女王ヴィヴィアンと王配アルバート。
翌朝、血抜きの終わった猪を持ってあたしは依頼者宅の裏口へ向かう。
「ごめんくださ~い」
「お、早いな。シャーロット」
「こりゃまたデカイ獲物だな」
「おはようございます。マイルズさん、ランドンさん。お届け物です」
「女王さまの依頼だろ?」
「いつもの部屋でお待ちだって連絡入ってるぜ」
「はぁい」
なんと依頼者はこの国の女王で、家は王宮です。
裏口っていうか、裏門です。
王宮なのでもちろん警備は厳しいけれど、顔見知りの門番と警備兵はにこやかにあたしを通してくれた。
慣れた通路を通って王宮の奥の奥まで行くと、プライベートゾーンにあたる小さな宮がある。
その宮の前庭であたしは猪を下ろした。
「おはよう、怪力シャーロット」
「これは魔法で軽くしてるだけで、あたしが怪力なんじゃありません」
きらびやかな二人がテラスに面した窓から前庭に現れる。
満足そうな顔の女性が、女王ヴィヴィアンさま。
そして隣に立つのは、なぜだか顔を赤らめている王配アルバートさま。
ヴィヴィアンさまはそんなアルバートさまを愛おしげに見上げ、彼の指に自分の指を絡ませて、もてあそんでいる。
「朝からなにいい雰囲気出してるんですか」
「シャーロットを待ってる間、ちょっとソファでくつろいで英気を養ってたのよ。うふふ」
アルバートさまが赤い顔でそっぽを向く。
「どうくつろいでたか、教えてあげましょうか?」
「全力で聞きたくないなぁ。はい、今回の獲物です」
「きれいな毛色ね。初めて見るわ」
猪の毛色は黒か茶だが、今回狩ってきた猪は金色の毛皮を持っていた。
ヴィヴィアンさまをエスコートしてきたアルバートさまが猪の横にしゃがみこむ。
「魔力の高さゆえに変化したのでしょう」
「魔力が高いということは、食べるとわたくしたちの魔力も高まるのかしら? アルバート」
「はい、ヴィヴィアンさま」
「精力もつく?」
「………味も良いでしょうね」
アルバートさまは表情を消し返答をぼかす。その耳はうっすら赤い。
「捕らえるのは大変だったのではないの? シャーロット」
「そうでもなかったです。脳天に一発入れたら終わったので」
「すごいね。血抜きはしたのかい?」
「もちろんしましたよ、完璧に!」
胸を張るとヴィヴィアンさまが、幼子の成長を喜ぶようにやわらかく微笑んでくれた。
「死後でもこんなに魔力があるなら、血を研究に使いたかったなぁ」
「えぇ~、最初に言ってくださいよ、アルバートさま。ヴィヴィアンさまが食べたいって言ってたから…」
「そうよ、わたくしがおいしいしし鍋を所望したのよ!」
「分かったよ、ヴィヴィアン」
それと…とアルバートさまはあたしの髪を撫でた。
「シャーロットの魔力なら保存の魔法が使えると思うから今度教えるよ」
「はい、ありがとうございます! アルバートさま」
「抜いた血はどうしたの?」
「湖に落としました」
「魔素も多少出ただろう?」
「はい、それは淫魔が吸ったみたいです」
魔物は空気中に流れる魔素を吸って生きているらしい。
淫魔も人間の精気だけではなく魔素も吸える。
そういう情報をあたしはアルバートさまから習った。
「淫魔は元気かい?」
「はい」
「アルバート、ちゃんとロザリンと呼んで。わたくしが名付けた名ですから」
「はいはい」
「ロザリン、ご機嫌はいかが?」
恐れ多くも女王ヴィヴィアンさまはあたしの中にいる淫魔に名を付けてくれ、声も掛けてくれる。
『ゴキゲン、いいです! 会えてうれしい!』
「ロザリンがうれしいって言ってます」
「それはよかったわ。さ、お茶にしましょう」
ヴィヴィアンさまに促され、あたしはテラスに用意されたテーブルについた。
すすすっと現れた侍女さんが紅茶を用意してくれる。
ヴィヴィアンさまとあたしには濃いミルクティでアルバートさまにはストレートティ。
「それにしても、シャーロットは本当に成長しましたね」
アルバートさまがあたしを見てにこりと微笑んでくれる。
「はい、お二人のおかげです。お二人が導いてくださったから、私はこうして生きていけるのです…」
「そんな改まった口調をしなくていいわ」
「私たちは町娘の言葉遣いをするシャーロットの方が慣れてしまったからね」
「私もここまで自分が変われるとは思っていませんでした」
あたしはミルクティの表面をじっと見つめた。




