そうだ、その手があったんだ
「あ、アナベルさん。ちょうどいいところに」
受話器を置いたタイミングで声をかけられて、私はぱっと顔を上げた。
「あれ、レオナルドさん。どうかしましたか?」
レオナルド・ハリソン。スーザンの部下の人だという男性だ。あっ今日はモノクルをかけている! それの詳細、結局聞きそびれたままになってるよね。今日こそは……じゃなくて、今呼び止められたんだよ私は。ちゃんと用件を確認しよう。
「正門の方に、『クレイトン商会』の男性二人がいらしていて、アナベルさんと面会を求めていらっしゃるんですが。もしかして、ご親族だったりされますか?」
「ああ、そのもしかしてです」
ナイスタイミング! こちらから会いに行く手間が省けたよ、父さん、兄さん!
「わざわざお知らせありがとうございます。レオナルドさんも式典の準備でお忙しいでしょう」
「まあ、それなりにですが。僕は街の屋台出店エリアの区画整理を任されているのですが、今正門を通ったら偶然クレイトン商会の方にお会いできて。確認したいことが二、三点あったので、僕としてもありがたかったです。こうしてアナベルさんを探す手間もなく伝言もお伝えできたし、今日はツイていますね」
ふわり、と微笑む姿には、先日スーザンとのやりとりで見たトゲトゲしさはない。忙しそうではあるが、この間の土気色よりは顔色が良さそうだ。メンタルも少し落ち着いているのかな? 私の話も聞き入れて、ちゃんとご飯食べていてくれるといいなあ。
レオナルドさんに別れを告げ、私は正門へ向かう。
果たしてそこには、見覚えのある懐かしい二人乗りの荷馬車があった。ボロボロだけどまだまだ現役の、クレイトン商会の馬車である。愛馬も元気そうでなによりだ。
そして傍に立つ二人が、私に気づいて同時に手を上げた。タイミングがぴったりすぎて、思わず笑ってしまう。さすが親子。
「久しぶり、アナベル」
兄のアレンが、お母さんから受け継いだ色素の薄いキャラメル色の瞳を細めて私を呼んだ。
年子の兄とは、もはや双子というか戦友というか、様々な苦難を共に乗り越えた間柄だ。
「久しぶり。今ちょうど、母さんと電話してたんだよ。二人に会いたいと思ってたところだったから、タイミング良くてびっくりしちゃった」
「ホント? 俺ら通じ合っちゃってんな〜」
お調子者、なんて言われることもあるけど、人当たりがよくて面倒見のいい兄である。
「元気そうだな、アナベル」
父のジョージは、私とお揃いで栗色の髪にこげ茶の瞳。クレイトン商会を一代で大きくした一応やり手……なんだけど、全然外見からは分からない、「普通のおじさん」感あふれる人である。普段は優しいけれど、ここだけの話、怒るとかなり怖いんだ。
「おかげさまで! ねえ二人とも、お腹すかない? せっかく王都に来たんだから、美味しいもの食べようよ。案内するから」
「お前、仕事は?」
兄さんが慌てて確認してくる。大丈夫だよ、これはサボりじゃなくて情報収集……たぶん。
「ちょうど休憩してたの。二人に相談したいこともあるし、どうかな」
「この後の予定は特にないよな、父さん。せっかくだから案内してもらうか」
「そうだな」
父も頷いてくれたので、三人で食べられそうな場所を脳内でピックアップしていく。ちょうどお昼の混雑も落ち着いたこの時間なら……あそこがいいかな。
「本当は上達した『らしい』妹の手料理が食べたいけどな、俺は」
「らしいって何よ失礼な」
「まだ一度もアナベルが作ったやつでまともな物を食べた事がないもんで。うちはディアナと母さんが料理好きだったから、アナベルは何にもしなかったもんなあ」
三つしたの妹を引き合いに出されると何も言えない。彼女はおっとりさんな母によく似ていて、家事が得意だ。私が実家にいた頃作ったことのある料理といえば……野菜をちぎったサラダと、サラダと……焼いたトーストと……あと何か用意したこと……うん。記憶にない。兄さんからの評価が低くて当然である。
「今度帰ったら作ってあげるから、その時を楽しみにしててよ。昔の私とは違うんだからね」
「それはいいけどさ。お前はいつ帰ってくる予定なんだよ。去年の年越しにお前が帰ってこなくて大変だったんだぞうちは。弟と妹はぐずぐず騒ぐし、父さんは仕事で母さんは料理で忙しいし、俺が一人で大掃除をだな」
「はいはい、ごめんて。今年は帰るよたぶん」
「たぶん、ってなんだ。必ず帰ってこい」
よっぽど年末が大変だったとみえる。話を聞いていたら私も久しぶりに実家の空気を吸いたくなってきてしまった。騒がしい兄妹の会話を、父は後ろでニコニコと眺めていた。
「で、相談? 頼みごと? なんだっけ」
スプーンにあつあつのカレーを乗せたまま、兄さんが思い出したように私へ尋ねた。
二人を連れてきたのは、王都ヘリオドールで人気の大衆食堂「ピッコロ」である。休日に私がよく行く、行きつけの店の一つだ。ちなみにオーナーの娘さんが去年料理番見習いに所属していたので、ちょっとした顔見知りでもある。ピザやパスタからカレー、ハンバーグに至るまで、さまざまなメニューを取り揃えているのが魅力だ。格式ばっていないながら、味の良さには定評がある。
おすすめメニューは表向き、トマトソースパスタの王道「ポモドーロ」なんだけど、この店の『裏看板メニュー』とも言うべき美味しさを誇るのが、野菜をふんだんにトッピングしたカレーである。父と兄にその話をしたら、即決でそれを注文していた。二人ともスパイスの効いたカレーが大好きなんだよね。体の調子を整えるのにも有効な食べ物だし、料理番としてもピッコロのカレーは栄養満点でおすすめしたいメニューだ。
ちなみに私はこの間カレーを食べたばかりなので、今日は季節限定のレモンクリームパスタをオーダーした。さっぱりしててこれも美味しいよ。
「ああ、相談っていうか……聞きたいことなんだけど」
私はグラノーラの事をどう説明しようかと悩む。あんまり部外者に詳しいことは話さない方がいいのかな。
「例えば、少々難ありの商品を大量に捌かないゃいけないとしたら……父さんと兄さんならどうする?」
「難ありの商品を捌く? どういう状況だそれは」
「えっと、在庫がありすぎるとか、賞味期限が近いとか、期限付きで売り切らないといけないとか……そういうやつ」
クレイトン商会は、食品から鉱石まで様々なものを仲介して卸す商社である。兄は難しい顔をして唸った後、「うちだったらまずそんな事にならないように先に手を打つけど……」と前置きした上で「値引きして売るのが妥当かな」と呟いた。まあ、そりゃ考え方としてはそうなるよね。私は今回売りたいわけじゃないんだけど、つまりは下がった価値を補填してオトクにするってことだ。何か応用できるかな?
「父さんならどうする?」
私が話をふると、父さんは一旦スプーンを置いた。そばにあったコップに口をつけてから、まっすぐに私を見つめてくる。う、この視線、実は昔からちょっと苦手。
「俺なら――そうだな。付加価値をつけて売る」
「ふかかち」
「ああ。値段を下げるのではなく、何かと融合させて新しい商品を生み出したり、別のものに生まれ変わらせるということだ。引き算じゃなくて、掛け算するってことだな。例えるなら、魔導ネックレスにできないほどの小さい鉱石を、記念用の指輪やオルゴールに加工してから売るとか」
「なる、ほど……」
グラノーラに新しい価値をつける、か。
美味しくないものを美味しくする? それは確かに、今やろうとしている作業だけど。
考えをぐるぐるしながら、ぼんやり隣の人のテーブルに目を向ける。ちょうどテーブルにデザートが運ばれてくるところだった。あ、あれはドライフルーツ入りのパウンドケーキ。様々な色のドライフルーツって、見た目が宝石みたいでちょっとテンション上がるよね。
私の思考を引き戻すように、父が言葉を続ける。
「あとは、イベントを利用する。今なら、建国記念式典が絶好の機会だな。人は祭りが好きだから、それに絡めたような商品は飛ぶように売れる。ヘリオドールは今、最も人が集まるタイミングだろう? 土産ものとして喜ばれるものや、ここでしか体験できないこと。そういうものを人は欲しがる。だから上手くいけば、多少の難はその付加価値で消える」
「あーそっか。建国記念式典」
明後日に控えたそれは、間違いなく国じゅうの関心事だ。全国からこの王都へ、たくさんの人が観光にくる。
ん?
グラノーラを『なんとかする』期限は三日後の建国記念日まで。
私が考えなきゃいけないことは、グラノーラの美味しい食べ方と、消費者と、消費者に届ける手段。
そうだ。わざわざイアンさんが期限を三日後に設けた理由って、もしかして。
「それだ! そういうことだ! ねえ父さん、レオナルドさんと話があったってことはクレイトン商会も今年は屋台を出すってことだよね?」
「ん? 直接店を出すわけではないが……取引先との商談場所として、毎年スペースは借りている」
「ちょっとその一角、私に貸してもらうことってできる? あと、明後日の朝までにこの食材とこの資材をこれだけ用意するって可能? 本当は明日中に欲しいけど。あ、お金は魔術師寮持ちで後で必ず払うから」
持ち歩いているペンで、机にあるペーパーナプキンにガリガリとメモを書いていく。その勢いに面食らった兄が、「急にどうしたんだよ」と狼狽えている。いや、今まさにいいアイディアが降ってきたところなんだよ。ね、これ上手くいったら本当に五十袋の在庫、捌けるかもしれないよ!
「――かなりの量になるな」
「ムリ、かな」
父は私のメモを見て難しい顔をした。けれど次の瞬間、ニヤリ、と悪巧みをするような笑みを浮かべる。
「面白いこと、するんだろ?」
「え、うん……」
「じゃあやってやろう。クレイトン商会の名にかけて、全力で『お客様』のご要望に応えるさ」
「ホント!? さすが父さん!! カッコいい!!」
私がわああ、と小さく拍手すると、兄さんが「何? なんのはなし?」とメモを覗き込んできた。
「え、親父本気? これホントに全部用意する気なの?」
「大口取引だぞ。やらない理由がない」
「ええっ……今日は王都を観光予定だったのに……じゃあユーリさんのとことマイクさんのとこと、あとはセイラに連絡を入れて……え、本当にできる? コレ……」
「できるかできないか、じゃない。やるかやらないか、だ。かわいい妹の頼みだろう」
「確かにアナベルはかわいい妹だけれども! ……はあ、しゃーない。一肌脱ぎますか」
結局、父さんも兄さんも私にとことん甘い人なんだ。
いつもごめんね。そしてありがとう。
この借りは、必ずいつか返すから。




