屍姫
「ニーナ!」
爆発音が聞こえたのは無線越しだ。見た目では倉庫が爆破したかどうかなんて分からない、慌てて車を降りて倉庫に突入すると、ニーナのすぐ近くに置いてあった砂袋が破裂し、詰め込まれていた砂を倉庫中に吐き出していた。本人はというと遠くに居たので何の外傷も見受けられない。ただ、爆発した砂袋を見て尻もちをついたまま茫然としている。
「……What?」
通訳者が居ないのでネイティブな英語が画面越しに聞こえる。遅れて二人がやってくると、透子は蹴りの余波でガラスを全て破壊し、二人の間にあった障壁を全て取り除いた。所謂、種明かしか。
吹き飛ばされたガラスが父親に突き刺さるのではと危惧したが、威力の調整だろうか。飛び散った破片は全て父親の手前で落ちて事なきを得る。
「貴方、気を失っていたのよね。どうして残っていた持ち物がそのまま使えると思ったの?」
「……な、なんだと」
「私、技術屋だから貴方が寝てる間に全く同型の物を用意させてもらいました。ニーナちゃんの身体に仕込んであったのはとっくに無力化済み!」
「後で除去自体はちゃんとしないとね。どう、アイオニーナさん。貴方のお父さんは貴方を殺そうとした訳だけど」
「……………………」
「はい、それじゃあネタバラシ」
透子は飽くまで淡々と、しかし軽やかな足取りでニーナの父親へと近づいていく。その失敗を嘲るかのようだ。
「貴方が売られたのはそもそも、マーケットが貴方のお父さんの研究成果を奪おうとしたからよ」
「せ、せいか…………」
「貴方のお父さんは新人類の研究もとい生物兵器の研究を行っていた。マーケットもたまたまだったとは思うけどね、自分達を糾弾する奴の腹を突いたら後ろめたい事をやってたっていう。ゲルヌスさんのそれは国も一枚噛んだ違法だから元から悪党な存在よりも余程痛い訳。だから貴方を差し出した。それ以上探ってほしくないのと同時に、身代わりとして渡す貴方に重要なデータが入っているなんて誰も思わないから、仮に踏み込まれても致命傷は負わないっていうね」
「…………じゃ、じゃあ騎士団、は」
「大事なのは貴方という存在が対外的には身内という意味で何よりも大切、実際は駆け引きの切り札として使われる存在とマーケットに認識させる事。とはいえ長く手元に置かれていると何かの拍子に気づかれないとも限らないから騎士団が一枚噛んだ訳。貴方を買って、凌辱して、壊れたところで返品する。マーケットは騎士団とゲルヌスさんが実は手を組んでそんな真似をしているなんて思わなかったから返品を受け付けて……後は知っての通り、貴方は心を病んで自傷行為に走った。そんな、自分から壊れに行くような商品をマーケットだって詳しく調査しようとは思わない」
「……全部、手の内だったのか? ニーナへの仕打ちは」
「違う、私は―――! 証拠がないだろう!」
「別に調べてもいいわよ。貴方よりはマーケットとの関係値も深いから全面的に協力してくれるでしょうね。一つ一つ情報を突合して、今の話を妄想から事実に変えてしまいましょうか」
「…………く!」
何を言っても、『たった今娘を爆殺しようとした事実』は変わらない。 時間でも戻せれば話は別だが、そんな特殊能力が現実に存在するかと言われたら難しいだろう。
「良く分からないんだけど……マーケットも随分簡単に騙されたね?」
「糾弾をやめろと痛い腹を突いたら代わりに差し出してきたのよ。それが血縁者なら一般的には誠意の籠った落としどころなんじゃないかしら。子供をマーケットに売った攫われたの不毛な議論に発展してくれた方がずっとマシだったのよ。それくらいの機密情報だから」
「じゃあ騎士達もニーナの回収を優先して……?」
「いいえ、私を殺す目論見が外れたから研究の再開の為に回収しに来たが正解よ。騎士が一人でも残ってればやらせたんでしょうけど、私が皆殺しにしちゃったし。木を隠すなら森の中、自分たちの非道を隠し続けるだけならニーナちゃんはこの町に置き去りで良かった。欲を掻いたわね」
自身が実験体だからだろうか、透子は半ば自分の事でもある研究が関わってくると随分強気な物言いをする。全てを見透かし、未来を知っているかのように言い当てる。今だって証拠を提示した訳でもないのに―――いや、証拠が出てきていない状態で完璧に言い当てられているから、ゲルヌス・ジェニフィアは言葉を失っているのだろう。
「貴方の計画の不備は騎士達が私に致命傷を与えたと誤解した事と、ジュードと夏目十郎を違う人物だと誤認した事ね。大事な大事な一人娘を囮にしてまで私を倒そうとしたのにそれも失敗、せめて回収しようとしたら夏目十郎とジュードが同一人物である事に気付けず失敗。もっと言えば……彼が押し付けられた女の子一人見捨てられないくらい優しい人だった事から全ておかしくなっていた気もしたけど」
「どういう事だよっ」
「マーケットの手から離れれば猶更死体の中身なんて漁らないでしょうから、死体の方が回収が楽でしょ。私の殺害と本国のマーケット・ヘルメスに痛い腹を突かれない為の奇策が被ったせいで起こってしまった悲劇とでも言えばいい?」
そして今。ニーナの心が離れているとみるや懐柔を諦めて殺害しようとして失敗。
「…………言う事を聞かないから。反抗してくるから。色んな理由があるけどさ、どうしてそんな簡単に子供が殺せるんだよ。俺にはもう親が分からないよ。何でそこまで残酷になれるんだ?」
ニーナはまだ言葉を発せていない。まるで出会ったばかりの頃のように目も耳も失って何も見えていないかのようにずっと固まっている。彼女の前に立って抱きしめると、それが呼び水となってニーナはわんわんと泣き出した。目が見えない状況でも自分が殺されようとしていた事は分かったのだろうか。日本語と英語の混ざったぐちゃぐちゃな言葉を叫びながら胸の中で嗚咽を吐いている。
「―――その子をどうするつもりだ? 手土産にマーケットにでも取り入るつもりか! ナツメジュウロウ!」
「答える義理はないよ。娘を殺そうとした奴に言う事なんか一文字だってない。行こう二人共。俺はこんな奴、殺す価値もないと思う」
「待て! 待て! 私を放っておくのか!? 私を保護すればお前達は英国の後ろ盾を―――!」
「私が居るから、そんなの要らない」
全くの偶然かもしれないが。
透子がそう言い切った瞬間に、風が止んだ。
「災害の殺し方、そろそろ見つかった?」
それだけ言い残し、透子は一番最後に車へと乗りこんだ。
車を走らせている内にニーナは泣き止んだ。父親に殺されかけた現実については呑み込めていないものの、家に帰るとか和解しようという気は全くなくなったそうな。
バイザーを川箕に着けてもらうと、彼女は俺の顔を見て、また泣いてしまった。
「ジュード……様…………!」
「大丈夫だよ。俺は君を殺したりなんかしないから」
「はい………………はい…………」
トラブルの種を放置した気もするが、マーケットと反りの合わない立場にある男がかばね町に放り出されて無事に脱出出来るとも思えない。ニーナは失い、腹心だったであろう騎士団はこの地で全滅。通信手段は透子が全て没収したので彼に残されているのは身の着と役立たずの起爆スイッチだけだ。仮に脱出出来てイギリスに帰れても、研究データとやらを失った人間に与えられる席があるのかどうか。
「誕生日会やったばかりなのにもう辛気臭くなっちゃったね……」
「でもやるべきだったと思う。いつまでもお父さんの真意が分からないんじゃニーナももやもやしただろうし。そんな状態で生活してもなんか、うっすらずっと後悔してるみたいな気分になるだろうからさ」
「ほんの数か月の内に仕事仲間が随分増えてしまったわね。川箕さんはどうやって給与管理をしていくつもりかしら」
「え……? あーまあ考えてるからそれはまたおいおい! そうだよね。ニーナちゃんも仕事しなきゃね……」
なの子も居るから別におかしい話ではないとして、それとなくニーナの表情を窺う。今、改めて聞いた方がいいか。
「ニーナ。繰り返しになるけど。今後は俺と一緒に生きよう。お互い二度目の人生だし、今度こそ悔いのないようにさ」
「…………は、はい。すん………………すん。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします。よろしく! お願い! します!」