手の込んだ自殺
「こんな場所で二人きりにして良かったのか?」
二人きりで話をさせる為にやってきた場所は港近くの倉庫だ。わざわざこの為だけに川箕が空き倉庫を一つ用意した……訳ではない。この町が無法な事は知っての通り、だがそれでも存在する無法なりの秩序によってかばね町は動いている。倉庫一つとっても、きちんと契約しない事には誰も使わせてはくれないだろう。
そんな中で誰が使っているかは分からない、誰も立ち入れない倉庫があったらどうだ。多くの人間はどこぞの組織に喧嘩を売るかもとしり込みする所を我らが透子は強引に扉を破壊して中身を取り出してしまった。まさか大量の違法薬物が眠っているとは思わず驚いてしまったが、警察に引き渡してもどうせ勝手にマーケットに流れるそうなので、最初からマーケットに渡した方がお金が手に入るからと透子が全て渡してしまった。正義の心で飯は食えない、ここじゃ善良であろうとする程に損をする。もどかしい気持ちはあったが、ニーナの為と言い聞かせて呑み込んだ。
そのお金で、ここを借りたのだし(マーケットの署名を貰ったので元の所有者が抗議しに来たら見せる予定だ)。
「薬物はどれも梱包されてたから、別に漏れてないと思うけど」
「何の話だよ」
「こんな薬物の残った空間に二人を入れたら中毒になるって話じゃないの?」
「全然違う!」
「やっぱり私に食べてもらった方が良かったっていう話? でもあれだけの量を食べるのはちょっと時間がかかるわよ」
「そんな話もしてない! 誰が女の子に薬物ドカ食いさせるんだよ!」
一応、どれだけ摂取しても影響は出ないらしい。だがそんな事は関係ない。大切な人に食べさせる物体が違法薬物であってたまるかという感情的な話だ。
「元々単なる倉庫だった場所で会話させる理由だよ。どんな会話をするか気になるって言ったのは俺だけど、がっつり外で無線使ってるじゃないか」
細かい辻褄合わせはしない方針だ。ニーナにもなぜ自分が生きているかは詳しく説明しないようにと念を押した。倉庫の中は突貫工事ながらある程度改装済みであり、棚を横に並べてガラスをはめ込めば広々とした空間が二分される。父親とニーナにはガラス越しに互いのスクリーンを見ながら会話してもらう算段だ。ガラス越しじゃダメな理由は教えてくれなかった。『念の為』の一点張りである。何が念の為かは分からないが、ガラスを黒塗りにするくらい徹底していた。
「ジュード様、それでは行ってきます」
「……ああ、しっかり聞き届けるよ」
いつもの目隠し姿になったニーナが川箕に手を引かれて倉庫へと入っていく。バイザーをつけないのは彼女の意思だ。新しい自分になる為に、父親との話し合いでは着けないで行くと言って聞かなかった。
車内で二人きりになると、透子は溜息を吐いて後部座席から顔を近づけてきた。
「……ジェニフィアは、権力側についてるだけの悪党よ」
「……知ってるのか?」
「君には私の居た研究所が何をしていたかを話したと思うけど、その研究は何もあそこだけがやっていた事じゃない。世界中で行われていたのよ、新人類の創造は」
「じゃあ何人も、人間災害が?」
「……その呼び方は世界中を荒してしまった私の罪業ね。人造人間は他にも居るけど、私みたいな子は居なかったと思う。私の研究所が一番進んでいたというべきかしら。私と……クロウのお陰でね」
「……未来が見えるから、事実上結果を先取り出来るみたいな?」
「そういう事。それもその筈だけど、競争状態になった理由は何故かうちの研究情報が流出したから。流出した情報には当然私の存在があったから、皆躍起になった訳」
世界中が総力を挙げても尚殺害はおろか捕縛も出来なかったからこそ透子は災害の呼び名を冠った。そんな存在が作れたらどんな風にも利用出来るし躍起になる気持ちは理解出来る。素人考えでもまず戦力として国防で大いに役立つ事は想像出来るし、その血の性質を考慮すればエネルギー問題も解決するのではないだろうか。
「遅れてた分、ジェニフィアは相当悪辣な実験をしていたみたいだから……正直、私は彼がいい父親だとは微塵も思わないわ」
「―――嫌うのは勝手だけど、ニーナが居るところでは言わないでくれよな。あの子にとっては一応父親だし、俺みたいに決定的に嫌う理由もないんだ。あの子くらい小さいと、親が多少酷くても自分が変われば愛してくれるって考えても不思議じゃない。だから、悪口を言われたら普通に悲しいと思う」
「君は随分女の子に寄り添うのが得意みたいね? ボタンのかけ方が違えば、君も両親を嫌いになりきれなかったかもという思いでもあるのかしら」
「…………兄ちゃんじゃなくて俺を愛してくれたら、とは思うけど。それで兄ちゃんを恨んでも仕方ないよ。兄ちゃんは兄ちゃんで、俺と自分の対応の違いを見せられたら怖かったんじゃないかな。もし逆になったらって思うと安易に俺の味方も出来ないっていうか」
「…………私は、何が起きても君の味方よ」
コンソールボックスを倒し、空いた隙間から服の裾を掴んでくる。こんなに心強い言葉も中々ないだろう。それはきっとあの日から何も変わらない。泣いてる俺に手を差し伸べてくれた時からずっと―――彼女は俺の味方で居てくれる。
「お待たせ~。そろそろ起きそうな感じがしたから慌てて逃げてきちゃった」
「こっちはいつでも準備オーケーだ」
川箕は運転席に乗り込むと、フロントガラスの手前に置いていたパソコンを開き、スピーカーの状態に切り替えた。
「……なんかこういうの、ドキドキするかも」
「何を話すんだろうな」
「『ここは…………?』」
「『お父様、お目覚めになられましたか。お久しぶりです』」
「『…………あ、アイオニーナ!? し、死んで……い、生きている、のか?』」
「…………今更だけど、意外とここに来る人って気を遣ってくれてたのな。日本語喋ってくれるし」
「透子ちゃんが同時通訳出来るなんて!」
「むしろ日本語で会話する道理がないでしょう? お互いに本国の人だし」
「『捕まっているのか? いや、それは私もか。その目隠しはなんだ? 何処でつけられた?』」
「『お父様、聞いてください。私はマーケット・ヘルメスに囚われた苦痛で自ら目を潰してしまいました。もうお父様のお顔を見る事も、そちらへ近づく事も出来ません。お父様……………………な、何故。私を助けに来てくれなかったのですか?』」
…………。
俺が出会った時のニーナは帰りたくないというよりも、助けをずっと待っていたのかもしれない。決して自分に優しくはない父親でも売ったのは母親だし。父親は何も知らされていなかっただけかも。だから、助けに来てくれるかもと。
騎士団の買い取りが正にそれに該当した筈だが、実際騎士団は彼女を凌辱するだけだった。一度裏切られては希望の光も見えてこない。全てはただ、幻。それでも助けを求めてしまうのが肉親だ。
俺だって、最後の最後くらいは理解を示してくれるかもとか、思わない訳ではなかったのだからニーナなら猶更。
「『お母様が私を売りに出された際、当然反発してくださったのですよね?』」
「『……悪を滅ぼす為には、時に身を切る覚悟も必要だったんだ。アイオニーナ、お前は私の娘だ。大義の為と掲げて、私が狙われれば家族の一人も差しだせないとあってはそれは大義ではない』」
「『……ではどうして今になって私を? お父様の足を引っ張る存在なら、私を迎えに来る必要はなかったように思います』」
「『アイオニーナ、私が間違っていたんだ。妻も考えを改めたよ。娘の居ない日常など何の意味もないと。何故死んでいないのかを聞くのはやめよう、生きて帰ろうではないかアイオニーナ。お前が望むならマーケットへの追及をやめても構わない。三人で平和な時を過ごそうではないか』」
「『…………お父様、嘘はおやめください。それならばどうして私は騎士の方々にあのような辱めを受けなければならなかったのでしょう。淑女として慎ましく生きる事を美徳としてきました。ですがそれも最早叶わぬ夢、とうの昔に穢された身体で、私はどう普通に生きれば良いのでしょうか。お父様に助けを求めても無駄だと何度も言われました。当時は戯言と断じお父様を信じておりましたが、此度の一件で、そうではなかったのかもしれないと思い直しているところです』」
「そんな話してたか?」
「ニーナちゃんは、何も無知なばかりの女の子ではないという事よ」
「うん。揺さぶりだよ。ニーナちゃんは本音を聞きたがってる。嘘つきになってでも、父親がどういう風に自分を思ってるのかが気になるんだ」
ニーナ……
映像がある訳ではないが、どんな顔で嘘をついているかは何となく分かる。泣きそうな顔で、それを喉で必死に抑え込みながら。こんなバカげた嘘はさっさと否定してほしいと願っているに違いない。
カチ、カチっ。
「何の音だ?」
「ライターの火をつける音ね。いや、もっと言えば―――」
「『……どのような弁明をしてもお前が私を信じてくれる事はないのだろうな。それほど許されない事をしたと思っている。私は親として失格だよ。だが、最早どうでもいい事だ。その身体を返せ』」
「えっ……」
「『私が取り返しに来たのはお前ではなく、お前の体内にある研究データだ! 死体になれば或いはマーケットに取られているだろうと危惧したが、私は運が良い。改めて、この町で朽ちろ!』」
「―――爆弾の、スイッチよ」
ニーナが居る方のエリアが爆発したのは、その直後の事だった。