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7/雨宿りレビュー⭐︎2

評価・感想宜しくお願いいたします。


 店を出て、少し。


「もー、何で傘も差さないで散歩しちゃうかなぁ」


「悪かったって」


 水も滴る良い男を超えて、最早ただのずぶ濡れの可愛らしい犬っころになってしまった俺はぽたぽたとアオイちゃんの家の玄関で全身から雨水を垂れ流していた。

 べたりと服が身体に張り付く不快感に顔を顰めていると、呆れた顔でタオルを投げつけてくるアオイちゃんは溜息も止まない様子でストロング缶を煽っていた。

 今日は休みだが、休肝日というものを知らずアルコールを今日も摂取しているらしい。健康診断が怖い。


「お店に忘れちゃったのは聞いたけど、そのまま散歩してずぶ濡れになったのもわからないけどわかったけど。…………なんでウチに来たの?」


「店の近くで金のかからないところで検索したら此処だった」


「宿泊施設でマップに出てくるの、アタシの家」


「レビューは星二だった」


「星五であれよ」


 ひとしきり身体をタオルで拭いながら答えれば、深くは聞かずアオイちゃんは飲んでいるにしてはしっかりとした足取りのままで部屋の中を行き来する。ぴろりん、と操作音の後に『お風呂を追い炊きします』と無機質な音声が聞こえる。


「追い炊きが終わるまで、お酒を飲んでるのとシャワー浴びてるのとどっちがいい?」


「どっちも」


「ん」


 じゃあさっさと行け、とでも言わんばかりに指差され俺は靴と靴下を脱いでびたびたの足をタオルで拭いてから家へとお邪魔する。

 玄関を入ってすぐ右手には独立洗面台と洗濯機のある小さいスペース、その奥には風呂場があり視界の端には化粧水や乳液や下着やらが見える。酒癖から分かる通り脱ぎっぱなしというのもザラなのだろう、雑な居住空間である。

 「洗濯機に服入れちゃっていいから」と扉をぱたりと閉められ、俺はその言葉のままべたべたの服を脱ぎ始める。


「っ、はぁ……」


 全てを脱ぎ捨てて、軽い解放感に吐息が漏れる。洗濯機に脱衣したものを入れ、蓋を閉じてその上に煙草や財布など所持物を置く。じとりと肌を這う不快感を早く洗い流そうと、バスルームへ入りそそくさとシャワーの水を出して頭から被る。

 さああ、と床を跳ねる水音を耳にしながら冷たい水が段々と温いお湯へ変わっていくのを感じながら暫く茫然とする。シロエちゃんにショットを煽られ乗ってしまったのが悪かったのか、脳味噌は考えるのを疲れたかのように少し重くうごめいている。

 きゅ、と止めて壁際に設置されているシャンプー達を見ればご丁寧に全て家具店のお洒落な入れ物に変えられていて、どれがどれかわからない有様だった。勘で右端の物をワンプッシュし、髪の上でかき混ぜる。


「タオル置いとくねー。……あ、シャンプーは左でリンスは真ん中、ボディソープは右ね」


「早く言え」


 泡立たないと思ったわ。洗い流して、改めてシャンプーで髪を泡立たせる。女の子みたいな花っぽい匂いが香る。


「今日はどうだったの?」


「んー?」


「お店行ったんでしょ?ほら、お客さんとか」


「めっきりゼロ。シロエちゃんとアカネちゃんが暇そうだった」


「まあこの雨だし、それもそっか。……あれ?てかシロエちゃんとは初?」


「初。めっちゃ可愛かった」


「ね。可愛いよねシロエちゃん」


「俺、これから雨の日には絶対行くわ」


「えー?なに、一目惚れ?」


「そう言ってもいいくらい見た目はどタイプだったな」


「へえ。まあ、確かになんか地雷系だけど独特の雰囲気あるしね」


「あとボクっ娘だし。なによりも。何を差し置いても」


「そんなにボクっ娘好きだっけアンタ」


 頭の泡を洗い流して、真ん中のリンスを付ける。


「ん。まあ、初恋のお姉さんがボクっ娘でな」


「何それめっちゃ気になる」


「起承転結もクソも無いが。近所のお姉さんがボクっ娘でめっちゃえっちだった過去があるだけで」


「漫画みたいだね。今は連絡とか取らないの?」


「連絡先持ってないしな。今何してるか、俺にはてんで分からん」


「えー?うっかり再会でもしたら恋愛に発展しちゃいそうじゃない?」


「どうだろうな。会ったら会ったで、何を話していいか分からない」


「初恋だから?」


「初恋だから」


 ボディーソープを身体に塗りたくる。


「アオイちゃんは?初恋とか覚えてるもんなの」


「んー……どうだったかな。アタシはあんま恋とかして来なかったかも」


「一番恋とかしそうなのに?」


「まあ、それこそ彼氏とか居た事はあるけど。あんまり本気じゃなかったかも」


「そりゃ元カレが可哀そうだな」


「学生の間なんてそんなもんだよ。確か最後は高校の頃だったし」


「高校の恋愛なんてそんなもんか」


「そんなもんだよ」


「……あ、なんやかんや初恋は小学校の頃の先生だったかも」


「うわ、女子っぽい」


「女の子ってみんな先生に一度は恋するものだからねえ」


「女の子皆がそんなんじゃないとは思うけど、まあ多いだろうな」


「やっぱ年上の余裕って奴?あの感じが幼き日のアタシには刺さったんだろうねえ」


 ボディーソープとリンスを洗い流し、湯気の昇る温もりに心地良さから息が漏れる。目を閉じればじとりと目元に疲労感が滲んで、意外と疲労が溜まっているのだろうかと身体の調子を伺う。

 確かに最近は毎日肝臓は働きづめでサキュバスとの交流が絶えずイチャイチャとあるのだからそうなるのかもしれないが。

 しかし最近はお仕事についてはあまり手を付けていないから疲労はあまり溜まらない筈だが。寧ろ俺が担当編集さんに疲労を掛けている側な気もする。……いや、そんな事はいいか。


「てか何でずっと風呂の前に居るの?覗き?」


「違うっての」


 髪から水気を絞って、浴槽に足を入れてみるとまだまだ温かった。追い炊きしたばかりだから当たり前だが。


「ほら」


「ん…………ああ、そう言う事」


 がら、と扉が開いてすわソープか、と期待したもののの見えたのは見慣れたロング缶の姿だった。それを見て先程酒か風呂かの二択を両方選んだのを思い出し、感謝の言葉と共にそれを手に取る。

 じゃあ乾杯、とかしゅりと開けて飲めば爽やかなレモンの風味とストロング缶特有の強いアルコールの味が広がる。酷く酔えそうな味に美味ーともう一口飲み、更にもう一口。

 今は温い風呂だが、追い炊きの済んだ暖かい浴槽でこれを呑めばたちまち酔い潰れてしまいそうな気配がする。元々アルコールも入れている事もあり、少し気を付けなければならないだろう。

 まあ飲むんですけどね!!!!


「それで、さ」


「んー?」


 ごっごっと勢い良くスト缶を飲んでいると、アオイちゃんにしては大人しめの声音が風呂場に反響して届く。


「ストーカーについては、どう?」


 顔色に関しては扉越しの為伺う事が出来ない。が、落ち着いた声音からは明るい表情でないのは分かる。

 もう一口アルコールを嚥下し、ぷはっとのぼせるような酒気に脳味噌が喜ぶ。

 湿度の満ちた浴室内にレモンとアルコールの香りが広がるのを鼻腔で感じながら、俺のんーと鳴らした喉の声が反響する。


「収穫が無いのが収穫」


「そっか」


「まあ三週間程度じゃ、客層は掴み切れないわな」


「それもそうだよね」


「今のところ分かってるのは別にストーカーしそうな変な客は見当たらない事と、アオイちゃんの店の外を追い回すような変な奴は見当たらないって事」


「じゃあ、あの時のアレはただの変な人?」


 指すのは俺がナンパした時の窓から覗く瞳の事。


「さあ。帰り道でアオイちゃんがタイプだった不審者がついてきたんじゃないの?」


「一目惚れ的な?」


「まあアオイちゃん顔は良い訳だから」


「顔はって何、それ以外に問題があるみたいな言い方」


「中身はちょっとな」


「ひど」


 こつ、と缶が床に置かれる音がする。同時にお風呂が沸きあがりました、と電子音性がぐつぐつのお風呂の温度を教えてくれる。話している間に温い風呂は熱い風呂になっていて、はあ、と知らずの内に心地良さから溜息が漏れ出る。


「アンタさ」


「んー?」


「何でちゃんと付き合ってくれんの?」


「どういう事」


「だってさ」


 がら、と扉が開けられ顔だけがひょいと出る。

 その顔はいつもよりも気弱で、普段酒に吞まれているハイテンションの笑顔とは違ったその表情に眉を顰める。

 何だコイツ。覗きじゃん。


「アタシ達、別に友達でもないじゃん」


「は?」


 やけに自己肯定感の低そうな声音。


「お前、言ったろ」


「え」


「犯人を捕まえたら何でも好きなコスプレしてあげるって」


 ぽかん、と口を開けるアオイちゃん。


「…………それだけの為に?」


「当たり前だろ」


「え、なんかそう言うのってもっとなんか、いい感じの理由とか」


「ねえよ」


「……アンタって、本当に変だよね」


「変で結構。面の良い女に好きな格好させられるのなら俺は何だってする」


「何それ」


 くすりと笑うアオイちゃんに肩を竦めながら、缶を一口。

 コイツこそ変な事言っているだろう。友達でも無い、と言ってはいるが距離感は既に友達のそれであろう。敢えては言わないが。

 ただ俺は面の良い女と友達になりたいから、なんてそんな甘酸っぱい思いを抱いてこの事件に関与した訳では無い。もっと下心、強いて言うなら一夜の思い出を作りたいだけだ。


 それが例えばセックスでも何でも、別にこの面の良い女にエロい格好をさせて視覚的に満足させる事だけでもいいのだ。


「アンタ、ナンパしてきたとこから始まったから変な奴だと思ったけどさ」


「あ?」


「とことん変な奴だよね」


「何を今更。物書きには変な奴しかいないに決まってるだろ」


「それは世の物書きさんに失礼じゃない?」


「いや、一昔前の物書きは何人もの女と心中しようとしているし、作曲家ですらウンコが好きなんだから創作系に携わる人間は大概どっか変に決まってるだろ」


「え、何そのうんこの作曲家」


「ググレカス」


 がっと酒を飲み干して、缶を放れば浴室内を缶が転がる。

 顔を覗かせていたアオイちゃんはその行いに眉を顰めて、嗜めるような目で此方を見つめる。何だその目は。

 こちとら三週間近くお前の店に貢いでんだぞ!!!


「なんだよ」


「…………もしかして酔ってる?」


「俺の肝臓は東方不敗」


「酔ってるね。まあお風呂入りながらスト缶飲んだらそうなるだろうけど」


「酔ってねえわ」


 めっちゃ煙草吸いたい。お風呂で汗が流れてニコチンが流れてしまっている。このままでは真人間の思考に戻ってしまう。


「俺そろそろ上がるよ」


「ちゃんと体洗える?」


「馬鹿め、俺を何だと思ってる」


「金持ちで少し顔が良いナルシストの小説家さん」


「大正解だ」


 ざばっと立ち上がればひゃっとやけに可愛らしい声を上げてアオイちゃんが扉を勢い良く締めて奥に引っ込む。

 なんだ。初心な反応をしよって。生娘でもあるまいし。

 ほんの少し立ち眩みを感じながら、浴槽から足を出す。


「なんっ、急に立ち上がらないでよ!」


「うるせえな処女じゃねえ癖に」


「しょっ……処女ちゃうわい!」


 くらりとアルコールが回っているような錯覚を受けながら、浴槽に使って噴き出た汗を流す為シャワーを浴びる。

 ざあ、と十秒程。きゅ、と締めてシャワーを止めて髪を絞って水分を落とす。

 気持ち良かった。がらりと扉を開ければ、其処には顔を赤くしたままのアオイちゃんが床にへたりと座り込んだままで待っていた。


「なっ……」


「タオルどこ?」


「えぁ、そ、そこ」


「ん」


 指差された先にはタオルが置かれていて、どうもと礼を言いながらタオルで髪をわしゃわしゃと拭いながらアオイちゃんを見る。


「……何でお前顔赤いの」


「だって急に立ち上がってなんなら裸で出てくるから!」


「見慣れたもんだろうに初心だなぁ」


「見慣れてないもん!」


「……?コンカフェ嬢は男の裸を見慣れているものじゃないのか?」


「ちっ、ちがわい!個人差があります!」


「そうなのか」


「どこ情報よ!!」


「いや、偏見だが」


「酷い偏見!!!」


 手で顔を覆っているが、指の隙間からはしっかりと俺の裸を見ている辺りはむっつりなのか何なのだろうか。俺の鍛え上げた身体に見惚れているのだろうか。

 身体もタオルで拭いながら一歩浴室から出れば、ひぇ、と声を漏らしながらお尻をじりじりと後ずさりして頭をごつんと洗面台にぶつけていた。

 いったぁ、と零れるような悲鳴を上げて後頭部を抑えてうずくまるアオイちゃんに何してんだと身体の水気を拭いながら近づく。


「何してんの」


「悶えてるの……」


「そ。大丈夫か」


「大丈夫じゃな……」


 結構鈍い音がしたので普通に心配してみれば、涙目で顔を上げたアオイちゃんはそのまま停止した。

 口をぽかんと開け、あ、と喉の奥から漏れるような声を漏らしながら目を見開いて段々と顔が赤く染まっていく。

 どうした、と思えばその視線の先は近づいた俺というか俺の下腹部と言うか。割と間近に接近してしまったのでどうも視線がストレートにマッチングしてしまったようだ。


「な、なな……ッ」


「そんなに見るなよ。えっち」


「え、えっちって……ッ!」


「えっちなものはえっちだろう。そんなに物珍しいか」


「~~ッ!」


 何が気に入らないのか、キッと俺の顔を睨むがやはり気になるようで視線はするりと下の方へと向けられる。そんなにまじまじと見られると流石に俺も恥ずかしい。

 身体の水気を拭い終えて、視線を遮るようにタオルを腰に巻くようにしてやるとホッと一息安心したように息が吐かれる。

 ………ふむ。俺は悪戯心が湧いて、はらりとタオルをはだけてみた。






「ひゃっ………!」


「え、女の子っぽい声」


「……アンタね………ッ!」


「づぁ!?!?!?!?!??」






 お返しとして激情のままにスト缶のスイングによりバッドへ直撃し、俺は悶絶することになった。バッドが折れたかと思ったゾ。



「カス」

・初恋は甘酸っぱい。


「酒カス」

・初恋は淡い。

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