17.いけるね
山を越えればライニーズが見える。
馬車で時間をかけて通った距離を、ラグナはわずか十数分で踏破していた。人では迷い込んでしまうような森であっても、登ることが不可能な山であっても、ウィナの十倍近い背丈を誇る巨人にとっては障害物にもなり得ない。
山道を駆け上がり、その山稜を飛び越えると、視界が一気に開けた。
普段は見ることのない外からの自分の街が見える。しかし、見慣れる景色であっても、そこに異常が生じていることは明らかだった。
『人型兵器十五、敵性体三十四、確認。街の外周防壁に破損個所および侵入痕があります』
視界に重ねるように魔装と忌獣が色分けされ、浮かんだ表示枠の中に破壊された壁の一部が拡大される。
跳躍による数秒の落下を荒々しい着地で終えたウィナは、すぐさまラグナを走らせた。
「くそっ……!」
『内部の状況を確認するため、霊子探査波の発振を提案します』
「わからないけどわかった!」
言うや否やラグナの左腕につけられた羽のような部品が開き、風車のように整列される。それが何であるか、それがどういう仕組みなのか、ウィナは全くわからない。だがどうすれば良いのかだけはわかっていた。
躊躇なく前方に風車を向ける。
『【マーク】』
ミコトの声と同時に風車が光り、視界の歪みと共に大鐘のような音が鳴った――ように感じた。見えない力がそう錯覚させたのだと理解する。
視界では発せられた波のようなものが一気に前方を駆け抜け、壁の向こう側の敵と味方の姿を映した。わずかな時間ではあるが、そこには入り乱れながら忌獣と取っ組み合う魔装の姿があった。
『MI検知。前方、距離一千、数は五』
低い唸りのような警告音が前方から響く。鉱山で倒したものと同じ種の忌獣がこちらに向き直っていた。だが、相手は広大な田畑を隔てるほどの距離である。
ウィナは思わず声を上げた。
「あんなに遠くから!?」
『はい。先ほどの探査波を感知したと思われます。敵、攻撃――』
言葉が終わる前に甲高い警告音が鳴り、反射的にウィナは桿を傾ける。わずかに軌道を変えたラグナのすぐ横に、何発もの光弾が飛来した。敵の砲撃は正確無比とまでは言えないが、真っ直ぐ走っていただけでは直撃していただろう。
『ウィナフレッドの反射神経は非常に優秀であると評価します』
「掠ってたけどね!」
『分析予兆測による回避時機を伝えます』
「タイミングがわかれば避けてやる!」
『はい。ウィナフレッドの能力であれば可能です』
ウィナはさらに鐙を踏み込んだ。ラグナの速度が上がり、装従席に押し付けられるが、歯を食いしばって耐える。
短く徐々に音程を高くする警告音が連続し、敵の攻撃を予測を伝えてきた。音程がピークに達すると同時に、ウィナは滑らかに装体を振る。
前方にいくつかの小さな閃光。周囲の地面を光弾がえぐり取り、土煙が上がるがウィナは構わない。当たらないという確信があった。
『新たなMI検知。合計九体の攻撃目標にされています』
「相手してらんない。飛び越えちゃおうかな!」
『メインスラスター出力不安定。四・八秒の限定使用であれば可能です』
話している間にも続けての砲撃がくる。
ジグザグな移動でそれらを避けながら、密集して砲撃を放っていた集団に向けてラグナを跳躍させた。忌獣の尾が一斉に上を向き、うち一体の砲撃を空中で身をよじって回避する。
「どりゃああっ!」
着地する先は忌獣の背中。足で卵の殻を割るような感覚があり、眼下で内臓と思しきものが地面にぶちまけられた。
『メインスラスター、いけます』
「いけるね!」
周囲を囲む忌獣が、今まさに至近距離での砲撃を叩きこまんとする間際、背部推進器が火を噴く。そこに高高度からの着地に耐える脚力が加わり、ラグナの巨体は矢のような速度で壁上へと押し上げられた。
勢いのまま壁を飛び越える――はずが、装従席に衝撃が走る。
「痛ったぁ!」
目算を誤って壁上部に激突してしまったのだ。ウィナの体を固定する結晶の鎧がなければ前に投げ飛ばされていただろう。
だが、縁を突き破ったおかげで壁上にはたどり着くことができたようだ。瓦礫を押しのけて立ち上がり、ラグナの目を通して街を見渡す。
『高脅威度目標を視認』
ミコトが発した警告音。街の教会近くで暴れまわる、ひときわ大きな忌獣の姿があった。
だが、ウィナの視線は忌獣ではなく、もっと小さな反応に奪われる。
「フィロメニア!?」
忌獣のすぐ近くに、子供たちを背に庇った主の姿があった。




