ことのおおおん!
西欧歴10×6年 4月22日(火)
木立天(逢魔梓、あるいはコヨーテ)
「聞きたいこと?」
アイス珈琲を口に含む。このカフェのロイヤルブレンドは、ほのかな甘みがある。ボディもほどよい。あ~美味い。これで煙草もあれば完璧――
「私に、何か手伝えることがあるかなあ、って」
噎せて、咳き込む。なんだなんだ? 最近珈琲をノンビリ飲んでいる余裕がない。
「大丈夫ですか!?」
おしぼりを差し出すことのん。
「ゲッホ! ぜえぜえ!
大丈夫ですかって……
ことのおおん!
そりゃコッチの台詞だよことのおん!」
おしぼりを口に充てながら、続ける。
「ゴッホ! あ~。
……ことのん。貴女には本当に感謝してる。
けど、そりゃあストックホルム症候群か何かだ。
私が言うのもアレだけど、まともな発想じゃない。
ちゃんと精神検査受けに行った?」
「はい、異常なしです」
私は頭を掻いた。
「あ~、じゃあその精神科医が異常アリか、モグリのヘボだったんだ。
セカンドオピニオンをだね……あ、そうだ良い先生知ってるんだけど、紹介しよっか?
お顔がちょっと、いや超個性的なんだけど……そのなんだ、鹿っぽいっていうか、鹿っていうか」
オレンジジュースの氷が弾けた。汗が一筋垂れていく。
「鹿……?
ええっと……。
やっぱり、足手まといでしょうか? 私のコトヅテの力なら、何か手伝えることがあるのかなって、思ったんですけど」
ことのんはうつむく。
「あのね、足手まといとか、そういう問題じゃなくてね。
そもそも、なして転生者狩りを手伝いたいと思ってんの?」
ことのんの瞳が、私の瞳を映す。たおやかさの中に、確かな固い芯が出来始めている。
この子は逞しくなった。
それ以上に危うくもなった。
それが私のせいなら、それは甘んじて受け入れないといけない。度胸と無謀は全然違う。
「逢魔さん達と逢って、今まで見えなかったものが見え始めてきたような、そんな気がしたんです。
東雲桜真の仲間達が居たじゃないですか?
あいつら、まだ一人も逮捕されていないんです。
ニュースも、同じ話題を一ヶ月も延々と続けてますし。
その、何かひた隠しにされているような。
今、私達が感じているこの世界が、まるで別物のように思えてきたんです。
沢山の問題がこっそりと隠されていて。
誰も見向きもしなくて。
このままで良いのかなって?
私なりに、何か出来ることをしてみようと思って」
確かに、コトヅテの能力が加わった彼女が加われば、確実に私達の力になる。
機材が必要ない通信手段と、傍聴手段。足音から発言までなんでも拾えるだろう。あまりにも魅力的すぎる。カグツチは見守り地蔵に一人一人がライブ配信可能なスマホ――監視装置で溢れている。壁に耳ありどころか、ここは監視の回廊。おちおち鼻もほじれない。その中で転生者狩りをするなら、アナログとスーパーナチュラルに頼らざるを得ない。
ことのん、確かに君が欲しい。ちょっとした囁きや会話、そしてオペレーター―全てが転生者狩りに活きてくる。
「その気持ちは嬉しい」
ことのんの顔に、微かに期待の表情が浮かぶ。悪いね上げるけど落とす。フリーハンド高い高~い。
「でも、私の一身上の復讐に、ことのん達を巻き込むことは、もう出来ない。
もっと言うと、それで貴女と、貴女の身内に何かが起こった時、私は責任を取れない。
だから、気持ちだけ有り難く頂戴するよ」
転生者狩りに巻き込んでいるのは、転生者本人だけじゃない。
転生者の身内だって、芋づるで理不尽と不条理のドン底に叩き落としている。私が。結果的に。
私達は不感症達に踏みつけられ、同時に私の不感症が踏みつけている。例外なく誰もが牙を隠し、誰かに黄ばんだ切先を突き立てている。
これほど不毛なことはない。絶対にロクな結末にならない。私自身、まだ死にたくはないけど、ハッピーエンド《大往生》なんて求めていないし、求めてはいけない。
だからせめて、慕ってくることのんは、私達の世界に引きずり込むワケにはいかない。
「身内……」
彼女も合点がいったみたいだ。
彼女の行動は、彼女の両親や友人にも結果を及ぼすことを。
「そうですよね。
私……浅はかでしたよね」
またことのんに陰が差す。
「なぁに、私ほどじゃない」
ことのんは、キョトンと私の方を見る。
そして、ほぼ同時に一緒に吹き出した。




