だ。何もかも、な。見ろよこの腕を」

 突っ込むべきか迷ったので見逃していたが、兄ちゃんは包帯に支えられた片腕を突き出して苦い笑みを浮かべた。

「お前を探してこの町を歩き回ったらこの様だ。それから家でゆっくりしようとお思った直後に色んな人が部屋に押しかけようとしてきて……彼女に連れられて逃げ込んだんだ」

「余計危ない場所に逃げてどうするんだよ!」

「俺もそう思ったんだが、どうも彼女曰くな、俺を狙った人は一般人で、俺が殺せたらその人がかばね町に逃げ込んでお咎めなしになるだけだから最初からこっちに入った方が望みがあるって言うんだよ。まああれだな。無敵の人って居るだろ。捕まっても失う物がないから自由に犯罪出来る人間。かばね町の存在はそれの合法化みたいなもんだから言いたい事は分かるんだ」

「……彼女さんは?」

「ホテルに居るぞ。俺は……ああ、エリちゃんを助けたら戻れなくなったから、どうにか帰る手段を模索中だ。何とかしてもう一回外に帰れるなら、ついでにエリちゃんも帰しちまえばオッケーだろ。外の警察はちゃんと有能だしな」

 やっぱり緊張感がない。

 発言からして兄ちゃんはやっぱり町の中ではなく外で暮らしていたようだが、あの子と同じように緊張感が皆無だ。腕を折られるくらい酷い目に遭ってまだ何とかなると思い込んでいる。違う、俺が無事なのは川箕と透子のお陰であって、この町は非常に危険なのだ。どうして何とかなる精神で―――全てが上手く行く見込みで行動出来る。

「兄ちゃん、悪い事は言わない。人を助ける前に自分の身を考えるべきだよ。一週間、遠くに旅行行くとかさ。考えないの?」

「いや骨折したんだっての! お前こそ少しは悪いと思えよ。兄ちゃんが旅行出来なかったのはお前を探した結果骨折したんだからな!」

「……知らないよそんな事。俺は探してほしいなんて言ってないし、じゃあここで謝ったとして俺は何に謝ってるんだ? ここに来た事は全く後悔してない。俺は幸せだ」

「おい冗談だろ。幾ら人間災害と上手くやれてるからって幸せって事は」

「幸せなんだよ。人生で一番、楽しいんだ」

 両親も兄ちゃんも、どうせ理解してくれないと思ってこれまで本音を隠してきた。これは偽らざる本音だ。強がりでも、条件反射の買い言葉でもなく。兄ちゃんは驚いたように瞬きをした後、憐れむような視線を俺に向けた。

「………………ごめんな十朗」

「何が?」

「……何でもないよ。お前暫くここに居るんだろ。俺はまた少し出かけるからエリちゃんを守ってやってくれよ」





















 半ば押し付けられるような形で中学生の保護を任されてしまった。と言っても一時間くらいでまた帰ってくるらしいからそれを信じるしかない。食事は自由だがついさっき昼食を摂ったばかりで全くお腹が空かないので、川箕に向けて贈る予定のプレゼント、その続きを作る事にした。

「お兄さん手先が器用なんですね~!」

「慣れたんだよ。流石に最初からこうじゃなかった。この町で修理屋をやってて、その仕事をしてる内にさ」

「これ、動くんですか?」

「まだ動かさないでくれ。アドリブで作成手順変えるとか出来ないから。プレゼントなんだ、大切な人の」

「へえ~……お兄さんみたいな人が沢山いたらこの町も平和なのになあ」

 ぼんやりと呟くその一言に悪意はない。助けてくれた人間を悪人と思う方がどうかしている理屈は良く分かるが、間違ってもその言葉を肯定してはいけなかった。頭を振って、態度で示す。

「俺みたいな奴が沢山居ても何も変わらないよ。俺も悪人だからさ」

「え~?」

「反社会的勢力と付き合う事すら駄目ってのは有名だろ。俺にはそういう付き合いしかない」

 特に人間災害は―――透子の性格を抜きにすれば世界各地に被害を残した最低最悪の存在だ。俺はそんな存在を好きだと言って憚らない。透子を好きになる代償が評判だというなら喜んで受け入れよう。

「じゃあお兄さんも悪人ですか?」

「や、兄ちゃんとは縁を切ったつもりだった。あの人は普通の人だから信じていいよ。俺よりも頼りになる筈だ。ついていけばきっと……出られるんじゃないか」

 兄がまだ無事で、且つ脱出プランを練っている事に安心したとはいえ、それと引き換えに俺の脳裏には新たな呪いが刻まれてしまった。


 ―――透子と不仲じゃ、ないよな?


 関係を進めないのは俺のヘタレもあるが、それ以上に家でするのは川箕に迷惑で、かといってホテルを使うのはそれはそれで川箕やニーナに危険が及びそうという理由からだ。勢いで誘った事はあるけど、あれ以来そんな度胸のある発言は出来ていない。

 

 善人じゃない。悪人との付き合いが多すぎるから。

 聖人じゃない。二人の女子との共同生活で、興奮を忘れた事がないから。


 ああもう、何も考えたくない。別の事を―――そうだ、ビンゴブックの基準とか考えよう。レインはあのカフェに居た人物が狙われているとか言っていたが、兄ちゃんは無関係だ。それに店員の子も、ただの一般人だから狙われる理由がない。客の誰かが殺した線は完全に否定された訳ではないものの、レインもなの子もノットもそんな話はしなかった。同じカフェに居ても他人は他人だ。口止めされているとは思わないし、なの子の口を止められる気はあまりしない。映像を見返した際の不備を指摘されたから次に俺がするべき行動はフェイさんのお店へとんぼ返りする事として―――

「世間話として受け止めてほしいんだけど、君には頼れる人間が居ないのか?」

「はい?」

「俺の兄ちゃんは普通に他人だろ。両親とか彼氏とか親戚とか、助けを求めないのか?」

「家族に助けなんか求めたら危ない目に遭わせるじゃないですか! そんなの良くないです! 彼氏とか、うちのクラスの男子はサイテーな奴しか居ないからあり得ません!」

「…………そりゃ、悲しい話を聞いたな。ごめん」

「お兄さん、私の彼氏に立候補しちゃいますか? お兄さんなら考えてあげなくも、ないですよ!」




「あんまりその気はないからお断りしておくよ。タイプじゃないし」




「ガーン!」

 効果音を自分で言うくらいリラックスしてくれているなら十分だろう。兄ちゃんに文句は言わせない。俺は十分保護者をやっている。

 タイプかどうかはさておいて、透子や川箕を差し置いて選ぶ程の関係性がないのは事実だ。四人で撮った写真、まだプリントされていないが今でも鮮明に思い出せる。俺の幸せな記憶。

 家族の、記憶。















 兄ちゃんが帰ってきたのは一時間どころか、外が宵闇に包まれる頃合いだった。

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