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3/ニセコイ序章の前座の前戯。

明けましておめでとうございます。


 からんころん、とベルが鳴った先は異界だ。


 桃色の暗色照明に照らされた内装は何処か淫靡な雰囲気の造りで、何処となくオトナな空気が漂っている。

 外は既に夜に染まり、遠耳にアダルティなクラシックもどきのようなジャズもどきのような音楽が聞こえ、この扉を超えた先は既に現世とはかけ離れた夢の世界なのだと脳で認識する。

 コツ、と床をヒールで叩く音が近づき、暖簾のように境界を引いている入り口先のシルクな布がさらりと開けられる。


「いらっしゃい」


 エッッッッッッ!!!!!!!!!

 叫び掛けた絶叫を喉元で抑えつける。いや、少し出たかもしれない。先っぽだけ。

 布を割いて現れたのはサキュバス。布面積の明らかに少ないレザー衣装で身体の輪郭を露わにして、角を生やし色香を全身から漂わせるその人外の姿は俺を一瞬で虜にした。思わず、思考が口を衝いて出る。


「これでコンカフェは無理でしょ」


「いやらしいお店じゃないから、たまたま店員さんが少しえっちな服装してるだけだから」


「まじかよ、そんなたまたまあっていいの?」


「あっていいんじゃない?そういうお店だし」


「てか初手コンセプト外の対応なんですけど」


「おっと。けほんけほん」


 わざとらしく咳払いをするそのサキュバスは、あまりにも昨夜見た地雷系美少女だった。

 ネイビーな髪色に赤いアイライン、程よい体つきは昨晩見た時より露わになっており、そのギャップで思わず驚きとエロスを感じる。

 角付きカシューチャに、谷間と臍と太腿を存分に出したその衣装も相まって、何処からどう見てもその女はサキュバスだった。尻尾もついてやがる。


「ではぁ、こっちにおいでくださぁい」


 スイッチを入れ直したのか、甘い声と共ににこりと笑んで手を招かれるままにシルクを割いて抜けた先はお店のコンセプトに違わぬバーの内装が広がっていた。

 カウンター席後ろには多くの酒瓶が並び、その側方と後方には黒皮ソファーのテーブル席、そして点々とお酒を飲んでいるコンカフェ嬢とお客様の姿。

 一歩踏み入れると「いらっしゃい」と各々の声音で向けられる営業ボイスと、にこやかで艶やかな笑み。衣装も相まってえっちだ。実に。


「カウンターとテーブル、どっちがいいですかぁ?」


「カウンター」


「テーブルですねぇ、かしこまりましたぁ」


「聞いた意味は?」


「こちらへどうぞぉ」


 誘われるままに奥のテーブル席のソファーへぽすんと腰を預けると、向かいに地雷女が座る。慣れた手つきで傍のラミネートされた紙をテーブルへ置き、俺の前に読みやすいように滑らせる。


「こういう感じですのでお読みになって下さいませぇ」


「雑、仕事しろ」


「サキュバスだから何言ってるか分かんないでぇす」


「サキュバス免罪符にすんな、許すだろ」


 紙に目を向ける。上には『夢の世界のルール』とやたら達筆なフォントで書かれており、その下にはおおよそコンカフェ界では通例となっているであろう注意事項たちが並んでいる。

 お触り厳禁、お酒は一緒に飲もうね、世界観は壊さないでね、そんな感じの内容を上手くそれっぽく書いている。お店の名前が『Butterfly dream』であり、そのままこの空間をその名前を流用して設定を詰めているようだ。

 どうも此処は夢か現かの胡蝶の夢の世界であり、この空間のサキュバス達は精気による魔力補充が出来ない為、お酒や食事などを提供して俺達『迷い人』から喜びや満足感を魔力として補充しているのだそうだ。


「灰皿ある?」


「どーぞぉ」


「ありがと」


 手始めにまず一本吸う。いい世界観、と言うか設定だ。

 この精気から魔力吸収出来ないサキュバスという一点で、此処はえっちなお店じゃないけどえっちなサキュバスが居るよ、と言う健全すけべコンカフェという矛盾を成立させている訳だ。

 アフターを求める客に対しては、此処は夢の世界だから私達サキュバスが居るのであってそう言うの出来ないよー、と言うのもルールに書いてあり非常にすけべ対策がしっかりしている。サキュバスコンセプトなのに。紙を返すと、頷きと共に笑みがこてんと返って来る。


「お読みになったようですので、まずは呼び方をお決め下さーい」


「呼び方?」


「此処は夢の世界、貴方の夢でもあるので呼び方は自由に決めて頂けますよぉ、私サキュバスなので」


「じゃあご主人様で」


「はーいかしこまりましたご主人様ぁ、ファーストドリンクは何になさいますかぁ?」


「生」


「承りましたぁ、少々お待ちくださいませぇ」


 ご主人様呼びに特に触れる事も無くドリンクを取りに行くサキュバスを尻目に、改めて煙草で一息吐く。

 入店時点ではそのすけべさに圧倒されて本来の目的を忘れるところだったが、ニコチンを脳に取り入れた事で思い出す事が出来た。ビバニコチン。

 ソファーの背もたれに深く腰掛けて、軽く周りを見回す。何組かお一人様に対しサキュバス嬢がついているのが見えるが、遠目ではよく分からないし会話の内容も聞こえない。


 これでは誰がストーカーか判別しづらい。


 前夜、彼氏役を何でも好きなコスプレをして貰うという条件で買って出た俺であったが、顔と執筆以外に関しては特段秀でたものがある訳では無い。

 こうしてストーカー本人がふらりと現れそうな職場に赴いてみたとしても、蝶ネクタイサッカー坊主やじっちゃんの名に懸けちゃう系男子のように推理力や洞察力がある訳でも無い。

 故に、俺が出来る事と言えばストーカーの対象である地雷美少女と距離を縮めて嫉妬を煽って、当人を炙り出すためのスケープゴートになる事だが────────、


「お待たせしましたぁ」と甘い声で生ビールを二つジョッキで持ってきたサキュバスが流れるように正面に座ったので、一度思考を止める。


「こちら、ご一緒して宜しいですよねぇ」


「いいよ、飲みたい物沢山飲みな」


「わぁ、ご主人様太っ腹ぁ」


「わはは、そうだろう」


 チアーズ。


「で、何て呼べばいい?」


「そう言えば自己紹介がまだでしたねご主人様ぁ。アタシはぁ、アオイとお呼びくださぁい」


「ん、アオイちゃんね。宜しく」


「はぁい、宜しくお願い致しますぅ」


 地の状態で既に話した事があるからかもしれないが、この間延びした甘い営業ボイスが非常に苛立たしく感じる。歯抜け萌え声、とまではいかないがわざとらしい程に営業をされているのが分かり切っている声は何故だかぞわりと来る。可愛いんだけどね。

 にこにこほんわりしていたアオイちゃんは既にグラスを空にして、別のキャストにお代わりを希望していた。キャストの伺うような視線に頷くと、可哀そうなものを見るように十字を切られる。何故。

 コンコン、と正面の女が机を指先で小突く。


「どうですかぁ、お店の感じはぁ(どう?ストーカー居る?)」


「んー、初めてでまだ全然慣れてないけど、良い感じの店なのはわかる(初めてでなんも分かる訳ねぇだろ。サキュバスしか目に入んねぇわ)」


「本当ですかぁ?良かったぁ(真面目にやれよ)」


「特に変なお客さんも居なさそうだし、安心してお酒が飲めそう(今んとこは大丈夫だろ。ヘーキヘーキ)」


「うふふ、たぁくさん飲んでって下さいねご主人様ぁ(とりあえず酒飲も)」


「よぉし、オジサンいっぱい飲んじゃうぞぉ(よぉし、オジサンいっぱい飲んじゃうぞぉ)」


 ぐいぐいとお酒を互いに流し込みながら、店内を闊歩するどすけべサキュバス達を眺める。レベル高ぇー!うっひょー!と喜びながら天国を満喫していると、アオイちゃんが「すいませーん」と他のサキュバスに声を掛ける。


「はーい、どうしたのアオイちゃん?」


「えー、なんだかご主人様がアタシ達にお酒好きなの飲んでもいいよーって」


「あら、本当ですか?」


 でっっっっか。近付いて来たサキュバスは、アオイちゃんとは比べられない程にグラマラスでアダルティでセクシーなお姉さん系サキュバスだった。

 デカければデカい程良い理論を持つ俺に対しそのサキュバスは俺の脳を焦がす程に突き刺さり、言っていない羽振り良いですよムーブのままニコニコで頷いた。

 アオイちゃんの視線が何だか痛い気がするが、すけべな視線で見てはいけないというルールは無い。存分に眺める。


「ありがとうございます。私はクロエと申します、……私もご主人様と呼んだ方が宜しいですか?」


「雑魚って呼んで下さい」


 間違えた、つい。


「じゃなくて、お兄ちゃんで」


「あら、お兄ちゃんと呼ぶのは初めてかもしれません」


「明らかお姉さんぽい人がお兄ちゃんって呼ぶのが可愛いじゃないですか」


「ふふ、可愛いですってアオイちゃん」


「アタシはちょっとわかんないですぅ」


 「じゃあ一杯、付き合わせて頂きますね。お兄ちゃん」と告げて、かつかつと遠ざかるそのクロエさんに手をひらひらと振る。いやあ、綺麗なお姉さんにお兄ちゃんに呼ばせることが出来るなんて素敵なお店だなあ。


「お前、後で覚えとけよ」


「えー?アオイ、ご主人様がサキュバス達に奢りたがってると思ってぇ」


「ケツに酒瓶ぶちこんでやる」


「すぐ酔えそうで良いですねぇ」


 コイツ。

 いつか泣かせようと思ったが、まあそれは来るべき未来でいいだろう。一度飲み込む。

 ジョッキの残りを流し込み、メニューを手に取って次の飲み物を考える。ビール、ハイボール、……なんだこのラブジュースって。オイ、凄い気になるだろ。


「でもご主人様、少ししたらアタシに感謝すると思いますよぉ」


「なんだ、目の前でストリップでもしてくれんのか」


「それ他の子に言わないでねライン超えだから」


「あっはい」


 素のトーンだった。怖いって。

 しかし感謝とは。俺がキャスト全員分の飲み物を奢る事で何かあるのか。それを見越してアオイちゃんは勝手に口を出したというのか。分からん。

 少し考えようとして、コツコツとヒールの音が近づいて来たのを耳にしてメニューから顔を上げる。クロエちゃんだろうか。 


「すいません飲み物をわぁお」


「お待たせ致しました」


 圧巻。其処にはサキュバス軍団が居た。

 大小異なる千差万別四季折々全部助平な複数人のサキュバスが片手にグラスを持ち、笑みと共に俺を囲むように並んでおり、すわ搾精されるのかと思った。が違うらしい。

 俺の前には一つのグラスが置かれ、ぞろぞろと俺を囲む円が少し狭くなる。サキュバスが、サキュバスが!


「私達全員に一杯を下さったお兄ちゃんへ、サキュバス全員から感謝の言葉を」


 次々とサキュバス達に囁かれる感謝の言葉と、目前に広がる桃源郷。それらを全神経で感じ、堪能する。綺麗なサキュバス、可愛いサキュバス、えっちなサキュバス……そうか、此処が俺の人生のゴールだったんだ。

 人生においてこんなサキュバスに囲まれる事も無い。全員に奢るとこんな素敵対応をしてくれるのか。オイ、この店を作ったのは誰だ。出せ。礼を言いたい。

 サキュバスの順番が回りに回り、最後にクロエちゃんが近付いて来る。既にサキュバスに囲まれ甘い匂いで酔いそうだというのに、クロエちゃんはより耳元にそっと近付いて来る。


「まずはありがとうございます、お兄ちゃん」


「こちらこそありがとうございますいやまじで」


「この一杯、美味しく頂きますね」


 たらふく飲んでくれ、そう返そうとして「それと」と差し込まれる言葉に口を噤む。


「アオイちゃんの件も、ありがとうございます」


「…………」


「彼女、困っていたようだったから」


 囁かれる声は甘さが抜け、誠実な優しさに満ちた柔らかい声だった。その声音からも、クロエちゃんがアオイちゃんをずっと気遣っていたのが分かるようだった。


「幾らかサーピスはさせて頂きますので、どうか解決にお力添え頂けたらと思います」


「……クロエちゃん」


 こんなお店だと警察沙汰も宜しくなくて。そう付け加えて、そっと離れる彼女の姿はサキュバスでは無くただ職場の女の子を心配する一人の女性の姿だった。

 その言葉と姿に、俺はこの店に来た本来の目的を改めて意識する。そうだ、アルコールが入っていても俺はやる事があるんだった。

 「クロエちゃん」と声を掛け、その瞳を見つめる。


「取り敢えずオギャっていいかな」


「えっ」


 俺、バブみのあるサキュバスに会いに来たんだった。ばぶ。

   



 あまりにママを超えて聖母かの如き優しさに当てられて幼児退行しかけたが、少し慌てるクロエちゃんと笑わない笑みでストップを掛けるアオイちゃんによってその日は暴走する事なく一夜を明かしたのだった。

 ちなみにもう二回全サキュバスに一杯を奢って囁いてもらった。

 会計は高かった。悔いは無い。

「カス」

・サキュバスは大も小も好き。


「アオイちゃん」

・営業ボイス甘々系サキュバス。


「クロエちゃん」

・どすけべお姉さん系サキュバス。

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