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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 5 禍混じりて共に逢

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町に喰らわず呑まれず

 製作も一区切りついたので、店を出て当てもなく町を彷徨った。現場に居た人間に話を聞くのが一番手っ取り早いから、向かっているのはここから一番近い場所―――なの子のお店だ。あれはお店と呼ぶには店舗らしい店舗もないが、駐車場付近を適当に探せば見つかると信じている。


 ―――なの子ちゃんが教えないなら、お父さんに聞くしかないよな。


 偏見だが、子供は隠し事が出来ない。少し切り口を変えるだけで簡単に教えてくれると思っている。なの子ちゃんくらい幼いなら猶更だ。その子供が頑として口を割らない瞬間があるとすればそれは親から固く口止めされているからだと思う。透子を抜きに話すのは少し緊張するが、あの場に居たならきちんと証言を取らないと。


「きゃあああああああああ!」


 今日はクリスマス当日。いつもより遥かに騒がしく、またいつも以上にトラブルの多い日だ。かつて責任をおっかぶせられて危うく殺されかかった時も、町の人間からはこんな間抜けに見えていたのだろうか。何をしたか分からないが、制服を着た中学生が全速力で走って逃げている。可哀想に。

「えっ」

 中学生は、なの子ちゃんが車を置いている立体駐車場に飛び込んで行ってしまった。


 …………。


 暫く逃げてきた方向を見ていると、見た目こそバラバラだが明らかに人を探している集団が道行く人に声をかけていた。当然俺の方にも向かってくる。手には特殊警棒、勝てる筈がない。

「女、ガキ。ミテナイカ?」

「あー。見た、けど」

 見知らぬ人間相手でも全て助けたいと思う程俺も聖人じゃないが、あそこでトラブルを起こすとなの子に迷惑がかかって話を聞くどころじゃなくなるのが困る。だがさっきの光景は近くに居た人間全員が目撃しただろう。俺だけが嘘を吐いたらそれこそ関係者みたいに思われないだろうか。

「………………あの駐車場を抜けて、向こう側に行ったよ」

「……」

 軽く警棒で俺の腹を突いてから、男が仲間達と合流して情報を合わせる。その僅かな瞬間に俺は全速力で裏路地に入り逃げるように駆け出した。腹部を攻撃されて反撃したい気持ちこそあったが俺は透子じゃないし武器もない。逃げた方がいい。関係者と思われても面倒だし、何よりなの子に今後起きるかもしれないトラブルについて教えないと。一度真反対に逃げてから町をぐるっと外周して―――時間が足りない。

 だがタクシーは駄目だ。殆ど人攫いに関連しているか、とんでもないぼったくりの二択なので。

「おいアンタ、自転車貸してくれ!」

「え、え、お前誰?」

「金やるから! 後で返す!」

 見知らぬ人間に金を押し付けると、まさに乗ろうとしていた自転車を奪って全速力で漕ぎだした。車なんて奪っても運転出来ないが自転車なら大丈夫だ。大通りを爆走し、ぐるっと大回りをした後、反対側から立体駐車場にアクセスする。目立たない場所に自転車を停めて、側面から駐車場に侵入した。

 これだけ大量の車が駐車されていると確かに籠城するにはうってつけかもしれないが、彼女が盾にしようとしているその車はなの子の商売道具だ。お願いだから気安く使ってほしくない。話が拗れる。



「用事もないのにここに入っちゃ駄目なの!」

 

 

 駐車場に沿って降りればなの子と出会えると思ったが少し遅かったようだ。下で揉めている声がする。上り坂の壁に隠れて様子を見ると、やはりさっきの集団が全員でなの子を囲んで詰め寄っていた。

「ここには誰も来てないの! ほんとなの!」

「~~~~!」

「言葉分かんないの! 帰ってほしいの!」


 パンッ!


 乾いた銃声と同時に、なの子が床に倒れた。

「い、いだぃの……」


 パン! パン! パン! パン!


 連なる銃声、それから全員で動かなくなったなの子の身体を足蹴に何度も何度も踏みつける。何度も何度も何度も何度も何度も何度も。 最後に何人かの男達が幼女の亡骸に小便をかけて、笑いながら駐車場へと上っていく。

「………………」

 何も出来ない自分が恨めしい。怒りのままに身を任せてもなの子の二の舞になるだけだ。だからここで飛び出してはいけないし、飛び出さなかったところで何か出来る訳でもない。俺は……こんな惨たらしい最期を見たくてここを訪れた訳じゃ。

 ふと、何かの気配を感じて振り返ると、駐車場には本来あってはならない木製バットが転がっていた。何処にこんな備品を用意しておく理由があるだろう。何かの拍子に落ちてきたのだとしても、そんな音は聞こえなかった。

 いや、もう何でもいい。良く分からないが武器が手に入った。バットを強く握り、駐車場を音を立てずに上る。車の駐車スペースの角で低く身構え、足音が近づくのを待った。


 ―――こんな事をしても、生き返ったりはしないんだろうけどさ。


 俺が、ムカつく。

足音が背中を通り過ぎた瞬間、俺は飛び出した勢いのままバットを振りかぶった。




















「はぁ、はぁ…………あークソ。くそ。クソ。くそ。クソ!」

 人を殴る感触なんて碌なもんじゃない。不意打ちは成功して見事に全員昏倒したが、俺の気分は最悪だ。骨を叩く、肉を叩く、血を吹き飛ばす感触が手の中に染み込んで気持ち悪い。それは確かな殺傷能力の証明だが、それ以上に身体が萎えた。

「…………」

 ごめんと謝ってどうにかなるような事じゃない。なの子がこれで生き返ってくれるならそれに越した事はないけど。決してそんな奇跡は。

「あ、あのぅ…………」

「…………」

 振り向く気になれない。誰が声を掛けてきたのかは分かっているのに、全てがどうでも良くなった。

「…………早く行けって」

「あ、有難うございます! こ、この町にもいい人って居るんですね!」

「…………いい人は人を殴ったりしない。お前を殴ったりしない内に早く行けよ。いいから」

「ひ、な、殴るんですか!? それじゃあ、し、失礼します。あの、どうして追いかけられてたとか、気にならないんですか?」

「―――」

 気にならない事を気にしているのか。まさか俺が似たような言葉を誰かに向けて言う事になるとは思わなかったけど、言わないとこれはこれで別のトラブルを起こしそうだ。

「お前、外の人間か?」

「あ、は、はい」

「そうか。詮索屋は嫌われるんだ。今回みたいに運よく助かるとは限らない。自分の身は自分で守れ、攻撃しろって話じゃなくて、無暗に首を突っ込もうとするなって意味だ」

「…………わ、分かりました! じゃ、じゃあ行きます!」

 足音が遠ざかっていく音がする。スロープを抜けないと下には降りられないと思うが、直接飛び降りるつもりなのだろうか。ああいや、真反対にもう一つスロープがあったっけ。それならそこから降りればいいだけだ。

「………………はぁ」

「お兄ちゃん、こんな所で落ち込むなんてらしくないの。よしよしなの!」

「ああ、いや、きをつか―――」

 頭を撫でる小さな手。振り向くと、なの子が立っていた。



「…………え。えっ」



 人間、本当に驚くと声が出ない。なんて事はないが、しかしここまで至近距離で常識を覆されるとどんな反応をしていいかも微妙だ。結果、固まる事しか出来ず、暫くなの子と見つめ合うだけの奇妙な時間が続く。

「な、の。子?」

「なの?」

「いや、え? 双子? いやでも確かに―――」

 スロープの方を見ると、まだそこにはなの子の残骸がある。なの子だった物―――え? 血が、出ていない?

 なの子もそれに気づいたようで、とてとてと頼りなく走って至近距離からその残骸を確認。びっくりしてから俺の方を向いた。

「壊れてるの! 大変なの!」

 こんな時、どういう顔をすればいいか分からない。いや、本当に。笑えばいい訳でない事は確かだ。誰か俺に説明してくれ。最悪、なの子を破壊したこいつらでもいいから。

 俺も残骸まで駆け寄ると、なの子だった物体は確かにハチの巣にされ、人間として即死している。何発撃ち込まれたのだろう、人間……いや、まともな生物で在る限りまず生きていない。でもなの子は、ここに居る。

「……まさかなの子。普段ロボットに業務を任せてるのか? これは君を模したロボットで、こういう事になるのを防ぐ為に」






「なのは元々ロボットなの! お父ちゃんの最高傑作なの!」

 

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