表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/43

朝食はジンジャースープ

 食材の入ったカゴをえっちらおっちら運んでいくと、先輩のお兄さん二人組が鍋の余熱を始めていた。


「エリック、点火するぞ」

「オーケー、火力に注意してくれ」

「了解」


 鍋、と言っても、大抵の人が最初に想像するような家庭用のアレとはまるで違う。

 その大きさは子供が中で水遊びできるくらいのサイズである。ちなみに鍋の深さは立った大人の腰くらい。まず持ち運びは不可能だ。


 次に、鍋底にガス装置がひっついている。

 このためガス台が必要ない。両側にある支え棒で、床から数十センチのところに固定されている。右側についているハンドルを回すと鍋が手前に傾いて、中身を取り出せるという仕組みのものだ。

 数百人前を作るには、このくらいの量が入る鍋が必要不可欠なのである。


 通称「回転式大鍋ローリング・ポット」というこの鍋は、料理長が優秀な魔術師に図面をひかせて作らせたシロモノらしい。魔術師に対しても発言権の強い料理長のことだ、何人か貸し切って最短納期で作らせたに違いない。かわいそうに。


 余談だが、一度でいいからこの鍋でチーズホンデュをやってみたいというのが私の密かな夢だったりする。


「ディアンさん、エリックさん、食材ここに並べておきます」

「おうアナベル、いつもありがとな。シリルも」


 エリックさんは人好きのする笑顔をぱっと浮かべて、カゴのひとつを受け取ってくれた。誰に対してもフレンドリーで明るい彼は、厨房内でも男女問わず人気な先輩のうちの一人だ。


「いえいえ、それが『下仕込み』の仕事ですから」


 調理班がいかに調理しやすく、時短できるか。それを考えて野菜を切り、運び、手伝うのが私とシリルの主な仕事だ。


 何も知らない人たちからは『下働き』『雑用係』などの言葉も時折もらうけど、私は存外この仕事が気に入っている。

 色々な部署と関わって、色々見せてもらえる。頼めば丁寧に教えてくれるし、とても楽しい。

 ていうか私たちがいなかったらみんな仕事が成り立たないので、もし厨房内で揶揄されたら食材を皮のまま渡せばいい話だ。切られた野菜が当たり前だと思うなよ! ってことでね。



「ディアン、入れていいか?」

「どうぞー」


 エリックさんが火力調節を行っていた彼の相棒ディアンさんに向けて確認を取る。了解が取れると、計量カップに入っていた油をひとまわし。続いてゴロゴロゴロ……と昨日シリルが切った玉ねぎたちが、エリックさんの持つカゴから躍り出た。

 顔の三分の二ほどもある大きな面の木べらを持ち、底が焦げ付かないように二人でひっくり返していく。


 あー玉ねぎに火が通るいい香り……

 じゅわじゅわと爆ぜる音が心地いい。


「アナベル、次」

「あっごめん」


 ぼけっとしている暇はないんだった。名残惜しいがここから先は先輩に任せて、別の場所へと向かう。


 厨房を一番奥までてくてく進んでいけば、せわしなく行き来する女の子達がいる。

 長いバゲットが何本も載ったトレーを、保存ラックから次々作業台に引っ張り出しているのだ。


「おはよう、シャノン。机の上のやつから切り始めていいかな?」


 パンを焼くベーカリー部門の人達はいつもバタバタと忙しそうだ。同期を見つけて声をかけると、挨拶もそこそこに指示を飛ばされた。


「あ、おはようアナベル! 助かる! いつも通り1本12カットで」

「おっけー」


 彼女は下手すると中等部の子に間違えられるくらいの体格なのに、先輩達に混じって重い鉄板を上げ下ろしている。偉い。

 ぱっと横をむくと、既にシリルはパン切りナイフを棚から出して支度を始めていた。やばいやばい。私も慌ててパン切りナイフを手に取り、負けじとバゲットを切り始めた。




♯ ♯ ♯




 黙々と作業を続けて全てのパンが切り終わる頃には、空は白みはじめていた。

 なにせシリルと二人きりで、1000人分のパンのカットだ。ベーカリーの人達はすでに夜用の仕込みに入っている。


 もう少しすると夜勤明けの面々が食堂になだれ込んでくるはずだ。次に朝練上がりの人、そして日勤の人。広い食堂ではあるが、ちょっとずつ時間をずらすことで混雑を避けている。


「配膳準備、頼んでいいか」

「はいよ。仕込み準備よろしく」


 ナイフを片付けたシリルと一旦別れ、私は厨房に繋がっている配膳カウンターへ向かった。


 魔術師寮の食事は、朝昼晩とビッフェスタイルである。朝は軽めの事が多いのでカウンターに置く皿数もそんなに必要ないが、昼夜になると品数も増え準備するものも多くなる。カウンターを拭き、出来上がってきたスープをふた鍋(これは家庭用よりちょっとおっきい位のサイズね、回転式大鍋から移し替えたもの)セットし、さっきカットした雑穀バゲットパンが再びトーストされて出てくるのを待つ。……うん、パンの焼ける香ばしい香りが漂ってきた。至福の時間だ。


「おはようアナベル。今朝はお寝坊さんしなかった?」


 皿の数をチェックしていると、カウンターの向こう側から声をかけられた。

 ふと顔を上げる。私よりいくぶん低いところにある、深いアメジストの輝きが私を捉えた。

 腰まで伸びたふわっふわのプラチナブロンドの髪。朝日を浴びてそれがキラキラと輝いている。まだあどけなさの残る幼い顔立ちながら、絶世の美少女と呼ぶにふさわしい人物がそこにいた。


 ミーシャ・ガードナー。11歳にしてこの美貌という、恐ろしいスペックの持ち主である。



「おはようミーシャ。今日は私もちゃんと起きられたよ。ミーシャはいつも早起きさんで偉いね」

「『しれーかん』をおこすのは、わたしのお仕事だから。ねえ、あさごはんはなに?」

「雑穀パンにジンジャースープだよ」

「ジンジャー……きらい……」


 ミーシャはわかりやすく顔をしかめた。


「たしかに、ちょっと辛いよね」

「うん。からくて苦い……」

「ミーシャだけ違うの用意する?」

「ううん、わたしも食べられるもん」


 背伸びをしたいお年頃。ぶんぶんと首を振って否定する。何がなんでも同じものを食べたいらしい。私なら嫌いなもの避けちゃうけどな。


「ジンジャーは免疫力を高めてくれるんだよ」

「めんえき?」

「体を丈夫にしてくれるの。ミーシャはこないだ風邪ひいてたから、しっかり食べようね」

「……わかった。また後でね」


 彼女はばいばい、と手をふり、くるりと踵を返す。とてとて去っていく彼女の後ろ姿……いやもうかわいいなんて言葉だけではとても表せない。抱きしめたい。食べちゃいたい。甘やかしたい!

 おっとあぶない。犯罪者になりそうだ。

 100年に一度の逸材と言われる魔術師にそんなことをしたら、死刑では済まされない。いやその前に、ミーシャ本人に切り刻まれるだろう。


「はあ天使……元気出た」


 なぜか自分に懐いてくれている彼女を見送って、私はもう一度カウンターに並べたものを点検した。あとは配膳係にバトンタッチして、自らも朝食にありつくのみである。





「ふぇー、今日もがんばった!」

「おつかれさま」


 トレーを持ってきて私の前にどっかりと座ったシャノンをねぎらった。本日の相席は先程パンの場所で指示を仰いだシャノンと、そのペアである先輩のレイさん。そしておなじみシリルくんだ。

 前に座るふたりはお揃いのゴムで髪の毛を一つくくりにしばり、ポニーテールにしている。ブラウンの髪色も、顔のつくりも何となく似ていて、姉妹と言われても納得してしまいそうだ。

 コック帽を被っていない姿というのはお互いに新鮮で、目を合わせるのがなぜかちょっと気恥ずかしい。

 私は食事の挨拶を済ませるとさっそく楽しみにしていたジンジャースープをひとさじ、すくった。ふわっと口の中に野菜の旨みと甘みがひろがった。


「んんん今日のスープもたいへんに美味しい……」


 あまり生姜はガツンと来ないが、このしつこ過ぎずにさわやかな後味を産んでいるのは生姜のパワーだろう。ひとくち、ふたくち。食べ進めるうちに体がポカポカしてくる。


 冬のイメージが強い生姜ジンジャーだけど、夏の新生姜は辛味も強くなくて美味しいんだよ。酢漬けピクルスにして食べても最高。

 ちょっと離れたところに座っていたミーシャはおそるおそる口をつけたあと、「辛くない!!」とでも言うようにぱっとこっちを向いてニコニコしていた。マジ天使だった。


「シリルは今日は忙しい?」

「割とハードな方だと思う。ビーフの仕込みがあるから、少々気が重い」


 真面目に答えたシリルに対し、質問者のシャノンは「まじかぁ残念だわぁ」と両手を広げた。


「お手隙ならミニケーキ手伝ってもらおうとおもってたのに。ねえ? レイ」

「そうねえ、今日はミニケーキがあるからいくら人手があっても足りないのよ……シリルくんが来てくれるなら大助かりだったんだけど」


 そっか、今日は月に一回の誕生日メニューだったな。

 果物が出ることはあっても、ケーキが出るのは誕生日メニューの日だけと決まっている。その月に生まれた人をまとめてお祝いしましょうねっていう、豪華献立なのだ。


 そしてケーキといえばこの人。


「……手伝いたいのは…………山々だが」


 大きな男が顔を顰めて苦渋の表情をしていた。

 そう、シリルである。昨日私の仕込みをエクレア奢り約束でチャラにしてくれた彼は、大の甘党。しかも食べるだけではなく、作るのもかなり好きなのである。

 仕事として手伝いに入る際はもちろん味見待遇を要求するけれど。めちゃくちゃ器用で早いとくれば、声がかかるのも必然だ。休みの日にしょっちゅうベーカリー部門に入り浸っているおかげで、担当者にはかなり頼られ(そしていじられ)ているのだった。昔はシリルにびびっていたシャノンも、いつの間にやらご覧の通りである。


「仕方ない。こっちはこっちで頑張ろうね、レイ」

「ええ、そうね」

「こっちも見通しついたらシリルを派遣できるように頑張るよ」


 私が口を挟むとシリルがちらっとこっちを見た。

 おいこら、目で「本気か? 行ってもいいのか?」って訴えるな。こっちの仕事が終わってからだよ終わってから! 私を見捨てて行ったら泣くからな。

 たぶんシャノン達には「なんで今お互いに睨みあったの?」と思われているだろうが、睨んではない。アイコンタクトである。


 いつも通りの、なんてことはない普通の朝。

 今日という日にとんでもない事件が起きるなんて、一体誰が予測できただろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師寮の料理番 カクヨムコンに参加中です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ