ヒモ無しバンジーブライダル
西欧歴1046年 4月28日(日)
コヨーテ(逢魔梓、あるいは木立天)
息が切れる。
『毒溜みの巫子』の『中陰』の形態は、一気に体力を消耗する。オイそれと変態させられない。だから毎度毎度、手の平から飛び出るチンケなブレードでチマチマやっているのよ。格ゲーのようにはいかない。
休む暇はない。さっさとズラからないと、今度は警察と大立ち回りするハメになる。私の血がついた部分のカーペットをバタフライナイフで斬り取り、更に床を袖で拭い、ハバキを拾う。
「俺が警察を引っ掻き回す。嬢ちゃんはその内に逃げろ」
私の纏っているコートは、札の浮できる力を利用して落下速度を抑制したり、グライドスーツのように滑空することも出来る。
本来の計画なら、スカイラウンジから滑空して、ブルースホテルから離れるつもりだった。
けど、このゲスブラザースが予定外だった。札は一度クマバチに成ってしまうと、大分血の力が落ちてしまう。
試しに札に念じる。まだなんとか動く。まだ力は無くなりきってはいない。
「いえ、一緒に逃げる方法があります」
「本当か。どうやって?」
「この札を足場代わりに宙にばら撒いて、それから落下スピードを落としつつ降りるんです」
童子様憮然。困った顔がチャーミングだぜ。
「たった今、高い所がイヤになった」
「イヤよイヤよも好きのうちですよ」
クマバチ形態を解いた札をばら撒く。その札に念じて、水平に敷き詰めて足場を作る。
地面を見下ろす。人の上に立つというのはおっかないもんだね。眼下は果てしなく遠く、人の灯火は数知れず。だから私達も紛れて、隠れよう。
虚空へ向けて一歩踏む出す。
「いくぞ……いくぞいくぞ……」
「嬢ちゃん、待て。本当に待て――」
そして、中空へ身を投げた。
「あああああああああああああ!」
叫び、童子様を掬い上げて、札の足場、宙を浮かぶ呪いの絨毯モドキへ飛び降りる。
着地。念を込めて札にふんばりを入れる。札の地面が揺れるけど、形は崩れない。
「あわわ!? あわわわわ!
……ふう」
よし、このままエレベーターの要領で、無理の無い速度で地面まで降りれば――
急降下。風も空気も穿ち、臓腑が地面に引っ張られるような錯覚。
「ひえええええええ!」
「うおおおおおお!?」
無理の無い速度で降下しよう?
無理に決まってんじゃん。
重力に導かれる。やっぱり、札の呪いの力が落ちていた! 一応、落下速度は落としてはいるけれど、それでも気が遠くなる。気圧差のせいか耳鳴りがする。走馬灯も見える。風が冷たい。肉体は落ちていっても、対照的に意識は天まで昇っていく。一種の恍惚感。硬直しているようでたわんだ筋肉が緩み、何かが抜け出るような感覚。
「地面だ!」
童子様の声で、心と体がくっつく。
二人とも地面に着地し、受け身を取る。そのままゴロゴロ延々と地面と転げる。こうしないと、着地の衝撃を殺しきれない。
埃まみれになり、なんとか下界に降りることができた。流石に目まいを覚える。私と童子様は、互いに息を切らし、見合った。顔が青白いのは、夜の帳が顔にかかったからだけではなかった。
「い、生きてますよね?」
「……死んでなければ」




