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それで死にたい  作者: こざかな しらす
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 あれから数日が経った。本格的に授業が始まり、新調した数冊のノートもそれぞれ数ページずつ消費されている。

 今年からは、今までよりもう少しだけきちんと勉強しよう。凪沙はぼんやりと、誰に宣言した訳でもないが、そう思っていた。


 けれど凪沙は高校を卒業した後、大学や専門学校に通うつもりは無い。特にやりたいこともないので、このまま就職組になるつもりでいた。


 普通に高校を出て、普通の会社で普通にOLにでもなって、毎日程々に仕事をしていく自分なら簡単に想像がついたし、それが無難であり一番良いとも思っていた。高校の勉強なんてものは今後の自分の人生に何も関係の無いことばかりだが、そういった無難な人生を送るためにはまず大人から評価されなければいけない。


 なんの特技もなく、なんの習い事もしていない凪沙にとって評価されるものは学力しかない。

 だから凪沙は、右肩上がりになってしまう癖字を用いてノートを埋める。凪沙はなかなかに現実主義者だ。


 凪沙は、陽子とはいつも教室に入る時間がほぼほぼ同じくらいだと知った。毎日、凪沙が教室の扉に手を掛けるタイミングで陽子の声が聞こえるのだ。もちろん、今日も。


 あの日から陽子は毎日凪沙に声を掛ける。それ以外の会話は凪沙が予感していた通り皆無だが、そんな凪沙相手だろうが、仲の良い友達と居る時と全く変わらない笑顔と声色で挨拶をした。


 凪沙が無表情だろうが、声が小さかろうが、そんな事はお構い無しといった様子でおはよう、とオレンジピンクの唇を開かせる。


 だけれど今日はそれだけではなかった。

 凪沙は昼休みになると食堂へは行かず、家から持参した母特製の弁当箱を鞄から取り出す。友達のいない凪沙はもちろん一人でその時間を過ごしていた。

 学校で出される食事が口に合わない訳ではないが、わざわざあんな人の多い所へ行って一人で昼食をとるのが億劫だった。


 編入してきたばかりの凪沙がこの学校で出される学食の味など知りもしなかったが、特に偏食ではないのできっと食べられない味ではないだろうとぼんやり思っていた。

 前の学校に居た時でさえ一度も学食を口にしたことは無かった。美味しいと他の生徒には評判だったのかもしれないが、凪沙はその美味しさよりも一人で居ることを優先していた。

 そのスタンスを崩すつもりもなかったし、母親の味で満足していたのでどうでも良かった。


 いつもと同じ様に薄い水色をした無地のランチクロスの結び目を解こうとした時、凪沙の目の前に紺色のスカートが壁となって現れ、凪沙は手を止める。


「お昼、いつも一人で食べてるの?」


 先程まで右隣に座っていた彼女は、半透明のビニール袋を掲げて凪沙を見下ろした。

 いつも数人の友達と楽しそうにお喋りをしながら食堂へ行くのを凪沙は知っていたため、陽子が一人で居ることに少しだけ驚く。


 陽子は凪沙の返事も聞かないままそそくさと自分の席へ移動すると躊躇することなく椅子の向きを変え、すとんと腰を下ろした。その体は凪沙の方へと向いている。


「一緒に食べていい?」


 その一連の行動に返事も忘れてぽかんとしている凪沙に、陽子はビニール袋をがさがさと鳴らして買ったものを物色しながら再度問い掛ける。


 サンドイッチとおにぎりがそれぞれ一つずつと、紫色をしたゼリーの容器が一つ、それに小さな紙パックのカフェオレ一つが、ごろんと陽子の机の上に転がった。

 陽子はまず始めにおにぎりを手に取り、おかかしか残ってなかったの、と不満気に呟いた。


「……友達は?」

「今日はみんな部活の先輩達と食べるんだって。私、部活やってないから、流石に一緒に行けないよねってなって。」


 校内の売店で売られている手作りのおにぎりは、コンビニで見かけるものよりも二回りほど大きい。

 凪沙の言葉をまるで昔からの友人と会話しているかのように返しながら、それを上品にぱくつく陽子が、凪沙にはどうにもこうにも理解するのが難しかった。


「他の友達とか、いないの?」


 凪沙はそう口にした途端、はっとした。

 あまりにも失礼な言葉だったと理解したのはいいが、時すでに遅し、その言葉ははっきりと陽子に伝わってしまった。そんな事を偉そうに言える立場ではないし、言われた側も凪沙にだけは言われたくないであろう言葉だろう。


 凪沙はやってしまった、と己の口元を手で塞ぐ。だが気まずそうにしているのは当の凪沙本人だけで、陽子はにこにことしながらまた一口、おにぎりを頬張った。


「居ないことはないんだけど、凪沙ちゃんが居るの見えたから。」


 凪沙は今度こそ驚いた。

 人気者の陽子なら一緒に過ごす相手など簡単に見つかるだろうに、わざわざ教室で食べるために売店に寄って、好みではない具材のおにぎりを頬張っているのだ。


 教室の中は、凪沙と、陽子と、窓際で凪沙と同じ様に弁当箱を広げている大人しい二人組の女の子しか居ない。陽子がここに居るのはとても似合わない、と凪沙は思う。


 だが陽子は、似合うだの似合わないだの、今目の前に居る少女と仲が良いだの悪いだのなど全く気にする素振りも見せず、そんなおにぎりをまるで好物だとでも言うように美味しそうに咀嚼していた。


 まだ固まり続けている凪沙に、お弁当、食べないの?と不思議そうに笑えば、凪沙は思い出したかのように慌てながらランチクロスを広げる。


 それから四十分、凪沙は陽子と共に過ごした。

 殆どが陽子の一方的なお喋りであり、その時に陽子は最初、凪沙が転入生だと気付いていなかったことや、陽子はやりたい事がころころ変わるため、特定の部活動に入っていないという理由も知った。


 そして陽子は凪沙の顔色など伺いもしないままショコラという名の柴犬を飼っていると言いスマートフォンを取り出して写真を見せたり、犬と一緒に写っているのが小春という名の四歳年下の妹だということも凪沙に教えた。

 クリーム色をしていて毛並みが良く、賢そうで凛々しい顔付きをした犬を抱きしめながらピースサインをしてみせる少女は可愛らしく、確かに陽子に似ている。


 凪沙は少し羨ましく思いながらそれをじっと見つめていた。

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