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5.もう少し、こう……あるだろう

 ウィナは思う。どんな人間にも欠点や不得意なことがあると。もし完璧に見える人間がいたとして、尊敬すべきは漠然とした隙の無さではない。どの角度から見ても美しく見える美術品のように、整え維持することを惜しまぬ努力だろう。


 ウィナの知る一番完璧に近い人間といえばフィロメニアだが、そんな彼女にも苦手なものもあれば知らないこともある。たとえばそう――探し物だ。


 今、目の前で自室のキャビネットなどの調度品をひっくり返して、ドレスの山に化粧箱やらアクセサリーを盛り付けている彼女を見るとそう思う。恐らくそれらがどこに入っていたか覚えていないだろうから、探し物が終わったあとに自分が元に戻すことを考えると、流石のウィナでもげんなりする。横にいるリタもあわあわするだけで手伝いもできない有様に、仕方なく声をかけた。


「ねぇ、何探してんの……? ――よっと」


 言いつつ、放り投げられて宙を舞う高価そうなブレスレットをキャッチする。勤務時間中はあまり言葉を崩さないのだが、呆れ切ったウィナにその余裕はない。


「あったぞ!」


「あぁ~……。見つかってよかった~……」


 でももうひっくり返してないキャビネットの方が少ないから、もうちょっと早く見つけてほしかったな、などと天を仰いでいると、フィロメニアが何かを重たそうに持ち上げようとしているのが見えた。


「ふぃ、フィロメニア……!」


 あまりにも無理に持とうとしているので、ウィナは慌てて制止する。


 見ればキャビネットの底が二重になっており、底板を外したところに布に巻かれた棒状の物体があった。仕方なくウィナが代わりに持ち上げると、ズシリとした重みを感じた。中身はわからないが金属的な硬さを感じる。


「これを持っていけ」


「なにこれ」


「剣だ」


「え?」


 ウィナが唖然としていると、フィロメニアが布を取り払った。


 中には控えめな装飾に剣身を収めた一振りの剣があった。長さはウィナが振っていた木剣よりもいくらか長く、ロングソードの類と思われる。


 ウィナはつい興味を惹かれて、少しだけ握りを持つ腕に力を込めた。


「刃に触れるな!」


 慌てたフィロメニアが声を荒げるが、ウィナは現れた剣身の美しさと、その音に思わず息を飲む。


 わずかに剣身を露にしたその表面は磨き上げられた鏡のように光を反射していた。傾けてみればウィナ自身の顔が覗けるほどにそれは美しい。フィロメニアが慌てているのは正しい反応なのだろう。ウィナの【眼】もその刃を警戒色でなぞり、迂闊に触れてはならないことを示している。


「触れるだけで指が落ちるぞ」


「まるで落ちたような言い方」


「誇張だと思うか?」


「怖っ! もう二度と抜かない……。絶対抜かない。戻そう。すぐ戻そう」


 言われて、ウィナはすぐさま剣身を収めた。布で巻いて紐で縛って、元あった場所にそそくさと戻そうとして、フィロメニアに止められる。


「待て待て待てそれはそれで困る……。いや、抜かない方がいいのだが、とにかく戻すな」


「えぇ~……?」


 ウィナは嫌々ながらも再び手元の剣に視線を落とした。


「え、これ持っていくの? お家の持ち物を勝手に持ち出すのはマズいんじゃない?」


「それは家の物ではない。母から私へと譲られたものだ」


「ソフィア様の?」


 フィロメニアの言葉に彼女の母の名前を出す。フィロメニアの母親の故郷といえば大陸でもこのシュタリア帝国と双璧をなす大国だ。鉄に恵まれ鍛冶技術の優れる国と聞いている。そう言われれば、この剣の輝きも頷けた。


「……将来、私が騎士を選ぶときに渡せと」


 ウィナは顔を上げるとフィロメニアと視線がぶつかる。


「ならアタシに渡しちゃだめだよ。これはフィロメニアが命を預ける人に渡すものなんだから」


 ぶんぶんとフィロメニアはらしくなく首を横に振った。


「私の命はもうお前に預けている。お前が一日だけとはいえ街の離れるのならば、私の代わりにこれを持っていけ。剣を振っていたのはなんのためだ?」


「健康のため……なんつって。でも迂闊に剣を持つほうが危ないこともあるんだよ。アタシみたいに弱いと、さ」


「お前はそれでも私の前に立とうとするだろう」


「そういう性分だからね」


 ふっ、とウィナは自嘲気味に笑う。この剣はフィロメニアの我儘で、心配性で、独占欲の表れだ。決して自分以外には見せない――フィロメニアの弱い部分だ。そして、自分も同じ感情を彼女に向けている。それがどうにも嬉しくて頬を緩ませた。


「どうしても持っていかなきゃダメ?」


「一時とはいえお前を手放すことへの、私のけじめだ」


「言い出したら聞かない」


「そうだ。よく知っているだろう」


「じゃあ、ほら、ちゃんとして」


 そう言って剣をフィロメニアの手へと戻す。意図が分からなかったのかフィロメニアは目を白黒させたが、膝をついて頭を垂れると息を飲む音が聞こえた。


「……ウィナフレッド・ディカーニカ」


 先ほどまでのか細い声と打って変わり、重く張りのある声で名を呼ばれる。はい、とウィナは応えた。


「我が命はこの剣に、我が心はその輝きに。星の見ゆるこの地において、どうか神のご加護のあらんことを」


 フィロメニアから差し出された剣をゆっくりと両手で受け取る。立ち上がると、示し合わせるでもなく二人は目を閉じて祈った。


 これはただのごっこ遊びだ。礼式も間違っているだろう。大事なのはこの剣が互いの心の繋がりとなる縁となればいい。

 

 静かな部屋に控えめな拍手が響く。振り向けばリタが目を輝かせながら手を叩いていた。やがて群青色のリボンを揺らして深々とお辞儀をする。


「お二人とも、とても素敵で、お綺麗でした……!」


 リタはそのまま思ったことを口にしたのだろう。


 ウィナはフィロメニアと顔を合わせる。共に顔が紅潮し、照れ隠しの笑みを浮かべるのだった。





「いや、それでさ。メイド長が館にある鎧とか全部着せてきて、鎖帷子とか膝くらいあって動けなくなっちゃってさ」


「災難だったな。それでウィナ……」


 鉱山へ向かう馬車の中、ウィナは弾んだ声を響かせた。対して向かい側に座るバルネットの声は低い。


「兜とかなんか角とか生えててこれいつの時代のヤツだよ! って感じで。結局今来てるこの改造メイド服になったってわけ」


「わかった。その話はいい。一つ訊きたいことがあるんだが」


「え? なに?」


 気持ちよく話してたのに、ときょとんとするウィナに、バルネットは頭痛を抑えるように額に手を当てている。そして、そのポーズのまま「他のやつが思っていることを代表して聞くがな……」と前置きして、


「……なんでここにいるんだ?」


 馬車の乗員全員が、コクコクと一斉に首を縦に振るのが見える。


「ちょっと野暮用で」


「もう少し、こう……あるだろう!?」


 ウィナの雑な言い草に、バルネットが掴めない空気を必死に掻き抱くような奇怪な動きをした。


 相変わらず反応が面白いわね、と思いつつ、ウィナは話を続ける。


「アタシの――記憶を夢で見るやつ、あるじゃん? 遺物調査に同行すれば良くなるかもって、アイナ様が」


「私はお手伝いです」


 ウィナの脇から飛び出すように小さなメイドからも声が上がった。舗装されていない道を走る馬車は時折大きく揺れるため、ウィナは隣に座らせたリタを小脇に抱えるように支えている。


「よくわからんがあの方が言うのなら仕方ないか……」


 そう言いながらもバルネットは納得していなさそうに頭を抱えた。


 今朝、館の皆に見送られ、案内された馬車に乗り込んだらバルネット達と同じ馬車だったのだ。


 どうやら発掘された魔装(ティタニス)は、可能であれば誰かが操縦して、自力で歩いて街に運ぶらしい。話を聞くに水祭前の魔装(ティタニス)は騎士を自らで『選ぶ』ものだそうだ。その基準も単なる魔力や技量の高さで選ばれるわけではなく、かといってそれが無視できるわけではない。騎士候補組も選定に参加させることにより、もし魔装(ティタニス)が動かない場合でも運搬の人手とできるため、一石二鳥というわけだ。


 ウィナは馬車の中の見回して、生徒たちの顔を順々に確かめる。乗り込んでいるのは全員学院の騎士候補生たちだが、その数は十人に満たない。他の馬車には軍服を身に纏った正規の兵たちが乗り込んでいたはずだ。ふと気づいてバルネットに尋ねた。


「ナタリーはいないの?」


「ここにいるのは成績が優れると認められた者だけだ。半数以上は学院に残っている」


「そっか。来られない子もいるんだ」


 まぁな、とバルネットが相槌を打つ。改めてみると皆、緊張した面持ちで腕を組んだり、祈るように胸の前で手を合わせていた。今更ながら自分がここにいるのが場違いな気がして、ウィナははしゃぎ気味だった気持ちを落ち着けた。


 ここにいる皆が日々厳しい修練に励んでいるのはウィナも知っている。騎士の家系の出として使命感を持って乗り込んだ者と比べて、自分が遠足のような気分でいたことを恥じた。


 かといって自分が静かなままでは皆を戸惑わせると思い、ウィナは頭を振って車内に呼び掛ける。


「誰かが選ばれたらアタシも嬉しいな」


 その言葉に各々が顔をあげる。バルネットも共感するように頷いた。


「水祭前の魔装(ティタニス)神格魔装(ティタニス・エルダー)とも言うんだ。憧れない騎士はいない。もし選ばれれば国中に名が広まるぞ」


【七剣星】(しちけんせい)みたいに?」


 国における騎士の最高位の称号を口にすると、バルネットは一層大きく首を縦に振る。


「ああ、そうだ。それだけかつての魔装(ティタニス)の力は絶大らしい。領内で見つかったのは本当に運がいい」


 へぇ、とウィナは口を開けて感心した。最近は落ち着いた雰囲気を出すことに凝っているバルネットがこうもはしゃいでいるということは、ラウィーリア家にとっても良いことなのだろう。


 ウキウキとした幼馴染は見つめられていることに気づくと、コホンと咳払いをして居住まいを正す。


「俺たちはどう転んでも数日は帰れないが、お前はどうなるんだ」


「今日の夕方に帰る馬車を出してくれるってさ。なんか悪いから、お昼ご飯の手伝いでもしようかなって」


 ウィナが何気なく言った言葉にわっと歓声が上がった。驚いて何事かと訊くと口々に理由を述べだす。


「ウィナって料理得意なんでしょ?」


「いつもくれるお菓子、美味いもんな」


「初日だけはまともなメシが食えるかもしれない」


 涙目になって喜ぶ者もいて、ウィナはバルネットに顔を向けた。


「え、なになに?」


「あまり大きな声で言えることではないが……その、こういった時の食事はあまり、な」


「不味いんだ」


「学院の食事と比べると、まぁ……」


 どうやら野営の食事は往々にして不評らしい。バルネットも良い感想を持っていないらしく、神妙な表情をしている。


「頑張らなくちゃね」


「はい!」


 学院の同輩の喜びように俄然やる気が漲ってきて、腕の中のリタと決意を新たにした。

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