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アンナのクローン

作者: 江菓

平行線もいつかは交わるらしい。クローン技術が発達し、高額だが払えば自分のクローンを作ることが出来る世界。そんな世界で私はどっかの誰かのクローンとしてクローンだけが集められた施設で暮らしている。名前はなく番号で呼ばれ、決まった時間に決まったことをさせられ、健康的な食事と生活をさせられる。太りすぎることも痩せすぎることも許されず、ただただ標準でいることを強要されている生活。唯一の楽しみは自由に作ることが出来た友達との自由時間だった。今日も授業が終わり、やっと自由時間になった。友達の8352と8365と図書室で自由時間を楽しむ。

「ねぇ8352〜8365〜」

「どうしたの8298。」

「どったの〜」

名前を呼ぶとこちらを振り向く眼鏡をかけた8352とウェーブのかかった髪を揺らしながらこちらを振り向く8365。2人に私はある小説を見せる。

「見てこれ。」

「よくある小説ね。」

「ほんとだね〜」

「違うそこじゃないよ!見てこの3人組!」

「うん見てるわ。それで?」

「もったいぶらないで言ってよ〜8298〜」

「もう!ほらここ!3人があだ名使ってるの!わかる?」

「何?8298はあだ名が欲しいの?」

「そう!8352!私は3人だけのあだ名が欲しいの!」

「でも〜名前つけるのはダメなんじゃないの〜?」

「8365の言う通りよ、先生達に怒られるのはゴメンだわ。」

「えぇ〜ずっと数字で呼んでたからちょっとだけ良くない?」

「まぁ確かに〜数字で呼ぶのちょっと分かりずらいよね〜」

「まぁ、それは私も思うわ。」

「でしょ!」

「でも、名前はダメよ。」

「だよね…」

うーんと私と8352は頭を抱える。名前は禁止だけどあだ名が欲しい。そんな問題はまだ14歳の2人には少し難しいものだった。そんな2人を交互に見てあくびをしながら8365が口を開いた。

「名前がダメなら〜物の名前をあだ名にすれば〜」

「「物?」」

「そう〜物でも花でも動物でもさ〜名前ちょこっと借りて〜それを自分のあだ名にしたらいいじゃん〜」

あーねむとあくびする8365を8352と私が見つめる。なるほど、その方法があったか。確かに、それなら好きな動物だから〜とでもいえば先生を騙すことは出来る。

「じゃあ、動物にしよう!」

「いいと思うわ。じゃあ、1番初めは8365につけてみましょ。」

「8365かぁ〜うーん…」

8352と8365を見る。見られていることなど気にせずあくびをしている8365に1番似ている動物はあれしかいなかった。

「羊…」

「だね…」

「私、羊〜?可愛いからいいよ〜」

「じゃあ、8365は羊ね!」

「は〜い」

「じゃあ次は8352!」

「私!?」

「ねぇ羊、8352はどんな動物だと思う?」

「う〜ん…」

眼鏡をカチャリとかけ直し、頬を赤らめながら8352は読んでいた本をギュッと握る。

「そうだな〜鳥とか?」

「鳥!?」

「あ〜何となくわかる〜」

「でしょ!じゃあ、8352は鳥ね!」

「鳥…わ、わかった。」

「嫌だった?」

「嫌じゃないけど、その、あんな可愛い動物でいいのかなって…」

「似合ってるよ!」

「あだ名だし〜そういうとこ気にしたらダメだよね〜」

「そ、そうかな?じ、じゃあ鳥で…」

「うんうん!じゃあ次私!ねぇ、何に見える!?」

「8298は〜一択〜」

「私もあれしかないと思うわ。」

「なになに!?」

羊と鳥は顔を見合せた後、こちらに振り向き口を揃えて言った。

「猫〜」

「猫だね」

「猫…猫か…いいね!!!可愛いもんね!」

自分に初めてのあだ名ができた瞬間はとても嬉しかった。猫、あんなに可愛らしい動物の名前を借りて私はこれからこの2人に猫と呼ばれ、私は2人のことを羊と鳥と呼ぶ。3人だけの秘密の呼び方。

「いいね〜あだ名って〜」

「なんだかとても嬉しい気持ちになるわ。」

「でしょ!つけてよかったじゃん!」

「そうだね。」

「それな〜」

そう話していると、図書室に設置された鳩時計が夕飯の時間を知らせる。3人のお別れの合図だ。3人とも別々の教室に帰らなければいけない。

「もう帰らないとね。じゃあね、また明日。」

「うん!また明日!」

「明日ね〜」

そう言って羊と鳥の背中を少しだけ見送って自分も教室へ帰る。

教室に帰ると、もう夕飯の支度をしていた。そっと教室に入り、自分の席に着く。先生はまだ来ていないようだ。机の上の夕飯を見る。今晩のラインナップはシチューと食パン1枚にりんご一つだけだった。飲み物はいつもと同じでおかわり自由の水。1週間前もシチューだったのに、と思っているとガラリと大きい音を立てて教室の扉が開いた。15先生が来たのだ。15先生は入ってくると、先生の席へ座った。15先生は自分達の担任の先生だ。羊は8先生、鳥は26先生だと前に教えてくれた。先生の数は定かではないが、胸ポケットにつけている数字のワッペンが先生たちの名前あることはわかっている。私が見た中で1番数字が大きかったのは38だったはず。それが意味するのは『先生という役職の人間は最低でもこの施設に38人いる』ということだった。15先生が静まり返った教室に響く声でこう告げた。

「夕食を食べたら各自速やかに自室に戻りなさい。そして、静かに食べること。後、8298。あなたはご飯を食べ終わっても残りなさい。大事な話があります。」

「は、はい。」

急な呼び出しに心臓が飛び跳ねる。大事な話?今日のあだ名のことか?いや、こんな早く気づかれることは無いはず、なら何?なぜ自分は呼ばれた?恐怖と不安でスプーンを握る手が震える。閉まってしまった喉を開き何とか少しずつ夕飯のシチューを食べ、パンをちぎって食べる。最後にりんごをサクサクと音を鳴らしながら食べ、食器を片付け本来なら教室を出ていくところをUターンして自分の席に戻る。残っている生徒がご飯を食べ終わり自室に帰るのをじっと待つ。

最後の生徒が食べ終わり、食器を片付け自室へ戻っていったのを確認して、15先生は私の席の前に椅子を持ってきて座った。

「明日、あなたに会わせないといけない人がいます。」

「会わせないといけない人?」

「えぇ、あなたのオリジナルよ。」

「オリジ…ナル…」

オリジナルとは私たちクローンの元となった人間のことを指す。そして、オリジナルと会うということはクローンの死を意味する。怪我をしていたり臓器がいるオリジナルと会い、最初で最後の挨拶をするというなんとも言えない規則だった。オリジナルとあって楽しく話をしたというクローンもいれば、気持ち悪いと言われたり偽物がと罵られたクローンもいるらしい。とりあえず、クローンにとってオリジナルと会うことは死を意味し、最初で最後のオリジナルとの接触だ。それが私にも来たということは…

「先生…私…死ぬの?」

「いいえ、違うわ。」

「えっ?」

「あなたのオリジナルはね、この施設に多大な支援をしてくれている方の娘なの。その子が自分のクローンに会って話してみたいと言い出して、クローンに会っては行けないという規則はないから、異例だけれどあなたにはオリジナルと会ってもらうの。だから、死にはしないわ。」

「死なないの?」

「えぇ。だから、明日は朝からここを出て、夕飯には帰って来れると思うわ。」

「わかりました…」

「よし。じゃあ、早く寝なさい。」

「はい。」

戸惑いながらも、先生におやすみなさいと言って私は自室へ戻った。

自室に入り、ベッドに倒れ込む。頭の整理が追いつかない。オリジナルがクローンの自分と会いたがっている。理由は?何がしたいの?自分のクローンと会いたがるオリジナルなんて聞いたことない。そんな不安とも恐怖とも言えない未知の感情と好奇心という感情が14歳の心を掻き回す。オリジナルはどんな子なんだろう。オリジナルと何を話そう。私の元なのだからもしかしたら同じで趣味を持っているのかもしれない。同じ本を読んでいるかもしれない。オリジナルは今どんな状態なのだろう。

「楽しみだけど…ちょっと怖い気もする…ん〜こんな感情初めてでよくわかんない…」

明日になったらわかるかな?そう思いながら寝る支度を終え、ベッドへなだれ込む。いつもと変わらないシーツの海に溺れるように眠りについた。

朝になり、いつもより早い時間に15先生に起こされる。いつも着る施設の服ではなく赤い可愛らしい服を着せられる。15先生曰く、お出かけ用の服らしい。子供用のお出かけ用の服はそうそう使うことがなく、新品同然なんだとか。赤い服に身を包み、15先生に連れられ施設の外に止まった黒い車に乗る。窓にはカーテンがつけられ外の様子は全くと言っていいほど見えなかった。車に揺られて1時間ほど、着いたのは森の中に佇む大きな屋敷だった。15先生に連れられ、屋敷の中に入る。屋敷に入るとメイド服を来たメイドさんたちが忙しなく働いている。見たことの無い絵画が飾られていたり、綺麗な装飾が施された花瓶には彩り豊かな花が入れられている。屋敷を舐めまわすように見ていると、階段から1人の男の人が降りてきた。シルクハットを被った風変わりなおじさん。

「やぁ、よく来てくれたね。」

「お久しぶりです、クラークさん。ほら、ご挨拶して。」

「こんにちは!」

15先生はぺこりと頭を下げておじさんに挨拶する。私もそれを真似して挨拶した。

「その子が、アンナのクローンかい?」

「はい。」

「ふむ…本当にアンナと瓜二つだ…科学の進歩は末恐ろしいね。」

「えぇ、そうですね。」

2人は愛想笑いをしている。

「さ、アンナはこっちにいる。案内しますよ。」

「ありがとうございます。」

「ありがとうございます!」

おじさんの後を15先生とついて行く。おじさんは2階にあがり、1番端っこの部屋へ向かう。白い扉にはピンク色のネームプレートが引っかかっており、プレートには「Hanna」と書かれている。おじさんはノックして「どうぞ」という女の子の声を聞いてからガチャりと扉を開けた。

扉の先には白を基調とした綺麗な部屋が拡がっていた。白で統一された壁と明るめの木のフローリング、白い天井にはところどころ緑色の星型のシールのような物が貼ってある。机や椅子、タンスなども白で統一されている。置物やぬいぐるみ、本などの色がよく目に付く部屋だった。その部屋の主は天蓋のついたベッドに座っていた。

「アンナ、連れてきてもらったよ。」

「本当!?」

「あぁ、さぁこちらに。」

15先生はおじさんに言われた通り私をアンナと呼ばれた少女のいるベッドの前に連れていく。ベッドには自分と全く同じ顔の少女がピンク色のパジャマを着て、笑顔で座っている。

「あなたが私のクローン?」

「はい!こんにちはオリジナル!」

「こんにちは!うふふ、クローンと話せるなんて楽しいわね!」

「アンナが喜んでくれてよかった。じゃあ、2人でおしゃべりを楽しんで。大人は1階に行くよ。」

「うん!パパありがとう!」

アンナはおじさんにハグして、おじさんと15先生は部屋から出ていった。私が突っ立っていると、アンナは自分の隣をポンポンと叩きながら「ここに座って!」と言った。

「いいの?」

「えぇ!もちろん!」

アンナは笑顔でそう答える。アンナの好意を無下には出来ないので、大人しくアンナの隣に座った。アンナは笑顔で私の手を握り、観察する。

「本当に同じなのね!見て、ここ。同じところにほくろがある!」

「本当だ!」

「すごいね!」

「うん!」

あははと笑うアンナはとても無邪気だった。自分と同じ顔が目の前で笑っているという不思議な感覚はとても面白かった。

「ねぇ、クローンは名前とかないの?」

「名前はない。名前はつけちゃダメなの。」

「そっか〜…じゃあ、なんて呼べばいい?」

「えっ、えーっとクローンでいいよ!」

「そう?ならクローンって呼ぶわ!」

「うん!」

「ねぇクローン!クローンのこと教えて?」

「え?」

「私、病気で外に出られないの…家もこんな山奥にあるから同年代の話出来る子もいないし…だから、クローンのあなたを呼んだの!」

「そうだったんだ…」

「うん!ねぇ、クローン!あなたは施設で暮らしているんでしょう?」

「そうよ。」

「友達とかいるの?」

「いるわ!2人!」

「そんなにいるの!?羨ましいわ!ねぇ、どんな子なの?」

「えっとねぇ、1人は眼鏡をかけてて冷静沈着な女の子よ!もう1人はいつも眠そうだけどとても可愛い女の子!」

「へぇ〜!ねぇ、そのふたりとはどうやって知り合ったの?」

「2人とは、自由時間に行った図書室で出会ったの!メガネの方は本を読んでて眠そうな方は本も読まずに寝てたわ!面白そうだったから、私が声をかけたの!そうしたら意外と気があってね、友達になったのよ!」

「そうなのね!なんていい出会いなの…私もそんな出会いしてみたいわ…」

アンナとはとても気があった。それもそうだ、自分と同じ細胞からできているのだから合わない方がおかしいのだ。趣味嗜好なんかも全部一緒、これまで読んだ本で一番好きな本も一緒だった。もちろん、好きなシーンも。アンナと話をしてとても楽しい時間を過ごした。アンナはどんな話にも頷きながら興味津々に聞いてくる。本当にここから出られないのだと、端々から感じ取れた。アンナの病気のことや普段どんなことをしているかも聞かせてくれた。アンナとのおしゃべりの時間はあっという間にすぎて、帰宅時間となった。別れ際、アンナはとても寂しそうに手を振ってくれた。また会おうね、と約束して私は15先生と施設に戻った。

夕食を済ませて、自室に戻る。今日の出来事はまるで夢のようだった。自分のオリジナルであるアンナと会って、色んな話をしてとても楽しかった。そして、オリジナルにあったにもかかわらず私はこうして自室に五体満足に戻って生きている。呼吸する度に上下する胸に手を当て、心臓の音を聞く。ドクンドクンと音を鳴らして自分の心臓が動いていることを確認して安心する。

「明日、絶対2人にも話そう。」

独り言をつぶやく。オリジナルの情報は向こうの希望でクローンに伝える人もいる。私はオリジナルの情報はあまり知らなかった。あのおじさんの感じを見るに、アンナの情報を私に伝えるのを渋ったのだろう。私はオリジナルと会って話をして思った『羊と鳥のオリジナルはどんな人なのだろう』と。人にもよるが、もしかしたら羊と鳥は自分のオリジナルのことを知っているかもしれない。オリジナルの話は別にタブーではないが、誰も口にはしていなかった。だから、これまで羊と鳥のオリジナルについては聞いたことも無い。楽しみだなぁと思いながら私は眠りについた。

次の日、いつも通りの時間に先生に起こされ、いつもと変わらない日常に戻ってくる。しかし、私の頭の中はオリジナルのことで埋まっていた。自分のオリジナルにあって話したことを2人に伝えたらどんな顔をするだろうか、2人のオリジナルのことを聞いてみよう、私のオリジナルはとてもいい子だったと話してみよう。そんなことを考えながら午前中を過ごし、自由時間になると私は急いで図書室へ走った。図書室に入ると、2人が先に着いていた。2人は下に向けていた顔をこちらに向け、笑顔になった。理由は明白だ。私がオリジナルと会うことをどこかで聞いたか、昨日図書室に来なかった事で察して私が死んだと思ったのだろう。

「「猫!!」」

2人はこちらに走ってきて、勢いよく抱きついてくる。2人は口々に「良かった」「まだ生きてる」「死ぬなら挨拶してからにしてよ!」と嬉しさの交じった声で愚痴を言う。

「ごめんごめん、夕食の時に言われて2人に伝えられなかったの。」

「なら仕方ないわね。」

「でも良かった〜」

「私ね、二人に話したいことがいっぱいあるの!」

「えぇ聞くわ。」

「いっぱい聞かせて〜」

2人といつもの席に座って昨日のことを話した。自分のオリジナルであるアンナと会って色んな話をしたこと、アンナの病状のこと、アンナとはとても気があって楽しい時間を過ごしたこと…全部話すと2人はニコニコと相槌を打ってくれた。

「本当にオリジナルとあったのね。すごいわ。」

「オリジナルと仲良くなれて良かったね〜」

「うん!それでさ、私気になったんだけど、2人は自分のオリジナルのこと、どのくらい知ってるの?」

「オリジナルのこと…」

「私のオリジナルは有名な女優と俳優の子供で〜今も女優として活躍してるって聞いたよ〜兄弟もいるって〜」

「へぇ〜!だから羊は綺麗な顔してたんだ!納得!」

「確かに、綺麗な顔してるよね羊。」

「ありがと〜」

んふふと笑う羊はとても可愛らしい。いつも眠そうな顔じゃなくてその顔でいれば男の子にモテるのにと思った。

「鳥は〜?」

「私は、あんまり聞いてないわ。確か、どっかのすごい学者夫婦の一人娘で今も頭のいい大学に飛び級して通ってるってことだけ聞いたわ。」

「なるほど〜だから、鳥も頭いいんだね〜」

「確かに!すごく頭いいもんね!」

「そう、かな?」

頬を赤らめ照れている鳥。顔は中の上くらいだが、とても頭が良く知識も豊富でまるで歩く辞書だ。

「やっぱり、オリジナルと似ちゃうんだね!」

「まぁ、クローンだからね〜」

「クローンの私たちはオリジナルの細胞から作られたから、全く同じ容姿で趣味嗜好も同じになるのは不思議なことじゃないわ。」

眼鏡をクイッとあげて鳥がそう話す。羊もあくびしながらこくこくと頷く。

「これからもたまに会えない日があるかもしれないけど気にしないでね!絶対帰ってくるから!」

「うん、わかった。」

「約束だよ〜」

そう言って羊と鳥は机の上で片方の手を握り、2人とも空いている方の手をこちらに差し出す。私はそのふたつの手を握り、机の上に小さな輪を作る。これは3人で約束事をする時にするものだった。

「よし、これで約束!」

「うん。約束。」

「約束〜」

3人で笑い合う。ちょうど鳩時計が鳴った。解散の時間だ。3人は「また明日」といい、別々の教室へ帰った。


初めてアンナと会ってから3ヶ月。あれからアンナに週一で会い、様々な話をした。今日もアンナに会うため、アンナの部屋に来ている。アンナは前と変わらず、ベッドの上で座っていた。

「久しぶり!アンナ!」

「久しぶり!クローン!」

アンナの側まで走っていき、そう言うとアンナも元気に返してくれる。それから元気してた?と近況を語り合った。初めのうちは楽しく話したが、なんだかアンナの元気がないと気づいた。

「どうしたの?アンナ…具合悪い?」

「えっ、あぁ…違うよ!元気元気!」

アンナは無理に笑顔を作っている。明らかにおかしい。

「どうしたのアンナ…なにか悩んでるなら教えて…私は、あなたのクローンよ?元気がないことを隠してもすぐわかるわ!」

アンナの両手を握りそう言うとアンナの顔から笑顔が消えた。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。

「あのね…私、聞いちゃったの…」

「何を?」

「お医者様とパパの話してること…」

「なんて言ってたの?」

「お医者様がね…私の病気は今の科学では到底治らない、長く持っても私は後1年で死んじゃうって…」

「そ、そんな…私は?ダメ…なの…?」

「無理だよ…クローン…私の病気は治らない…死んじゃうの…」

確か、アンナの病気はこれまでも事例の少ない稀な病気だった。体の中に蟲と呼ばれる寄生虫が住み着き、徐々に体を弱らせていく。どんな薬も効かず、寄生虫は活発的でどこにいるか分からないため、クローンと臓器を交換することも出来なかった。蟲に住み着かれると最後、あとはじわじわと体が動かなくなり、死んでいくのを待つのみだった。

「ねぇ、クローン…私、あなたにお願いがあるの。」

「お願い?」

「そう。私のせいでパパがいつも悲しそうな顔をするの…そんなパパを見てられないの…だから、クローン…私になりすまして、病気が治ったことにしてくれない…?」

「ど、どういうこと?」

「私とクローンが入れ替わって、私がクローンとして死ぬの。そうしたら、私は苦しまずに死ねるし、パパは幸せになる。あなたは私として、パパを幸せにして?」

「そ、そんなの…ダメだよ!クローンは死んだら施設にある集合墓地に埋葬されるんだよ?パパと同じお墓に入れないんだよ!?アンナはそれでいいの?」

「いいの…パパが悲しむ顔はもう見たくないし、私の体は少しずつ弱ってきてる…クローン、知ってる?私が食べるご飯の量が減る度にパパが泣いてるの…ママの写真の前で『ごめん…アンナを守れないこんな奴でごめん…アンを守れなかった俺にはやっぱりアンナを守ることなんて出来なかったんだ…』って泣きながら言ってるの…」

「・・・」

そう話すアンナの目には涙が見えた。アンナも辛いのだ。自分はあと1年で死ぬと聞き、大好きなパパを悲しませていると知っている。14歳の彼女にはあまりにも重すぎるものだった。私には、心も体ももうボロボロで死にたいと切に願う彼女を否定することは出来なかった。

「わかった。」

「本当!?」

アンナは私の手を握り、笑顔になる。

「でも、今すぐはやっぱり無理だから…3日、時間を頂戴?」

「いいわ、3日後、また会いに来て!」

「うん、わかった。」

「今日はもう帰らないといけないよね?また3日後。」

「うん、3日後。」

そう言ってアンナと別れた。帰りの車の中で、考える。アンナと入れ替わったら私はどうなるのだろうか。アンナとして、生きていくことになれば羊と鳥とはもう会えない。車に揺られながらそう考える。明日、羊と鳥に話してみないといけない。

「どうしたの?難しい顔して。」

急に目の前に座っていた、15先生に話しかけられる。

「えっと、なんでもないです!3日後にまた会おうねって言われて!楽しみだなぁ〜って!」

「そう、気に入られてよかったわね。」

にこりと微笑む15先生。15先生はほかの先生と違って優しい。初めは怖い印象だったが、話せばとても優しい先生だった。

「先生、先生達は何人いるの?」

「さぁ…多分、30人くらいはいるんじゃないかしら…先生も覚えきれてないわ。」

「そう、なんですね…」

子供でも何人いるか分からない。全世界のお金持ちのクローンがここにいるのだ。先生達も多いだろう。それに加えて、施設の近くには手術して終わったあとのクローンが入院する病院もある。心臓などをオリジナルに返すと1度で死んでしまうが、目や髪など直接死なない物を返したクローンは生き続け、オリジナルがまた違う部分を返して欲しいと言うまで入院しているのだ。それだけ大きな施設の全ての人を覚えるのはほぼ不可能だ。カーテンがかかって遮られた窓の方を向いて見る。カーテンの隙間からチラチラと夕日のオレンジが見えた。

次の日。自由時間になり、図書室へ走った。2人は先についていて鳥は本を読み、羊は鳥の向かい席に座り、机に突っ伏している。

「2人とも!!聞いて!!」

「どうしたのそんなに急いで。」

「猫〜うるさ〜い…」

「羊!起きて!」

机に突っ伏したまま文句を言う羊を無理やり起こし、昨日のアンナとの話を2人に話す。

「猫…あんたまさかその話する気…?」

「うん…」

「危ないよ!?何考えてんの!?」

鳥は溜息をつきながら頭を抱え、羊は驚きのあまりいつもの間延びした話し方を忘れている。

「でも、アンナの気持ちもわかるの…」

「クローンはオリジナルになれない。それをわかった上でやるの?」

「・・・」

鳥の言うことは正しい。クローンがオリジナルになることは出来ない、これはそのままの意味もあるがもうひとつ意味がある。クローンはオリジナルから少し細胞を採取し、その細胞から作り出す。そのクローンを作り出す際に病気にならないように遺伝子を組みかえる。しかし、病気にならないように遺伝子を組み替えると副作用として、生殖機能が著しく低下してしまう。要は、オリジナルは病気になる代わりに子供を作ることが出来、クローンは病気にならない代わりに子供を作ることが出来ない。オリジナルであれば不妊治療することで子供は100%授かれる今の時代、クローンはどんなに手を施そうとも子供を作ることは出来なかった。この違いが鳥の言った『クローンはオリジナルにはなれない。』という言葉の意味だ。

「アンナになりすますことが成功しても、恋人ができて、結婚して、子供ができないってなったらあんたはクローンだということがバレるのよ?」

「バレたらどうなるかわかってんの!?」

鳥と羊は2人して私に詰寄る。そりゃそうだ、バレればすぐにクローン法違反で逮捕され死刑。数少ない友達がそんな危険を犯そうとしているのに止めない奴などいない。

「クローンにとっての幸せはオリジナルのために死ぬこと!それが出来なくなるのよ!?」

「バレたらどうなるかなんてわかってる!それでも、私はアンナのためになりたいの…お願い、協力して…」

そう涙ながらに伝える。私にとってアンナが死ぬことは自分も死ぬのと同義であり、クローンとしての存在意義がなくなるのだ。クローンとオリジナルはそれほどまでに関係性があり、それは血の繋がりを持った家族よりも濃く深いものであった。

「・・・そこまで言うなら…仕方ないわね。」

「猫は、頑固だもんね…」

「2人とも!!ありがとう…!本当にありがとう…」

「それで?私たちは何を協力するの?」

鳥がカチャリと眼鏡をあげ、羊は背筋を伸ばして私の作戦を聞く。

「よく聞いて…」


あれから3日たち、今アンナの部屋にいる。今日死ぬと決意を固めたアンナはベッドの上で笑っている。

「アンナ…本当に死ぬの…?今ならまだ…」

そう言おうとする口をアンナは人差し指で抑える。

「いいの。私にとって、パパの悲しむ顔を見ることは死ぬことより辛いの。」

そう教えてくれるアンナはとても14歳とは思えないほど大人びいて見えた。

「・・・わかった。」

アンナと服を交換する。アンナは私が着てきた赤い服に身を包み、私はアンナの着ていたピンクのパジャマを着て、髪型を同じ1つ結びにする。

「アンナ、クローンは事故で死んだら施設で一緒に過ごしてたクローンに本人かどうか確認させるの。きっと私の本人確認は鳥と羊がやるわ。だから、2人には先に『最近一緒に遊んだ時に脇腹を軽く怪我して傷がある』ってことにしてもらってるから、今から脇腹に傷をつけるね。いい?」

「うん、大丈夫。もう死ぬって決めたから。脇腹に傷をつけるくらいやるわ!」

「わかった。ちょっと痛いよ。」

アンナに布を噛ませ、近くにあったハサミでアンナの脇腹に切り傷をつける。血が滲み初め、急いでティッシュで血を止める。

「大丈夫?」

「大丈夫!血、止まった?」

「うん。あんまり切ってないから、もう止まったよ。」

「あとは、飛び降りるだけ…」

「うん…」

「・・・パパ達になんて説明するの?」

「歩く練習をしてたら私がクローンに倒れ込んじゃってその弾みで開いてた窓からクローンが落ちてしまったって説明する…」

「いい説明じゃん、さすが私!」

「ありがとう、アンナ…」

私はアンナに抱きつく。アンナも抱き返してくれる。もうこんな事できなくなって、私はクローンからアンナになる。今日が、私とアンナの命日になり、それと同時に私とアンナの新しい誕生日になるのだ。

「よし、もう行くわ。」

「うん…」

アンナはガラガラと窓を開け、窓枠に手を着き、外を見ている。

「世界は、こんなにも綺麗なのね。」

「そうだね。」

アンナはくるりとこっちを向き、私の頬に手を当てる。

「今日からあなたはアンナよ。私はあなた、あなたは私。どうか、パパを悲しませないで…あなたも幸せになって…」

そういうとアンナは椅子の背にもたれかかるように窓枠に座り、後ろへ倒れ込んだ。赤い服に身を包んだアンナの体はなんの抵抗もなく地面へと吸い込まれるように落ちていった。グチャッという音と玄関の掃除をしていたメイドの悲鳴が静かな森の中に佇む屋敷に響く。どうした!という声とドタドタという大量の足音がする。私は床にへたり込む。すると、部屋のドアが開き、おじさんが入ってきた。

「アンナ!大丈夫か?」

「パ、パパ…クローンが…クローンを殺しちゃった…どうしよう…」

おじさんの胸の方で泣きつく。死んだアンナへの涙を死んだクローンへの涙だと嘘をついて。

「よし、大丈夫…大丈夫だからな…何があったか教えてくれ、ゆっくりでいいからな。」

「あのね…クローンと歩く練習をしてたの…そしたらね…躓いてクローンの方に倒れちゃったの…そしたらその弾みで…クローンが開いてた窓から…落ちちゃった…どうしよう…クローン…殺しちゃったよ…」

「大丈夫…大丈夫だから…アンナが生きててよかった…」

そう言って胸の中でなく私をアンナだと思ってぎゅっと抱きつくおじさん。いや、もう私はアンナでおじさんは私の父親なのだ。

「パパ…」

その後、死んだアンナの死体はクローンの集合墓地へ8298として埋葬され、あれは事故として処理された。クローンとバレなかったということは羊と鳥が上手くやってくれたということだろう。それから、いつもアンナが飲んでいた薬を服用し続け、徐々に治っているように見せていった。パパは娘の病状が良くなっていることに喜び、医者にも奇跡だ!と喜ばれた。アンナとして、恥のない人生を送り今年で23歳になった。アンナと入れ替わって9年も経ったが未だにパパは私をアンナとして可愛がってくれている。


今、私はクローンの入院している病院へ花を持ってある人のお見舞いに来ていた。503と書かれた病室をみつけ、ノックする。中からピーという笛の音が聞こえ、病室のドアを開けると、白いベッドに横たわった鳥がいた。

「久しぶり、鳥!」

そういうと鳥は持っていたスケッチブックに『久しぶり!』と書く。鳥は声が出せなくなっていた。鳥のオリジナルが声帯を壊し、鳥が声帯を返したのだ。そのため、生きてはいるが声が出せなくなってしまっていた。

「元気そうで何よりだわ!」

『猫も!元気そうでよかった!』

「ふふふ。そういえば羊は?」

『多分もう来ると思う!』

「そっか。あっ、これ花瓶に入れとくね!」

『ありがとう!』

鳥は筆談になってからよく『!』を使うようになった。前にどうしてなのか聞いたら、私の真似らしい。近くにあった花瓶に水を入れ、持ってきた花を入れていると、病室の扉が開いた。

「ごめ〜ん、遅れた〜」

「羊遅いよ!」

『ほんとほんと!』

「ごめんってば〜仕事が多くてさ〜」

あははと笑う羊は相変わらず綺麗な顔で髪にはウェーブがかかっている。羊は、女優だったオリジナルが爆発テロに巻き込まれ即死し、今は施設の先生として働いている。初め聞いた時はびっくりしたが羊は上手くやっているらしい。

「お詫びとして、美味しい紅茶持ってきました〜入れるね〜」

「わぁ〜!ありがとう!」

『嬉しい!』

羊は手際よく紅茶を入れ、ベッドサイドテーブルに3人分のティーカップを置き、いれてくれる。

「うわ!めっちゃいい匂い!」

『すごい!』

「でしょ〜!これ私の最近のお気に入りなの〜」

元気そうな羊を見て安心する。

「それで、羊どうなの?最近。」

「えぇ〜そこまで変わらないよ〜子供たちに勉強教えて〜いけないことしたらダメって叱ったりしてる〜」

「ちゃんと先生してんじゃーん!」

『よっ!15先生!』

「もう、そんな褒めないでよ〜!」

あははと笑い合う。まるであの14歳の時に3人で集まった図書室へ戻ったようだ。

「でもさ〜自分がこうなって初めて知ったよ、8先生も26先生も15先生もみんな、元々誰かのクローンで私と同じようにクローンの存在意義がなくなった人たちだったんだな〜って」

ズズズっと紅茶を飲む羊。今や15先生になった羊はどっかの誰かのクローンである子供たちに勉強を教え、先生と呼ばれる立場である。私はそんな羊を見ていつも思う、どんな気持ちなんだろうと。自分はクローンとしての意味をなくし、新しいクローン達を育てる気分は。目を輝かせ、オリジナルのためにクローンとしての短い一生を生きている子供たちを育てる気持ちは、いったいどんな気持ちなんだろうと。

『この紅茶美味しいね!』

鳥がスケッチブックにそう書く。

「確かに、めっちゃ美味しい!」

「でしょ〜!」

喜んでくれてよかった〜と羊は嬉しそうだった。

「鳥は?最近どう?」

『私?』

「そう。」

「最近ど〜なの〜」

鳥はカリカリとスケッチブックに文字を書く。

『声が出ないから不便だけど、普通だよ!散歩もできるし、ご飯は施設と変わんない!』

「そっかそっか」

「よかった〜」

『こういうこと言うといけないのかもしれないけどさ』

「うん」

『オリジナルに声帯返して、もう喋れないってなんか不思議な感じがする。せっかく2人と会えてるのにもう2人のあだ名呼べないってすごく辛い。先生が名前をつけてはいけないって言ってた意味がわかったよ。』

「あの規則ってそういうのがあったのかな…」

「大人になってからわかることって感じ〜」

3人で紅茶を飲む。暖かい紅茶が喉を通って落ちていくのがわかる。

『猫はどうなの?』

「そうそう、ど〜なの?」

「えぇ…私も変わんないよ。あーでも、クローンってバレないように私は同性愛者ですってパパに言ったよ。」

「なるほど〜それならバレるまでの猶予は伸びたね〜」

『頭いい〜』

「できることなら羊か鳥と結婚したいけど一応人とクローンだから多分結婚は許されないよね〜」

「確かに、私はクローンだし〜」

『私はオリジナルがいるしね』

「だよね〜」

近況を報告し合い、たわいもない話をしているともう夕方だった。今日は行かないといけない場所がある。

「私、行かなきゃ行けない場所あるから先帰るね!」

「うん、またね〜」

『またね〜!』

2人にさよならを告げ、私は病室から出た。

病院を出て、近くにあるこれまでに死んだクローン達が眠る集合墓地に向かう。集合墓地には大きな石がありその石には『ここに作り出された命が眠る』と書かれている。クローンは、死亡すると焼かれて骨になり、その骨をこの石の近くに埋めるのだ。ここには8298としてアンナの骨が眠っている。花を置く台が設けられているが、そこには花などない。それもそうだ、クローンの墓へ来る人などそうそういない。人間は冷たい生き物だから、仕方ない。私もアンナがいなければここへは来なかったと思う。

「アンナは私の唯一の姉妹姉妹(きょうだい)だよ…大切な片割れ…そっちでも元気してる?」

花を置く台に花を添える。本当ならオリジナルのアンナはこんなとこに入れられてはいけない。私が入るべき場所なのにと考えてしまう。でもその度、あの日アンナに言われた言葉を思い出す。

『今日からあなたはアンナよ。私はあなた。あなたは私。どうか、パパを悲しませないで…あなたも幸せになって…』

9年経っても鮮明に覚えている。きっとこれから先、何年、何十年経ったってこの言葉だけは忘れない。きっと、この言葉を忘れた時アンナは私の中からいなくなる。

「絶対忘れない。私の大切な人。」

読んでいただきありがとうございます( ´ ` *)皆さんはハッピーエンドだと思いますか?バッドエンドだと思いますか?私は書いといてあれですけどハッピーなのかバッドなのか分かりません笑

でも、犬と鳥と羊の3人はこれからもずっと仲がいい気がします!親友って感じいいですよね。

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