明けぬ闘争の宴
準備は着々と進んでいる。途中から川箕も戻ってきて、おおよそ会場の設営は終わった所だ。俺がもっと本気を出せば後三〇分は早く終わっただろうが、川箕のサンタ衣装に気を取られて集中出来なかった。ノースリーブの服装なんて普段からタンクトップ姿で居る事が多いから何てことない筈なのに、スカートの問題だろうか。制服以外であまり着る事がないから新鮮に見えているのかも。
―――これ殆どネタバレだろ。
誰がプレゼントを贈るか、という話をしている。しかしそうなると川箕は自分のプレゼントも自分で作る……? 俺が贈れる範囲なら贈りたいが、まだツリーに欲しい物は書いていないようだ。
「クリスマスカードは送らないのですか?」
「クリスマスカードってなんだ?」
「お世話になった方や家族、友人等に送るグリーティングカードの事です。お父様は……いつも忙しそうに送っていらっしゃいました。本当は先月に送るべきなのですが」
「私達にそんな文化ないからなあ、準備してないや。うーん、じゃこうしよっか。透子ちゃん全然帰ってこないから夏目が迎えに行ってよ。その間に私達でカード書いちゃうから」
「お、お姉様。私はもう書いてしまいました」
「え、そうなの? じゃあ私だけか、まあいいや、どんな事書けばいいか教えて?」
「俺が迎えに行くのは確定かよ。まあいいけどさ」
透子の正体を知ってから不安が無くなった……と言ってしまうと嘘になる。何故か、それは彼女を殺しにかかる勢力を知ってしまったからだ。騎士団は相手にもならなかった、この町のいずれの組織も彼女を殺す事は諦めた? ただ、それは敵が居なくなったという意味ではない。帰ってこないのは透子を殺す手段を誰かが見つけて逃げ回っているのかもしれない。
その可能性を考慮すると電話はかけられない。徒歩で職場まで行った方が良さそうだ。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっ」
「ジュード様!」
ガレージを出ようとするとニーナは俺に近寄ってきてひしと体にしがみついた。それが何となく顔を下げてほしい要求だと思って片膝をつくと、頬に下手なキスをされた。
「……お待ちしておりますからね」
「はは。行ってくる」
やっぱりニーナの愛が重いが、しかし今日くらいは有難いかもしれない。家に引きこもって穏やかに過ごそうという計画は何も怠惰から始まった訳ではないのだ。
「今からぁ~飲み干しまーす!」
「うぎゃあああああああ!」
「今日……どう? 五万でいいよ」
「いいじゃん! な、最高だろ。中学なんてやめてうち来いよ! 気持ちいいぜえ、女の身体はよお!」
かばね町にもまともな人間は居るが、クリスマスの日に外へ出る人間は殆どまともな奴等ではない。大抵何処かの組織の人間だ。面倒事に巻き込まれると分かっていて練り歩く人間がまともである筈ないだろう。御覧のように、事情を知らない人間が浮かれて外を歩けば忽ち餌食になる。
まあ外へ出なくても、誰かが巻き込もうとすれば巻き込まれると思うが。透子はその限りではないから、何故ここまで遅い帰りなのか分からない。まさか本当に……
電話はもう三回もかけたが全然出てくれない。これはもう何かあったとみるべきだ。気づけば駆ける足は速くなり、彼女の職場へと向かっていた。そう遠くはない。その筈なのに随分と道が遠く感じる。トラブルに巻き込まれないように人の多い道は避けているから? いいや違う、彼女が無敵だと知っているからこそ、俺に連絡をよこす余裕がないほどの事態が想像もつかないからだ。
「な、何だこの……量」
透子の職場は今にもお化けが出そうなボロボロのマンションの中を改造して営業しているが、そこに向けて駐車している車が何台もあった。二台とか三台の話じゃない。五〇台以上が道路を占領して、その全ての向きが彼女の働くカフェへと向いている。
「…………と、透子!?」
車の隙間をすり抜けて入り口まで行こうと思ったが詰まりすぎて無理だ。申し訳ないとは思ったが、車を上って階段近くまでそのまま抜けていく。流石に階段に駐車する人間は居ないから、ここからはいつも通りだ。銃弾は転がっていないし血痕も見当たらない。それならこの異常な駐車量はなんだ? 目の前で通行止めを食らって身動きできなくなったならともかく、車は勝手に集まってきたみたいだ。
扉を開くと、お店がいつにないほど混雑した様子が一目で分かった。そして透子が電話に出られない理由も。
「はい。お待たせしました」
「祀火さん。対応よろー」
「はい。お待ちください」
「…………な、何なんだこれ」
俺の声に透子が振り返って、驚いたように眉を動かした。
あまりに忙しそうなので注文はしないとして、それでも透子が俺の所に来るまで三〇分はかかった。店員は見た限り彼女一人だけで、所謂ワンオペだ。それに対してお店は椅子が明らかに不足しており、机の上にお尻を置いて座る客も居た。中には見覚えのある顔もある。
「疲れてないか?」
「身体は疲れてないけど、心は疲れたわね。君に癒してもらいたいわ」
「……俺に出来るなら頑張るけど。何でこうなってる? シフトがどうとか店長がどうとか……流石にこれだけの客が居るなら仮に休みでも来させるべきだろ」
「……この町のクリスマスがどういう感じかという話をしたと思うけど、覚えてる?」
悪党共が一般人を駒に見立てて遊ぶという話なら勿論覚えている。悪趣味としか言いようがないが、口車に乗りさえしなければ基本的には避けられる筈だ。
「覚えてるよ。でもこのお店はトラブル持ち込み禁止だろ? あ……いや、ん? 待て。なんかおかしいな。それなら一般人が避難所代わりに来てるべきだ。全員まともじゃないぞ」
「お兄ちゃん酷いの!」
「気軽に利用出来るほどうちは有名じゃないけど言いたい事は分かるわ。ただ今回は少し事情が違ってね……順番に答えていきましょうか。まずは見ての通り、忙しすぎて帰れないわ。他の子は全員連絡が取れないし、店長はお前だけで何とかしろって言って聞かないの」
「……ここを開いたまま帰るって事は出来ないのか?」
「そうしたらここの評判が落ちてしまうわ。仮にもお世話になった職場だしそんな酷い事は……だからパーティーは三人だけでしてもいいわよ。私は……寂しくなんかないから」
「何言ってんだよ、俺はお前にも参加してほしいんだって。まあそれには……この状況を解決しないといけないみたいだけど」
透子の手を握ると、彼女は同じくらいの力で握り返してくれた。
「―――次にお客さんについて。見ての通り、巻き込む側か、巻き込まれる前に上手く逃げられる側の人間ばかりね。実は今回のクリスマスパーティーだけ趣向が違うみたいなのよ」
「というと?」
「私が君に伝えたのと少し似ているけど、今回は一般人による私達悪党のバウンティハントよ。参加した組織はそれぞれ所属する人間に懸賞金をかけて公開したの。今日から一週間の間にどれだけ殺せるか、その殺した数だけ賞金が手に入るパーティーね」
「これがそのリストだ」
隣の席に突如姫―――ではなく、レインが座った。相変わらずコートの下はマミーのようだが、包帯が少し剥がれている。地肌からは血が出ていた……って、地肌の上から包帯を巻いているのか?
「レイン……騎士団は大丈夫だったか? KIDのせいで大変な目に遭ってそうだ」
「大丈夫なものか。人違いだというのにやたらと追い回されて面倒だったぞ。幸い、顔を合わせれば誤解は解けたのだがな……誤解を生むような存在は邪魔だと言われてしまうと元も子もない……勝手に話を終わらせてないよな? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ。結構気にしてたんだな……」
リストには様々な人間に懸賞金が賭けられている。写真付きの人間も居れば名前のみの記載もある。基本的に懸賞金が高い順で並んでいるからこそ気づいたが、なんと三大組織のボスもそれぞれ懸賞金がかかっていた。
闇市の亡霊 ผี
龍王 龍仁一之介
狂鴉 メーア・スケルコ
通り名みたいなのはゲームっぽさを出したいのだろうか。懸賞金は一律で五千万ドル。後のページは関係組織の幹部とか下っ端とか。ページをめくるとなの子ちゃんにまで賞金がかかっている。まあ、高くはない。
「KID意外と高いな」
「死体処理業を独占してるからだな。お前の懸賞金はないみたいだ。残念だったな」
「喜ばしい事だよ! でも目的はなんだ? 一般人が悪党を倒せる訳ないだろ」
「その為の武器も配られているわよ。闇市で、無料で。目的は……そうね。腑抜けた配下に緊張感を持たせるとか、これで好成績を残した人間をむしろ仲間に誘うとか、いろいろな目的があるらしいわ。人間、一度殺しのブレーキが外れてしまうと戻れなくなってしまうから……特に今まで善良に生きようとしてた人ほど、ね」
「らしいって」
「メーアが全部教えてくれたのよ。『この偉大なる心遣いに感謝するといいクハハハメリークリスマス』とか何とか言って」
「…………夏目十朗の騒動だな。恐らくその一件から思いついた催しだ。思いのほか、この町には私達に対する嫌悪がある。人間災害と夏目十朗へのヘイトはその一例に過ぎない。あれはこれ以上この町のイメージを悪くするなという意味合いがある。後はまだ尻尾すら掴めていない潜入捜査官の排除かもしれないな」
「―――まだ見つかってないのか」
「私達の与り知るところではないが、色んな組織が情報を警察に渡され、この町の外の活動場所を摘発されているらしいぞ。幹部ではないから、どこかの下っ端に紛れていると考えればこれがある種のローラー作戦とも言える」
そこまで大胆なのに透子に懸賞金がかかっていない辺りが抜け目ないというか、一般人を扱った程度では到底殺せない事を全員が理解しているという事か。
―――じゃあ、あれか。
つまりここに集まっている人達は懸賞金リストに載ってしまった人間達で、車はある種の通行止めで、このお店に籠城する事で難を逃れようとしているという事か。
「一つ疑問なんだけど、殺されるくらいなら殺すってのが大半の奴らの流儀なんじゃないのか。何でこんなコソコソしてる?」
「単純な話よ。例年通りの催しなら末端や個人で活動する人間は別に参加しなくて良かったもの。それを今回は強制的に標的として参加させられているから―――祝日くらいゆっくり過ごさせてくれって人が集まってる」
最後のページを見て、俺は自分の目を疑った。そこには居る筈のない人物がリストに上がっていたからだ。
夏目十郎の兄 夏目勇人 三〇〇〇万ドル