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12.どうってことない話

『ウィナフレッド。痛みを感じる箇所はありませんか?』


 再び行われた装従席の中での治療を終えて、ミコトが顔を覗き込んでくる。


「うん、大丈夫」


 体中の感覚を確かめたウィナがそう答えると笑みが返ってきた。彼女はウィナの手に触れると静かに目を閉じる。


『この機体はウィナフレッドのものです。当方はその意志に従います』


 それはウィナに対し、かしずくような物言いだ。バルネットの言っていた、騎士を選ぶというのはこういうことだったのかと思い至る。


 もしこれが幼い自分だったら諸手を挙げて喜んでいたかもしれない。しかし、今のウィナにとっては困惑の気持ちの方が大きい。


 なぜ自分が魔装(ティタニス)を動かすことができたのか。なぜ魔法を発動することができたのか。わからないことは沢山ある。


 だが――。


「色々聞きたいことはあるけど……ありがとう、ミコト」


 ウィナはゆっくりと頭を垂れる。この不思議な少女とは、主従ではなく友人として接したいと思った。


「頭の中がごちゃまぜで、これからどうすればいいのか全然わかんないんだけど――けど、生きてるってことが凄く嬉しい。ありがとう」


 短く何かを訴えるような短音が鳴って、暖かい手が頬に触れる。


『いいえ。当方もウィナフレッドと再び言葉を交わすことができていることを、嬉しく感じています』


 見れば紅の瞳はすぐ近くにあった。その視線を受け止めて、ウィナは静かに息を吐く。 


『おい! 忌獣が死んでるぞ!』


「わっ!?」


 突然の声にびくっと体が跳ねた。ミコトも同じように目を丸くして手を離す。


『この魔装(ティタニス)、坑道にあったやつじゃないか!?』


『ああ、間違いない。誰かが乗ってるのか?』


『技師長を呼んでくる!』


 声は独特の響きを帯びている。どうやら外部の音のようで、ウィナはミコトと顔を合わせた。


「とりあえずみんなに顔を見せて、ミコトが助けてくれたって言わないとね」


 紹介しなきゃ、と席を立つが、当人は人差し指を顎に当てて困ったように首をかしげる。


『当方の姿はウィナフレッド以外には視認できません。当方はウィナフレッドの呼称する【精霊】と類似する存在です』


 精霊とはその名の通り、神の末端である微精霊の上位存在だ。微精霊とは違い、自らで存在を保っていられる力を持つが、認識できる人間が限られる点では同じだ。微精霊の見えないリタがいい例だろう。


 しかし、ウィナは思い至る。


「こんだけ滅茶苦茶やってるんだから見えないくらい、どうってことない話よ」


 そう言うとミコトの顔がぱっと晴れた。


『おーい! 誰か乗ってんのか!?』


 野太い声と金属を叩く音が響く。その声には聞き覚えがあった。


「おっちゃんだ! ミコト、開けて!」


『胸部装甲、開放します』


 ミコトの手のひらで魔術式が発動し、装従席が開かれる。外に出ると森の青臭い香りに交じって、嗅ぎなれない不快な匂いが鼻孔を刺激した。


 これは化け物の死骸の匂いだ。


 深く息を吸い込むのを我慢しつつラグナの足元に声をかける。


「おっちゃん!」


「じょ、嬢ちゃんか……?」


 こちらを見上げたラウルはこれ以上ないほどに目を開いていた。それこそ幽霊を見たかのような表情に慌ててラグナの手を伝って地上に降りる。


「うん! ごめん、心配かけて、どこから説明すればいいかわかんないんだけど――わっ……」


 言いながら駆け寄ると、大きく硬い手に肩をがっしりと掴まれた。驚いてラウルの顔を見る。


 そこには大粒の涙が流れていた。


「死んだかと……死んだかと思ったじゃねぇか! おめェが死んだら俺はどうアドリアーナに……」


「……ごめんなさい」


 ラウルは怒鳴りながらも、その声は徐々に消え入るような涙声に変わる。肩を掴む彼の手は震えていることに気づき、ウィナはしおれるように詫びた。


 涙を地面に落としていたラウルはひとつ長いため息を吐くと、泣くのをやめて顔を上げる。そして、傍らに膝をついたラグナを見上げた。


「こいつを呼んだのはまさか、嬢ちゃんじゃねぇだろうな」


「たはは……。それがまさかなんだよね」


 頭の後ろに手を当てて誤魔化すように言うと、ラウルは広めの額に手を当てて空を仰ぐ。


「嬢ちゃんがこいつに転げ落ちた時から――いや、遺物を見に来るって聞いた時から予感はしてたぜ。そういうもんなんだろうな」


「なにが?」


「引かれ合うんだろうよ。騎士と魔装(ティタニス)ってのは」


 そう言うラウルの表情を見て、ウィナはスカートをぎゅっと掴みラグナへ視線を移す。


 ラグナとの邂逅は様々な偶然が重なったもので、運命的なものを感じる部分はあるだろう。しかし、それを語る彼の表情は暗かった。何かを悼むようなその顔は、ウィナを通して別の誰かを想っている気がした。


 ウィナが口をつぐんでいると彼は踵を返しながら言う。


「細けぇことはあとで聞きゃいい。いったん顔を見せてやんな。みんな嬢ちゃんが死んだと思ってンだ」


 言われて、自分が直前までどんな状況だったかを思い出した。死に瀕して送り出した少女の顔が頭に浮かんでウィナは声を上げる。


「リタは!?」

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