犬はちゃんと躾けないとだめ
西欧歴1045年 3月21日
逢魔梓(コヨーテあるいは木立天)
施設の案内が終わった途端に、『巫女の間』なる部屋に閉じ込められ、朝まで過ごすことに。全然巫女待遇じゃない。とんでもない処に攫われてしまった。普通に誘拐と監禁。ピーチ姫か。
ベッドに寝転がり、考える。白過ぎる部屋は、寝るにも窮屈。宵闇を吸い込みかねない純白さ。オカモト宗主が夜這いしてこないとも限らない。眠るに眠れない。
オカモト宗主は、何故私を巫女様に仕立て上げようとしているのか――いや、新興宗教の目的なんて、一事が万事カネと権威だろうけども。
宗教だってコトを売るビジネスだ。信じる者は救われるかどうかは分からない。けれど、信じられるものがある限りはハッピーだ。それは宗教だけに限らない。愛とか、夢とか、カネとか、会社とか、趣味とか――復讐とか。
西欧歴1045年 3月22日
逢魔梓(コヨーテあるいは木立天)
朝の十時。私は巫女装束に着替えさせられて、集会ホールへと向かうことに。
巫女装束は重くて動きづらい。首には鎖つきの首輪。今なら、しつけのなってない犬の気持ちがよく分かる。鬱陶しいし痒くて仕方がない。私の肌が化粧に合わないのか、化粧品が私に合わないのか、肌がチクチクする。
集会ホールは、床が畳張りになった体育館とでも筆すればいいのかな。流石にバスケットゴールはないけどね。出入り口から奥には檀上がある。畳まで真っ白け! 多分樹脂製。いぐさの匂いどころか、汗やカビ臭さすらありゃしない。
信者たちは漂泊された畳に正座している。黒山の針山剣山。壇上の頂き、そのど真ん中に、オカモト宗主は正対していた。私と、お付きでお邪魔虫のミチルさんは、壇の脇で待機している。
――回 想 はじまり――
ふと、小学校の学芸発表会に参加した時のことを思い出す。当時、私達のクラスは演劇で桃太郎をすることになり、私は犬の役に抜擢。普段から五月蠅かったからかもしれない。
いざ本番。体育館脇から登壇した犬役の私に、桃太郎が「きびだんごあげるから仲間になって」とテンプレート。
ここに来て私の脳裏に天啓が走った。そうだ、私に良い考えが浮かんだ。「所詮は子供の出し物」とタカを括ってナメくさってる、酸いも甘いも知り尽くした、アダルトな保護者的参観者達をいっちょ盛り上げてやろう。
「私を顎で使いたけりゃ、『レンガ』の一つでも持ってきな!」とアドリブをかます。
どーよ、このブラックジョーク。みんな吹き出すに違いない。
ところが、保護者の皆様はア然。桃太郎役のツヨシ君はおったまげたみたいで「レンガなんて持ってないよう。もしかしてレンガ必要なの? 俺、忘れてきちゃったの?」とベソかきはじめる始末。鬼退治どころではない。
とうとう劇は中止。かくして、鬼が島討伐は道半ばにして頓挫したのである。
ともあれ、ツヨシ君は齢九歳にして、心付けがなければ人は動かない、そんな渡世の義理を知ったのでした。どっとはらい。
私? そりゃ担任から大目玉よ。「みんな、この日の為に一生懸命練習したのに、台無しにするな!」と。
『犬は、鬼が島一派が放った工作員』という陰謀説までクラスに流れはじめた。逢魔ガールは出てこなかったけどね。いや、出てこられても今度は私が困るんだけど。
いたたまれなくなり、お家に帰って母さんに泣きついたら「レンガじゃなくて、せめてコンニャクになさい」と|私の思考回路と似た発想で諌められ《流石は私の母である》、みずめに抱きついたら「どうしようもない駄犬だね」とクソ生意気に皮肉られ、藁をも掴む思いで父さんにしがみついたら「アズ、君は頑張ったと思うよ。でもね、独り善がりでは、必ずどこかでつまづいてしまうんだよ」と、あまりにも至極真っ向に諭された。「ウッス」としか応えようがない。私は少しだけ成長しましたとさ。
……そう。家族がいた頃は、確かに私も幸せだった。
今は、羽根と羽根の間が身軽ではあるけれど、それにしても風通しが良過ぎる。
――回 想 おわり――
集会ホールの出入り口から、信者達が荷車を運んでくる。
その荷車には、紫の襤褸布を被せた何かが載せられていた。なんだありゃ?
あとがき
釈迦に説法だろうが、『レンガ』だの『コンニャク』だのというのは、おおむね賄賂の隠語です。
レンガでほっぺを叩くのはただの傷害だし、コンニャクでほっぺを叩くのはただのお化け屋敷だが、札束でほっぺを叩くのは、ただの策略です。犯罪でも、犯罪にならない。




