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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 5 禍混じりて共に逢
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純白の一夜

「ジュード様!」

 夕方になると、ニーナが一人で帰ってきた。この危ない町を一人で帰ってくるなんて……と思ったが、時期が時期だ。少し変わった格好はしているがバイザー程度で目立つならかばね町には変質者しかいない。

 バイザーとは言っても特殊部隊が使うような物を被っているでもなし、両目を完全に覆うようになっているだけだ。少し目立つだけでは、この町じゃ気にも留められない。日傘を所構わず差している透子の正体を知っている人間が一部という時点で、それは明らかだろう。

「ニーナ、お帰り。よく一人で帰ってこられたな」

「お姉様の作ってくださったこのデバイスのお陰ですっ! ジュード様、一人で戻ってこられた私を褒めて下さいますかっ?」

「ああ、おいで」

 ニーナをめいっぱい抱きしめて抱え上げる。座りやすいように腰を腕に置かせると目線が持ち上げられて彼女は嬉しそうに笑っている。やっぱり泣くよりは笑ってくれている方がいい。泣き顔なんてのは、相手がだれであっても見たくないものだ。

「お、ニーナちゃん、おかえり。帰ってきたんだね」

「お姉様っ! 今日という日は私にとって大切な一日になる予定なのです! イヴは大切な人と過ごす日だと……そう教わりましたわ。イギリスでは事情は少し違いますが、国が違いますもの、こちらの慣例に従いますわ」

「あはは。この町は更に特殊だから従わない方がいいけどね。でも良かった、丁度人手が欲しかったんだ。透子ちゃんが帰ってくる前に終わらせちゃおっか、クリスマスの準備!」

 クリスマス当日は碌でもない催しがこの町で行われると透子から聞いたばかりだ。俺達はそんな変な騒ぎには乗っからずにゆっくり過ごすと心に決めた。幸い透子が居るお陰で巻き込まれる心配も最小限だ。頼ってほしいと言われたし、遠慮なくその力には頼らせてもらおう。

 既に町の景色の多くはクリスマス気分だ。かばね町と認定され広がってしまった領域も復興が進んですっかり祭りの色に染まっている。だから傍から見ればまるで巨大なパーティー会場のようにも見えるかもしれない。

「俺達、巻き込まれたりしないよな」

「透子ちゃんが居るし大丈夫じゃない? 悪い人達も理由なく巻き込まないでしょ」

「ジュード様~と~くーりすます~。うふふ、うふふふふ……♪」

 川箕は何年もこの町のクリスマスをやり過ごしているのだろう、やや不安そうな表情ながら、透子を理由にリラックスしようとしている。ニーナはもう、お気楽だ。自分がもう危険に晒されないと思い込んで―――いや、もうそんな状況には俺がさせないけど。

「じゃあツリーとか装飾品とか出しちゃうけどいいよね。プレゼントは…………あー、願い事は早めにね? サンタさんが見逃しちゃうかもだし!」

「お姉様! 以前買い物にご同行させていただいた時に買ったお洋服を着たいです! ジュード様に見せたくて!」

「ニーナちゃん気合い入ってんねっ。そのバイザーだと、色まで正確に分からない筈だけど」

「いいえ、分かりますわ。服が私に着られたがっておりましたから!」

 感覚統合バイザーは他の健在な感覚を視界構築の補助に回す事で間接的に視界を回復させるらしい。原理は良く分からないが、普段は聴覚と触覚の機能を制限して視界を十全に確保しているらしい。

「じゃあ俺は何してればいいんだ? まさか仕事か?」

「夏目は、適当に待っててよっ。休憩って事でもいいからさ!」

「何もないのか……」

「頼れる男の子は、夏目一人なんだよ? 女の子三人の機嫌くらい取れないの~?」

「…………わ、分かったよ。待ってるよ」

 川箕にも透子にも甘えてしまったし、強く出られないのがネックだ。たまにはこっちの言う事も聞けなんてそんな…………ニーナもお洒落したいそうだし、別にいいけど。

「でも川箕もお洒落したいなんて意外だな。あんまり気にしないタイプだと思ってたよ」

「そりゃ普段は気にしないよー。作業で汚れちゃうし。特別な日は……過ごす相手が居なかったかな。彼氏欲しいなーなんて思いながら結局家族と過ごしてた訳。だから、わ、笑ったりしないでよ?」

「笑わないよ。大体人を馬鹿に出来る程のファッションセンスが俺にはないからな」

 茶化したくないから言わないが、美人は何を着ても美人なのではないかという仮説が俺の中に存在している。川箕と透子に関してはスタイルの良さを差している訳だが、ニーナは違う。彼女の肌は……そう他人に見せられるべきではないのだ。生まれたままの姿は俺だけが知っていればいい。これ以上傷つく必要なんてない。だから何を着ても似合うという前提は崩さず、好きなだけお洒落してほしい。俺は沢山褒めるから。

「…………」


 ―――他の人達も平和に過ごしたりしてんのかな。


 例えばなの子ちゃんとか。まだ子供なんだからこういう日くらいは静かに過ごしてい欲しい。KIDやレインは厳しそうか。クリスマスだからこそかばね町には大量に死体が生まれるだろうし、そもそもレインは完全に無関係だったとはいえ『姫』と呼ばれていた。あれで巻き添えを食らわない訳がないから、休む暇がそもそもあったのかどうか。

 テレビを見ればいつの日も外の世界とこの町の現実の乖離を思い知らされるが、今日だけは変わらない。俺達の家も外の世界も平和だ。

「…………」

 

「ジュード様!」


 真っ先に返ってきたのはニーナだ。台車に装飾品の詰まった箱を乗せてガレージまでやってきた。服装は以前に買った服とは違い、上半身周りにレースのあしらわれた純白のドレスを着ている。

「ニーナ! …………綺麗だな。本当にお姫様みたいだ」

「…………! ジュード様に相応しいお姿でしょうかっ?」

「ふさわ、しい? それは分からないけど、でも本当に綺麗だよ。転ばないかだけ心配だけど」

 台車をガレージの隅に置くと、ニーナはバイザーを下に傾けて足元に気をつけながら近づいてくる。一人で帰ってこられるくらいには慣れてもやはりまだ不安は残るか。試作品らしいし、改善されるまではおぼつかなそうだ。

「ジュード様。私、必ずや貴方様に相応しい淑女となります。で、ですからそれまでお傍に……私の成長を見届けて下さいませ」

「……ああ。大丈夫だよ。君が死なない限りはずっと傍に居るし、死なないように守るつもりだから」

「…………ジュード様…………!」

 俺の悪い癖?

 いいや、嘘はついてないし、相手が喜んでいるならそれでいいだろう。結果的にこういう事をするせいで俺が疲れるのと、相手が喜ぶのは別の問題だ。俺が疲れる程度でニーナが幸せになるならそれでいい。疲れたその瞬間だけは、文句を言うけど。

「じゃ、気を取り直して俺達だけでも準備を始めるか。川箕が何で来ないのか分からないけど、いいだろ」

「お姉様は何処かに電話していらっしゃいましたよ?」

「電話? …………着替えは済んだのか?」

「あ、それもまだですわ。これまでご友人とお出かけの際にお洒落をしてこなかったご自分を悔いておりました」

「あー…………」

 川箕は自分の住所を隠すので手一杯だったのだろう。何がきっかけで住所がバレるか分からない以上、制服のまま行った方がいっそバレづらいみたいな。そういう小賢しい工夫をしていたに違いない。

「ジュード様は、お姉様の事をどう思っておられるのですか?」

「……別に、大切な人だよ。そもそもここはアイツの家だ。俺に生きる場所をくれた、二度目の人生を行う舞台をくれた人だ。ただの同級生なんて割り切った事は一度もない。透子だってそう。ニーナも、そうだよ」

「私も?」






「俺に、まだ善い人のままでいようとする理由をくれた大切な……女の子だ」

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