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19/19

10/今からそういう話をします。

評価感想お待ちしておりますですます。


 ゴン、と空になったワインボトルがテーブルに叩き付けられる。


「─────今からエロい話をします」


 水も滴る良い女、Butterfly Dreamの店長であるクロエちゃんは至って泣き腫らした顔に真面目な表情を貼り付けてそう宣った。

 その宣言は外の雨音に掻き消えてはくれず、客足がダーリン以外めっきり無い為なあなあにする事も出来ず、その言葉に対して何かしら返さないといけない訳だが。

 ちらりとシロエちゃんを見れば既に無視して煙草を吸っていた。という事はリアクションするのは私。


「………………」


 けれど私は一旦その言葉を聞き流して、十分に水気を拭ったタオルを裏へ投げてまた新しいタオルを持ってきてクロエちゃんに掛けた。にこ、と返される笑みの目元はやはり先程泣いたばかりの顔をしていた。


「今からエロい話を」


「聞こえなかった訳じゃないです」


「じゃあ何で無視するんですか?」


「無視したかったからですけど」


「……?シロエちゃん、アカネちゃんが何故か冷たいんですけど何でだと思いますか?」


「クロエがキモいからじゃないすか?」


「キモい……?」


「そういうとこっすよ」


 すぱあ、と煙草の煙を立ち上らせるシロエちゃんは旧知の仲かつお店の初期メンバーに対してそう呆れたように言う。

 何か私変なこと言いましたか、くらいの白々しい顔はお客さんを魅了する美麗な顔立ちが輝いている。ずぶ濡れのままの私服の上からはぴたりと張り付いた身体のラインが浮き出て色気が溢れている。

 ……どうして人は濡れるだけでこうも色気が出るものなのだろう。いや、元々色気は漂っているのだけれど。


「…………?」


「まじで無自覚なのは何でなんすかね」


 素で一部残念な部分があるのが玉に瑕というか。なんというか。


「で、そんな泣いた顔してどうしたの?」


 ずぶ濡れなのも気になるけれど、まずはその泣いた直後の顔について触れる。

 わしゃわしゃとタオルで髪を拭いながら聞いたその質問にクロエちゃんは少し止まる。

 シロエちゃんがちらりと見て、鼻を鳴らして視線をスマホに戻した。薄情な。


「転んだんです」


 そんな典型的な嘘を。


「何で泣いてたの?」


「転んだんです」


「……本当に?」


「はい。転んで水溜まりに突っ込んでそれを見知らぬ人に助けられて笑われて恥ずかしくて泣いてそのままお店でえっちな話して忘れようと思ってきました」


「………本当かなぁ」


「じゃなきゃこんな泣かないですよ」


 確かに手元に少し擦り傷があるけれど。

 髪を拭っているので今の表情は見えないけれど、まあ、クロエちゃんがそう言うのならそうなのだろう。

 本当かもしれないし。転んで泣くメンタルを持っているとは到底思えないけど、私はそれを一旦信じて髪を拭う手を止めた。


「クロエちゃん、風邪引いちゃうからお着替えしよ」


「えっ……アカネちゃんがお着替えさせてくれるんですか?」


「自分で着替えなさい」


「私赤ちゃんだからよくわかんないです」


「こんなえっちな赤ちゃんがいるか」


「…………え、脈アリって事でいいですか?」


「全然ナシ」


「でも私、アカネちゃんとなら幸せな家庭を……」


「店長さっさと着替えて下さい」


「従業員ムーブは夢が覚めるのでやめて下さい自分で着替えます」


 頭の上のタオルをそのままに、さっと立ち上がり裏に行ったクロエちゃんを見送って「はあ」と一息つく。可愛い女の子を集めたお店を作りたくて自分で作った人なだけあって、やっぱり変な人だ。

 少し話しただけなのに滲み出た疲労感のままにそのまま椅子に座れば、とんと目の前にホットココアが出される。

 見上げればお疲れと言わんばかりの顔で微笑むシロエちゃんが居た。私とクロエちゃんがお話ししている間にシロエちゃんが作ってくれたらしい。


 そういえば、シロエちゃんってクロエちゃんと同じ大学なんだったっけ。


「……昔からああなんですか?クロエちゃんって」


「敬語」


「う。…………昔からああなの?」


「んー、大学の頃からああだった気もするし、そうじゃない気もするっすね」


「どっちなのよ」


「……まあ、ここまで女の子ラブな感じではなかったすかね?」


 一緒に淹れたのだろうか、シロエちゃんもホットココアを飲んでほっと一息吐く。


「じゃあ、元々はあんな変な人じゃなかったんだ」


「いや?変な奴ではあったっすよ」


「変ではあったんだ」


「擬態は上手いけど根はヲタクだから、あの頃は割とキモかったっすね」

 

「キモいって。そんなに?」


「面がいいから男の子にもモテてたんすけど、『私の推しを超える王子様じゃないと無理です』とか突っぱねてたり。でも女の子にゲロ甘だったんで彼女は作ってたりとか」


 ふと脳裏を過る、店内で囁かれるクロエちゃんの渾名。


「…………クレイジーサイコレズって渾名つけたのって」


「ボクっすけど」


 にへら、と笑うシロエちゃん。いやまあ言い得て妙だけれども。

 笑顔がある耳元には十字架のピアスが煙草の煙の中で揺れ、可愛らしい見た目の奥に女性としての色気が滲み出る。

 煙草をじゅ、と灰皿に擦り潰して煙をゆったりと吐き出している中、突然シロエちゃんは「あ」と思い出したように頭の上に電球を光らせる。


「でも、変な奴に磨きを増したのは社会人なってからすね」


「社会人?」


「すね。正確には覚えてないすけど、急にボクとコンカフェやらないかって誘いを掛けて来たんすよ」


「クロエちゃんから?」


「うん。えーっと、アイツが確か─────」


 刹那、黒閃。


「──────こーら」


「ぐえ」


「悪い子は此処かな?此処だね。じゃ、お仕置きですね」


「ギブギブギブ死ぬっす」


 ぬるりと音も無く近づき、背後から抱擁に見せかけたチョークスリーパー。恐ろしく早い締めだ、私じゃなきゃ見逃しちゃうかもしれない。

 ぱ、と離して改めて抱擁し直すのは装いを変えたクロエちゃん。お店にストックしてある着替えの中の黒のシャツに太腿の伸びるプリーツスカートの姿は、身体の凹凸をストレートに魅せていてとても綺麗だった。

 ……普段のサキュバスの姿とは違った装いだというのに、この謎に溢れ出る色気はなんなのだろうか。メロさ、とでも言うのだろうか。


「もう、乙女の秘密をそう暴くものじゃないですよ?」


「けほ。いーじゃないすかぁクロエぇ、存外大した理由じゃない癖に」


「この店を建てた経緯も理由も全て、私が可愛い女の子を合法的にえっちな格好をさせて囲まれる為です。それ以上でもそれ以下でも無いです」


「マージで最低な理由っすよねそれ」


「そんな褒められても」


「誰が褒めてんすか」


 わいわいと話してる二人を眺めながら、飲みやすい温度になったココアを一口。

 ……やたらとクロエちゃんは、その店を建てた理由やら何やらを先程の話した内容で統一させている。あながち嘘でも無いのだろうけど、きっと本当は他にも理由が幾つかあるのだろう。

 しかしそれを相手が隠したがっているのに詮索する程には野暮では無い。あっさりシロエちゃんが教えてくれそうになったから耳を傾けてしまっていたが、本人が言いたくないのであれば聞かないのが道理だ。


「アカネちゃん」


「……なに?」


 お叱りかな。シロエちゃんの頭の上に顎を乗せるクロエちゃんに目を向ける。


「そんな事よりすけべしましょうよ」


「今日ってもう帰っていいんでしたっけ」


「ああごめんなさいすいません嘘ですからえっちな話だけさせて下さい」


 角のカチューシャを外しながら席を立ち上がれば、慌てて此方に駆け寄って肩を抑えて着席させられる。強引な。てか力強い。

 しかしどうしてそんなにえっちな話をしたがるのだろう。クロエちゃんの頭の中がピンクなのは今に始まった事では無いけど、こんなに積極的なのは初めてだ。

 本当に何があったのか。と、肩を抑えるクロエちゃんの腫れた目元が目に入る。


 ………………………はあ。


「次そういう事言ったらすぐ帰りますからね。えっちな話だけならいいです」


「やった!」


「……フェイスインザドアっすね」


「シロエお静かに」


 ふぇい……何?今シロエちゃんが何か言ったような。

 聞き返そうとしたが、気づけば一瞬で隣の椅子に腰掛けるクロエちゃんのニコニコの笑顔に言葉を止めた。いつの間に。

 さっきから一瞬で移動したり意識を落とそうとする技だったり、もしかしてクロエちゃんって忍者か何かなのかな。


「で、えっちな話なんですけど。どんなえっちな話をしますか?」


「私えっちした事無いから分かんない」


「ボクもー」


「えぇ?じゃあ私もです」


「はい、解散」


「じゃお疲れっす」


「待って待って待って私のえっちな話しますから解散しないで」


 二人で立ち上がって帰ろうとしたら止められる。なんて必死な。


「じゃあクロエちゃんの話ね」


「えぇ……でも最近、そんなえっちな事してないですし……」


「前はしてたって事?」


「女の子となら」


「……これは前から?」


「前からっすよ」


「ふふ、答え合わせされると何だか恥ずかしいですね」


 自分から話を振っておいて照れるのは何故。

 ココアをもう一口飲みながら、うんうんと記憶の引き出しを探しているクロエちゃんを尻目に煙草に火を点けるシロエちゃん。

 数秒唸ったままのクロエちゃんを眺めていたシロエちゃんが、ふう、と煙を吐き出して。


「直近だとアオイちゃんの話じゃないすか?」


「えあ」


 間抜けな声が響く。


「ああ、そう言えば朝チュンしたんだっけ」


「そっ、……それは」


「してないんだっけ?」


「………………………しましたけど」


 あれ、何だその反応。首を傾げていると、にへら、と小悪魔的な表情のシロエちゃんが微笑む。


「いいじゃないすか、アオイちゃんが来てからもう一年くらいなんだし」


「シロエちゃんは知ってるの?」


「ハイ。なんならその日に聞いてますよその話は」


「へー。じゃあ私にも話してもいいと思うけど」


「それはぁ……なんか、恥ずかしいって言うか……」


「何で今更初心な反応してるの」


「だ、だって。それはえっちな話とかじゃなくて、なんていうか、その」


「別にボクが話してもいいすけど」


「話すなら私が話しますからシロエは黙ってて下さい……」


「はーい」


 いつもは余裕溢れるお姉さんと言った風なのに、その話になると何故その余裕が崩れるのか。

 ……思い返せばアオイちゃんが来てからのこの一年、所々でお姉さんのメッキが剥がれる事があったような無かったような。来るまではそんな初心な反応を見せなかったクロエちゃんが、アオイちゃんが手を触れるだけで頬を赤くしたりしていたような。

 思い出していると、よし、と気合を入れる声が聞こえた。


「……確かに一年経ちますし、そろそろアカネちゃんには話してもいいかもしれませんね……」


 どうやら話してくれるらしい。

 こほん、と咳払いが一つ。クロエちゃんは指先をもじもじとさせながら宙に視線を彷徨わせて、少し緊張したように息を吐いた。

 シロエちゃんはもう知っているので興味が無いのか、煙草を吸いながらスマホを弄り始めていた。


「えっと、一年前に私とアオイちゃんが朝チュンしたのは知ってますよね」


「うん」


「ならそれに至るまでの経緯を話せばいいんですね……」


 改めて、深呼吸。

 まだ水気の拭いきれていない黒髪がさらりと肩口に垂れ、耳元がじわりと赤く染まる。

 きゅ、と唇を噛んで、指先を弄ぶ動きが大きくなる。


「その、私がアオイちゃんと朝チュンするに、至ったのはっ──────」


 そしてクロエちゃんが耳を赤くして口を開いて。






「──────すいませんもう一本ワインボトル空けてからでいいですかやっぱり」


「早く話すっすよクロエ前置きが長ぇっす」


「だってぇ!!!!!!!!」





 うーん、もうちょっと続くらしい。


「アカネちゃん」

・ロールプレイはツンデレ。優しくて面倒見が良くて常識人。胸は無い。


「クロエちゃん」

・ロールプレイはお姉さん。ハイスぺ非常識人。胸はでかい。


「シロエちゃん」

・ロールプレイはゆるデレ(?)。可愛い。ボクっ娘は世界を救う。胸はあるかもしれない。

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