雨に与太れば
逢魔梓(木立天、あるいはコヨーテ)
缶詰というものが、いつも不思議に思えてならない。
加熱・消毒した物を真空に詰める。だから、風味は落ちるとしても、中味はそのまま。
理屈は分かる。分かっている。
それでも私は、缶詰の中では時間が止まってしまったんじゃないか、と思ってしまう。真空の缶の中には、光よりも速い何かが延々と空回りして、時計の針の一分一秒の流れを――あまねく運命を漂わせ、循環している。そう思えてならない。
赤土病院を出て、電車を乗り継いで、神詰パワープラント事故現場跡に立つ。立入を防ぐ為に有刺鉄線代わりに、沢山の鋭い突起を方々に生やした錐状の梁が、屍山のようにばら撒かれている。
触手臭い雨。むせそうになる。線毛触手が宙へ宙へと舞い上がり、淡い曇天となってノたくってる。天使の羽根のようだと似非詩人の言う、似非神様の小さな産毛。
自作の煙草に火を点ける。ゆらゆらたゆたう紫煙に、線毛触手は燻されて、丸まりちぢれて死んでいく。元来、煙草は魔除けも兼ねていた。添加物や発火剤なんてものが入ってない時代の話だけども。妖怪退治なぞをしていた時は、煙草の臭いを体に染み込ませる者もいた。この煙草も、そして私も――逢魔の一族もそう。
でも、神除けにもなるとは知らなかった。
神詰パワープラント跡を見る。鋼鉄で出来たぶっとい切り株のような出で立ち、ブツ切りにされた神様もどきが爆ぜた場所。父も母も双子の妹も、本当に数少ない友達も、故郷も、帰る家も、みんなみんな殺され壊され、なおも懲りず、カグツチまでも汚している。奈落の口だ。触手臭いんだよ、悪食野郎。
かの神詰はそう、蓋が空いた今も、未だにあの時の記憶を、惨劇を、真空された光より速く保存している。
ボロボロに崩れた世界のカリカチュア。
あの事故は起こるべくして起こった。
パワープラント内の安全装置を、敢えて外した奴ら、暴走させたヤツらが居る。
その中核が、ルキフェル・ナイアラート。
世界の五パーセントの富を握っているとも言われた資産家であり、黒幕。
世界初にして、唯一、無意識異神なるものを、この世界に召喚した魔術師ともいえる。
なんで、神詰の『鍵』を開けたのかは理由は知らない。奴の居場所も知れない。
煙を吸い込む。目眩に酩酊。肺を絞って煙を吐き出す。このか細い灰色の帯で、無意識異神の残滓がまろび出た曇天を汚そう。いつか晴れる、その時まで。
雨が強くなってきた。涓滴が煙草の先にぶつかり、火元の悲鳴と、タールの濁りに濁った臭いがわだかまる。
そして。
まだ、この火は消えず。雨風程度で、この心の火照りも鎮まらず。
口元で熱を滲む微かな灯火に、無数の穢れた弾雨が当たって散るか、それとも――
全てを穢す雨の中、今日も今日とて賭けてみる。




