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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ
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契りは人生の墓場

「へへ、びっくりした?」

「川箕! これ、お前が?」

 後ろから声をかけてきた設計者に俺は惜しみない賞賛を贈った。現代科学で視力を回復する事が……いや、決して目が再生した訳ではないけど、ニーナは確かに俺の事を認識している。体を触ると、触ったか所の腕を掴んでくすぐったそうにするくらいには。

「お前、本当に凄いよ! いや、ごめん、これ最先端なんじゃないか? 俺はこんな技術知らないけど、出来るんだな意外と」

「や、ごめん。褒めてくれてる所悪いけど、私は詳しくないんだ。部品は透子ちゃんが集めてきてくれたからね」

「どういう事だ? 透子が部品を集めたなら……お前はゼロからこれを作ったのか?」

「だから、透子ちゃんが設計図を書いてくれたんだよ。記憶頼りで曖昧って言う割には随分しっかりした図面だったし、必要な部品は用意するって言うからさ。私だって初めて触る部品ばっかりで興奮してたけどね!」

 透子は、研究所出身だ。結果として人間災害が生まれるくらいだからそこはさぞ技術力のある場所だったのだろう。となるといよいよ冗談ではなく、表には出ていない最先端技術という奴か。

「仕組みはどうなってるんだ? ていうかニーナには俺がどう見えてるんだ?」

「ぼんやりと見えておりますよ。体の輪郭が、それとなく!」

「言った通りだと思うよ。作ってる最中に色々調べた感じだけど、そのバイザーは名付けるなら……感覚統合バイザーかな? 早い話、ニーナちゃんの生きてる感覚器官を視界確保のサポートに回してるデバイスだと思ってよ。今は嗅覚……この部屋から感じるあらゆる匂いの情報を視界に落とし込んでる状態だね。全部統合させちゃえば殆ど普通に見えてるのと同じ視界が得られるだろうけど、視界の補助に回すって事はそれだけ他の感覚も鈍くなるからケースバイケースっていうか―――」

「…………」

反響定位エコロケを利用したマップ作成っていう案もあったけど、透子ちゃんは人間の聞こえない範囲の音も全部聞こえるらしいから煩いって事でボツ、そのバイザーをつけてる間は目が回復する代わりに他の感覚を失ってる状態だから、手放しに治ったって喜ばれるとちょっと騙すみたいで申し訳ないんだけど、でも試作型だから多少ピーキーなくらいは大目に見てほしいって言うか、夏目に渡したいプレゼントとかもあって作業が追い付かないって言うか」

「ストップストップ! いっぺんに言われると何がなんだか分からなくて混乱するから! 製作タイミングはあそこだろうなってのは分かるけど、透子はあの時からこれをお前に作らせたのか? 目が治るか治らないかって話は何だったんだよ」

「別に目は治ってないよ。そのバイザー脱がせたら分かるけど、ニーナちゃんの眼窩が空っぽなのを利用して脳に繋いでるから」

「お姉様、凄いのです! 尊敬いたします! 私、ジュード様に一度は自らの手で甘えたいと思っておりました!」

「後、さっきも聞いたと思うけどそれまだ完成してないから定期的にメンテナンスしないといけないの。動力がさ……ちょっと怖い所もあるから」

「動力? 電気じゃないのか?」

 じゃないと機械は動かないだろうと真っ当な正論を投げたつもりだった。しかし川箕は口を濁らせ、それとなく視線を動かしニーナに聞こえない場所で喋ろうと促してくる。輪郭をぼんやり捉えている状態だけあって、川箕の動きには気づいていないようだ。

「ジュード様は……このようなお身体をしておりますのね」

「ニーナ。えっと、ちょっとだけいいかな。用事があってさ」

 ずいっと、黒いバイザーが顔に近づく。

「お顔も、何となく見えております。起伏が、動きが……ようやく、貴方を視られて…………くす。嬉しい」

「ニーナ。あ、後で沢山時間取るから待ってくれ! これは君にも関係ある話に発展するんだ!」

 川箕との会話に割り込んでくるくらいだ、相当なハイテンションを患っている。会話が円滑に進まないので邪魔は事実だが、一方で視界も聴覚も失った状態からここまで回復したなら舞い上がるのも無理はなく、責めるに責められない。同じ立場だったら、俺だってもっとぶちあがっている。フロア熱狂、DJジュードが場を盛り上げるところだ。

「……約束ですからね」

「分かった」

 部屋を出て、川箕と一緒に階段を下りる。扉を経れば聞こえないなんて事はないが、わざと階段を軋ませれば少しは対策になるだろうか。




「動力、透子ちゃんの血液なんだ」




「……は?」

「あのバイザー、普通に電気で賄おうとすると結構でかいバッテリーを用意しないといけないんだよ。結構突貫工事で造ったから排熱も全然上手くいかないのは目に見えてたし、私の手持ちで一番大きなバッテリー使っても一時間持つかどうかってくらいなんだ。だから透子ちゃんが血液を入れたんだよね」

「人間の血液って人間を動かす力にはなるけど、他に流用出来るのか?」

「川の流れで水車を回すみたいなノリなら出来そうじゃないっ?」

「…………絶対そんな血の川ないよな。何キロ入ってるんだ?」

「二〇ml。実は入れる前に色々テストしたんだけど、透子ちゃんの血って色んなエネルギーの代用に出来るんだよね。電気もそうだけど、石油ストーブも動いたし、車に入れたらガソリンの変わりにもなったし。しかも全然消費されないの。血液のまま状態変化しないでそのまま残ってさ」

「…………」

 じゃあ透子は、ニーナの為にわざわざ刺されるような真似を? 高すぎる回復力が自傷行為を不可能にさせているのかもしれないが、もしそうだとするなら誰よりも彼女の今後を憂いていたのは透子だった事になる。

「もしかして透子って、全身機密情報の塊なのか?」

「もしかしなくてもそうでしょ! 誰も捕まえられないだけで、捕まえたい場所はいっぱいある筈だよ。あれっぽっちの血が膨大なエネルギーになるなら、透子ちゃんの身体にはどれだけのエネルギーが秘められてるのかって話だよね」

 漫画知識で申し訳ないが、もし台風をストックする事が出来ればそれはそれはとてつもない量のエネルギーになるらしい。俺の読んだ漫画では風力を貯蔵し、エネルギーとして色んな場所に活用するシーンがあった。透子に遭遇してしまった事を一般には『嵐』に遭うとか言われるそうだが、それもあながち間違いではないのか。

「透子を捕まえて調べたくなったか? レントゲンとか撮りたいか?」

「X線は通らないみたいだから撮りたくても何も映らないと思うよ? もし通ったんだとしても私は調べないっ。透子ちゃんは友達だし、夏目を半分こにする約束もしたもんね!」

「え、そんなお菓子みたいな?」

「冗談♪ 透子ちゃんそんな事しないよ。それよりどうすんの? ニーナちゃんをお父さんに会わせる? 会わせない?」

「…………場所をセッティングしよう」

「場所?」

「良く分かんないけど夏目十郎とジュードは別人としてきちんと認識されてるみたいだからな。話がややこしくなるし別の場所で二人きりにして、色々話してもらう。俺は……正直家族と円満に別れたとは言えないからな。ニーナにはそんな思いをしてほしくないんだよ」

 たとえ、帰りたいと思えるような場所でなくても。

「…………二人きりで大丈夫かなあ。私、途中から話を聞いてたけどなんか引っかからない? ニーナちゃんの死体にお金払うってところ」

「確かに死体なんてお金払って押し付ける場所だろうな。じゃなきゃKIDは儲けられない」

「そういう意味じゃなくて! まあいいか……場所は探しておくから夏目はニーナちゃんと話してきなよ。本人が嫌だって言ったら連絡頂戴」

「分かった」





















 部屋に戻るなりニーナは俺に抱き着き、ベッドの上で跨るように背筋を伸ばした。凄く嬉しそうに、或いは恍惚とした表情でずっと俺の顔を見つめている。ぼんやりとしか認識していないんだよな?

「お父様とお話……ですか?」

「一応、家に帰れる筈だぞ。わざわざ乗り込んできたんだから。俺達とは二度と会えなくなるけど、その代わりもうこんな面倒に巻き込まれる心配はないと思う。騎士団は全員居なくなったしな」

「…………お姉様から聞いたのですけど、透子様はこの機械をこの町で生きていけるようにする為に書いてくださったそうなのです」

「……確かに、補聴器があっても今のままじゃ君は生きていけないだろうな」

「もしここで生きるつもりがあるなら、ジュード様の足を引っ張らせるような状態のままにしたくないと」

 透子の世界には、俺しか居ないのだろうか。決して嬉しくないとは言わないが、そこまで過保護にされているのを知るとやっぱり、まだまだ彼女の孤独に寄り添えていないなと痛感する。もっと透子と過ごす時間を作ろう。せめてクリスマスは一日中一緒にいたい。

「私、お父様にこの事を話したいと思います。この身体では……ジェニフィア家の淑女としての人生は到底歩めない事を。そうし……た方がお父様もきっと、喜ばれるでしょ……うから」

「娘を手放すなんて喜ばしい事とは思えないけど」

「私が居なくなれば、お母様と新たな命を育めるではありませんか」

 覆水盆に返らずということわざがある。ざっくり意味を言うなら起こってしまった出来事は覆せないという意味だが、声音こそ明るいまでも彼女の心には深い影が差してしまった。捨てられて、挙句俺達に送られるまで助けの一つも来なかった現実が、『自分はいらない子』という価値観を与えている。

「う、うう、う、すん、すん……ぐすっ」

「ニーナ……」

「な、泣きませんわ。泣きません。これ以上のご迷惑は…………」

「…………君の気が変わったらそれでもいい。君が幸せで居られる事がなにより大事だからね。けど、あれだ。もし本当に帰りたくないし平和な場所にも居たくないっていうなら」

 ニーナを抱きしめる。これで俺の服もびちょびちょか。






「俺と、新しい人生を歩もう。アイオニーナ・ジェニフィアさん」

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