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幼馴染だった過去

お兄さん疲れた。

作者: 遠藤 好一朗

 読んでいた本からふと目線を上げると、そこには先まで高校の課題をこなしていたはずの兄、良一郎()の姿がなかった。

 どこに行ったのかと首をめぐらせる前に、背後からの重圧により所在は判明する。

 リビングにいるときならばこれをしてくるのはすぐ下の弟、梗一郎()だ。だが(りょう)と共用の自室にいるときには(きょう)はあまり侵入してこない。だからこれは良の重みだろう。


「重いよーお兄さん」


挿絵(By みてみん)


 背にもたれかかってきて頭を俺の肩に載せているから、すぐ横に顔があった。

 んんーとくぐもった反応が一応返ってくる。くすぐったい。

 手をのばして髪をかき混ぜてやると、全く指に引っかからないので少し嫉妬を覚えるが、生まれ持ったものは変えられない。犬のように細められた良の両眼を見られたので、まあいいかとも思う。


「だんだん(きょう)みが増してきたなー」

「梗みって何」

「こーゆーとこ」


 良と梗、二人の行動は、よく似ている。どちらかが真似をしているのか、偶然かは判然としないが。俺と良よりよっぽど双子らしいくらいに、外見もよく似ている。

 重いので良の顔を押しのける。頬と顎の骨の形が触るとよく分かった。少し肉が落ちただろうか。それを言うと拗ねそうだから口にはしないが。


「で、どうした?」


 返答の代わりに深く被さってくる。これで肩幅があればすっぽりと包まれてしまいそうな態勢ではあるが、あいにく良は華奢なのですこし圧迫感が増しただけだ。


「あんまふざけると殴っちゃうからねー」

「暴力反対~」


 そう言いつつ起き上がろうとしない。手が疲れるので顔をどかすことをあきらめると、頭の上に重みが加わった。顎の骨の感触がある。


「この邪魔な髪、切ったろーか」


 良の長い髪が、俺の顔の前に垂れている。俺と似ないで癖のない細い毛。量は多いから細さを感じさせない。


「うん。伸びてきたから切りたいと思ってた。」

「後でお母さんに切ってもらおうなー」


 自分も伸びてきたから切ろうかと、兄と似ない毛質の頭を掻く。

 幼いころから、うちの一家の散髪は母がやっていた。そういった職業についていたこともなく専門に学んでいたわけでもないらしいけれど、それが習慣になっている。たまに父が帰ってくるとナイフのような道具でひげも剃る。母自身の髪は、父が手入れをしていた。


(こう)でもいいよ」

「うまく切れないだろ」


 髪型に特にこだわりはないと自称しているけれど、昔から、少なくとも記憶にある幼稚園に通っていたころから、長さは変われど形は変わらなかった。校則の緩い学校にしか通っていないから、男でありながら長い髪に対してなにかの規制に引っかかることも今まではなかった。


「課題は終わったのか?」


 開いたままのノートと教材が、広げられた折り畳みテーブルの上に残されている。まだ一部解き残されているように見受けられるが。


「わからないとこでもあった?」


 特に難しい問いはなかったはずだと、少し見せてもらった記憶を探る。


「……お兄さんは、疲れました。」

「課題に? それともお兄さんでいることに疲れたの?」

「……どっちも」


 良が別段兄らしいことをしていた記憶もないし、双子だから同じ歳だし。どこに疲れたのだろうか。

 まあたまにはいいか。兄らしい姿は思い浮かばないが、学校では成績優秀な生徒をみごとに演じているわけだし。


「疲れた時は遠慮なくお兄さんに甘えなさーい」

「弟くんでしょーあなたは」

「梗たちいるからお兄さんでもあるのよー」


 無理のある理論だろうか。俺は兄と弟妹がいるから、兄とも弟ともいえる。良にとっては弟でしかないけれど。


「それもそうか。

 ……言われたらそうですね。」


 納得してくれたらしい。少しこのままでいい?とそのままの体勢で訊くので良いよと返して、読書に戻る。


 そうしてしばらく、呼吸による胸と肩の上下くらいしか動きのない兄が少し心配になる。


(りょう)さー、ちょっと痩せた?」


 何か言葉をかけたかったのだが、他に思いつかずについそれを言ってしまった。


「ソレお兄さん傷つきますよー」


 うりうりーと首に鼻をこすりつけてくるのはやめてほしい。


「太りたいの?」

「標準より軽いのコンプレックスだって好なら知ってるよね」

「父の遺伝だろ」


 梗とそっくりな性格の父の体型は不健康そうに見えて中身は健康そのものだ。たまに帰ってくると栄養状態がよくなくて頬がこけて顔色が悪いけれど、少し家で過ごすと顔色だけはよくなる。頬がこけているのは体質のせいであって、梗も気を抜くとそうなる。身長はあるのに体は薄くて細くて折れそうだ。それに比べると太く見えるけれども、良も、ほぼ標準体型の俺より細くて軽い。並ぶと自分がぽっちゃり体型な気がしてくるから不思議だ。


「好はそれほどでもないのに」

「鍛えてるから?」

「鍛えてないの、知ってます」


 少しは運動をしているから、筋肉の分で体重が増している。さぼるとすぐに減ってしまうから、良とも似たような体型になるのだけれど。


「運動するか?」

「やだ」

「運動したそうな格好なのに」


 ワイシャツとチノパンの俺に対し、兄は上下合わせのジャージ姿である。


「動きやすいから」

編花(あみか)ちゃんにでも声かければ喜んで付き合ってくれそうだなー」


 梗の幼馴染の磨織くんの姉であり、母の友人でもある編花ちゃんは学生時代陸上部に在籍していた程度には運動が好きで、今でも時々ジョギングに付き合わされる。


「ヤメて」


 同じペースで走ることのできる知り合いが他にいないらしく、良はわりと全力に近いペースで走らされるので、編花ちゃんとの運動は苦手らしい。俺は二人についていけずに離れたところから追いかけるのも嫌いじゃない。



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