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音楽東京  作者: 深澄
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第9話 孤独

 東京に来て三度目の梅雨。静かな雨が降り続く。薄暗いアパートは、蚊帳の中にいるような閉塞感で満ちている。

 ーー寂しいよ。

 私は歌う。孤独だ。どうしようもなく、独りだった。

 ーー悔しいな。

 また、歌う。まだ二年しか経っていない。それなのに、まだ折れていい時ではないのに。

 ――私は、どうしたらーー

 続けられなくなった。首から上が全て熱を持ち、目から鼻から、熱いものが滴る。ギターを折れるほど抱きしめた。うぅ、と声が漏れる。嫌だな、どうして泣いているんだろう。全身が重い。頭の中では音楽が竜巻のようになって、生気を吸い上げられているようだった。ギターが濡れちゃうな。置かないと。水を飲まなきゃ。ご飯食べなきゃ。曲、作らなきゃ。

 だけど動けないでしょ?

 うん。なんでだろう。

 気がつくと、よだれまでが顎先を伝っていた。過呼吸になったみたいに、真夏の犬みたいに、喉の奥で呼吸する。いつもは音楽で会話をしてくれる私の中の住人は、皆狂ったように好き勝手騒ぎ立てる。

「誰か……助けて……」


 いつの間にか、部屋の真ん中で私は眠りこけてしまったらしい。涙や鼻水や唾液が顔の上で乾き、瞼は重たく腫れていることが、鏡を見なくてもわかった。ギターは抱えたままで、ずっと下になっていた左肩がずきずきと痛む。今は一体何時なのだろう。

 スマホを開くと、通知が来ていた。五時間前。十二時頃。

 〈青さん、最近どう?〉

 どうもこうもないですよ、と口の中で囁いて、スマホを投げた。鈍い音で転がる。画面が割れたかもしれないがどうでもいい。

 泣いて動けない日々が続いていた。バイトは、いつから行っていないだろうか。バイトリーダーからのラインは一週間近く、未読無視のままだった。少し前に来ていた母からのラインも同様。返す気になれずに放置してしまうのだ。無理やりに立ち上がって水を飲んだ。久しぶりに身体に何かを取り込んだので、思わずむせ返る。またしゃがみ込んだ。

 どうして、こうなってしまったのだろう。

 今の生活が苦しくなり始めたのは、秋の終わり頃だった気がする。音楽を作り続ける生活は、確かに自由だった。誰も私を否定しない。邪魔されない。人生は私だけのもの。それでも、否定されないことと、認められることは違う。ユーチューブにアップロードする音楽は、どれも千回に届かない再生数だった。何かが足りないらしいのに、何が足りないのか全く分からなかった。手探りで作りまくっても、光は見えない。まるで砂金掘りのように途方もない。

 私はだんだんと苦しくなり始めた。

 自分を削るような作曲しかできなくなった。どんな幸せなストーリーも浮かばなくなった。一人の世界に閉じこもるようになった。路上ライブもやらなくなった。赤坂凛の引退ライブが行われた、渋谷のライブハウスにも、行けなくなってしまった。成功した誰かを見たくなかったから。努力をやめない人に、出くわしたくなかったから。

 そして、動けなくなった。家から出られない。人に会いたくない。一人で歌っていたい。

 スマホが震えた。わずらわしい。何もかも。

 あぁ、また涙が溢れる。

 再びスマホの画面が光を灯す。ピカピカ光ってないで、私を導いてよ。苛々する。涙が止まらない。

 三度目に通知が鳴った時、私は低く呻きながら、少し前の私のように存在を主張する金属の塊を拾い上げた。ロック画面には、明日の天気予報やニュースアプリの通知が並ぶ。なんだよ、と呟く。無性に消えたくなった。

 だめだ。このままだと、私は狂ってしまう。

 スマホを開いた。ラインを起動し、剣持さんとのトーク画面の右上をタップする。勢いのまま、私は剣持さんに電話をかけた。

 二コール。三コール。……五コール。六コール目が途切れて一瞬沈黙が流れた。

『……青さん?』

「剣持、さん……」

 耐えきれず、嗚咽が漏れた。


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