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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 5 禍混じりて共に逢
105/141

貞潔の刻限

「勇人君、これ、君の弟じゃない?」

「…………」

 マイラブリーエンジェルな彼女が持ってきたのは、公園で見覚えのある少女と遊ぶ夏目十朗だった。写真は何枚もあって、指名手配を受けているにも拘らずデパートにまで遊びに行っている。

「何処で見つけたんだ?」

「何処でって、まさにこの撮影場所だけど。びっくりしたよー! 勇人君が街の中入って暇になったから適当に外を歩いてたらこれだもん。この子さ、テレビで捕まってた子じゃない?」

「んーそうだったか? でも目隠ししてるし確かにそうか。成程な、じゃあ幾ら探しても無駄だった訳だ。アイツは外に居たんだから」

 かばね町の中は最悪だった。高い金を払って頼んだガイドは詐欺で、なんとか会だのうんたらドラゴンだのがアジトにしている中華街に放置され、誰に道を聞こうにも知らないお店に連れて行かれそうになり、人目を避けた道を通ればおよそまともな精神状態にない男に絡まれ暴行され。

 安否を彼女に教える為定期的に写真を送っていたが、振り返ってみるとまあ体中傷だらけだ。十朗を見つける為に頑張ったのに結局アイツは外に居たなんてオチでは骨折り損のくたびれ儲け。というか本当に左腕を折られたし。

「あの町危なすぎるだろ! これって十朗も危なくて生活出来ないから外に戻ってきたのか? じゃあ外を探せば―――」

「落ち着いて勇人君。指名手配されてるからきついでしょ。色々さ、顔が明かされてなくても名前が判明してるんだからこっちじゃ暮らせないってば」

「人間災害に捨てられたんだろ! やっぱりだ……見送るんじゃなかった。きっとあれだ、この子供は……なんだ?」

「この子、多分アイオニーナって子だよ。テレビで騎士団がどうこう言ってたでしょ。イギリスの資産家の娘じゃないかな。ほら、調べたらすぐに出る」

 写真を見比べるとよく似ているが、写真の方では別に目隠しをしていない。綺麗な青い瞳を見せている。それなら目隠しは何があったのだろう。まさか失明したとは言うまい。それなら彼女の持ってきた写真で満面の笑みを浮かべている事に疑問を浮かべないといけなくなる。

「資産家……養子になった?」

「別にその人かばね町の出身じゃないし、考えにくいなあ。でも見てた感じだけど、この子全く勇人君の弟を警戒してなかったどころか、ときめいてる感じもしてたなあ」

「―――テレビの件も合わせると、ストックホルムだと思うんだが」

「んー。私はこれ以上深入りしない方がいいとは思ったよ。勇人君がこれ以上弟に嫌われちゃったら立ち直れそうにないし」

「―――今まで図らずもアイツを苦しめてたのは俺だ。関わらない方が幸せなんだろうとは思ってるんだが、どうもそうは思えなくてな。かばね町って場所は……幸せに生きるには悪意がありすぎる。あんな場所で人を信じるなんて無理だろ」

 と、折れた左腕がそう語っている。結局脱出出来たのは運が良かっただけだ。ペストマスクの子供がトラックを運転していてそれに乗せてもらっただけ。傷だらけになって得た情報も、十朗の住んでる場所に関する物は一つもなく、あっちで聞けだのこっちで聞けだのとたらい回し。闇市でも情報の質は変わらなかった。お金が足りないの一点張り、人間一人の居場所なんて一万もあれば足りるだろうに。一体十朗にどれだけの価値があるのかという話だ。

 

 やはり風の噂通り、マーケット・ヘルメスの幹部になったのだろうか。


 それなら上に居る人間の情報は渡せないという筋が通ってしまう。

「……アイツの事は心配だけど、今日くらいは響生ちゃんと過ごそうかな? はは。暫くあんな場所ごめんだ」

「本当? んふふ、じゃあ怪我人の勇人君の為に今日はめいっぱい頑張っちゃおうかな!」




――――――――――――――――――――




「夏目、これ出来る?」

「ああ、任せとけ」

 ここ暫くはばたばたして碌に仕事も出来なかった。正にその時間を取り返すような連日の仕事に俺も川箕も疲弊しきっていた。誰が悪いとかではない。強いて言えば騎士団が悪い。何が慈善団体だ、俺達の仕事を手伝え仕事を。

 始めたい時に始められる仕事とはいえ、お金を稼ぐには結局のところ労働だ。透子も今日は夜まで帰ってこない。他のシフトが全員休みを取っているとか。

「なんか、短い内に色々ありすぎて疲れたよね」

「あはは……全くだ。本当に、疲れたな。色々と。ああ」

「……なんか、含みがある言い方じゃん」

 川箕はインパクトドライバーを机の上に置くと、俺の方に振り返って首を傾げた。

「暫く私と夏目だけなんだし言ってみなよ。ん? 何が疲れたの?」

「…………」

 掃除機の修理を一通り終えると、俺はガレージの床に寝転がり、場違いな声量で叫んだ。


「ニーナの! 愛が! 重い!」


 アイオニーナ・ジェニフィア。資産家の娘であり、両親に愛されなかった不幸の少女。憐れむ訳じゃない、どちらかと言えば共感だ。両親に愛されていなかったという点で。そして見かけ上愛されていた事になっていたという点は違って。

 彼女が俺達の仲間になって三週間程度。父親に殺されかけたショックで暫くは俺の顔を見るなり泣き出す程情緒不安定になっていたがここ最近はようやく元気を取り戻してくれた。川箕が作ったバイザーを装着して、今は透子の手伝い―――もとい、無理やり連れられて、新人という扱いであのカフェで働いているだろう。

「ニーナちゃんの事、嫌いなの?」

「嫌いじゃない! でもいつどんな時も俺の所に来てずっとひっつかれると流石に疲れるっていうか……あの子に俺の格好悪い所なんて見せたくないだろ? その、格好つけるだけならいいんだが、お風呂とかも入ってきてさ……」

「いいじゃん。お風呂は前も入ってたでしょ」

「あの時はそんなの意識してる場合じゃなかっただろっ? あばら骨が浮き出て血色は病気かってくらい悪くて、あんなの一人でお風呂に入れたら三時間後くらいに水死体になってそうだったじゃないか!」

 それが今は血色も良くなって、肉付きも不安がなくなる程度には良くなった。目も耳も失い放っておけば風に吹かれて死にそうな頃に比べれば大成長だ。ただ、少し成長しすぎた。

 髪の毛をセットしてみたり、服を着替えてみたりとどんどん可愛くなってきて、最近は外出の際に化粧までするくらいだ。勿論川箕が手伝っているのだが、そのせいで凄く大人びた印象に代わる事もあり、そんな状態で『ジュード様!『ジュード様!』と懐かれたら流石の俺もたまったもんじゃない。

 誤解のないように言うと俺に変態ロリコンの趣味はない。ただ、日増しに可愛くなるニーナを子供と無視出来なくなり、お風呂に入る・着替える・額へのキスなどはいい加減恥ずかしくなってきただけだ。

 女子二人にやらせればいいという意見は俺にもあるが、ニーナが俺に来てほしいというので誰も逆らえないのである。

「んー。自業自得っていうか、ニーナちゃんが夏目に懐くのは当然じゃないの? あの子全然優しくされた事ないみたいだし。それにお父さんがあんなだったら父性にも飢えてるでしょ」

「……そういうもんなのかな。だからって激しすぎる気もするんだが」

「あ、だから今朝、透子ちゃんに甘えてたんだっ」

「ぐふっ!」

 不可視の拳が俺の腹を殴ったような気がした。川箕は口元に手を当てて悪戯っぽく笑っている。

「たまたま見ちゃったんだよねえ。見間違いかと思ったんだけど……扉が開いてたから」

「う、嘘だ!」

「透子ちゃん、リブニットの長袖着てたよね」

「いや、それは出勤の時に見かけただけだ!」

「夏目は、透子ちゃんの服を捲ってそこにあ―――」



「悪かった! ごめん! それ以上言わないで!」


 

 川箕は間違いなく現場を生で見ていた。今思うと恥ずかしかったが、あの時は正に極限状態で、『何でもするから』と言われたからつい身体が動いてしまったのだ。

「…………ニーナに、引っ付かないでほしい理由なんだけどさ」

「うん」

「う~あ……言わなきゃいけないのか。お、俺はさ。川箕も透子も女の子として……見てる。その、身体に兆候が表れるくらいには、さ」

「…………!」

 お互い顔が真っ赤になっているのだろうか。鏡が近くに無いから自分の事が分からない。ただ、顔は熱い。こんな恥ずかしい卑しい事をそうと意識する相手に言わないといけないのは新手の拷問だ。

「忙しい時は、良かったんだけどさ。落ち着いてくると、えっと。やっぱりその、が、我慢が効かなくなるっていうか。可愛い女の子二人と一緒に暮らしてると邪気がヤバイっていうか。ニーナにそんな姿見られたくないっていうか」

「は、は、は、恥ずかしくないの!? そんな事言っちゃって……わ、わ、私も入ってるんだよね……?」

「これ言わないと分かってもらえないだろ! きょ、今日はクリスマスイヴだろ? 元カノと付き合ってた時、意識しなかった訳じゃないんだ。ただ、元カノには理想の彼氏を演じてたから……あんまり、せ、性欲的な。要素は出さないようにしてて。うわああああ! もうやだ! 言いたくない! 分かってくれ! 分かれ!」

「わ、分かった! ごめんね、変な事聞いちゃって! でもニーナちゃんには何にも感じてないんだね?」

「……ニーナに何か感じてたらそんな瞬間こそお前達に見られたくないよ」

「三年後とか四年後も同じ事言える?」

「………………」

 川箕は寝転がる俺に近づくと、頬をつんと指で押す。伏せていた目を開けると顔を赤らめたまま彼女は笑っていた。

「……変態」

「…………ああ、その点はもう認めるしかないかもしれない。風俗に行きたい人って、きっと俺みたいにやむを得ない状況なんだろうな。気持ちが分かったよ」

「いや、違うと思うけど……要するに、男の子として限界って事ねっ」

「ああ…………」

 何なら今も、真下から川箕の胸を見ている。タンクトップ姿なんて見慣れたから何とも感じないなんて嘘だ。あり得ない。ほとんどの場合軽装だからむしろ常に有毒だったまである。

「…………俺を殺してくれ川箕。ここまで言ってしまった俺に人間としての尊厳はない…………もう無理だ。俺は……疲れた」

「自暴自棄にならないでよっ。そんな事で嫌いになったりしないからさ! そりゃ、私は機械以外てんでポンコツで、透子ちゃんよりずっと弱いかもしれないけど……な、夏目に感じてる気持ちは、負けてないよ!」

 川箕が耳にかかった髪を掻き上げる。

「…………あ、甘えたかったらさ。あの時みたいに私の事、名前で呼んでよ。そしたら……か、考えてあげるから」

 頭上から注がれる口づけを、俺は大人しく受け入れた。左目にキスなんて、全く変わった場所にされたけど。

「ほら、仕事がんばろ! 立って立って!」

「お、おう!」

 ここまでされたら自暴自棄を続ける訳にも行くまい。再び上体を起こすと同時にポケットに入っていた携帯が鳴っていた。


『……もしもし?』

『キスの音が聞こえたんだけど』

『…………き、きこえた?』







『ジュード君、夜、時間貰うわね』

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