血の泪
逢魔梓(木立天、あるいはコヨーテ)
「嬢ちゃん、準備ができたそうだ」
死に装束を敷き詰めたような病室の待ち合い室。目を覚ます。海に潜った時のように目が沁みる。やけに粘つく涙を拭った、朱い。目から血を流していた。ここに来ると何時もこう。童子様が、私の鞄からハンカチを出してくれた。
「ありがとうございます」
目を拭う。白い病練の廊下に座標を穿つかのように、黒いゴスロリを纏ったシャム双生児の双子が通り過ぎ、ニコリこちらに会釈する。私達も会釈し返した。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ」
『彼女』が眠っている病室に入る。
病室の名札には『逢魔みずめ』。
「ただいま、みずめ」
そう、私の双子の妹。
神詰パワープラント事故で生き残った、私の家族。
病室は、愛素でたっぷりと充満している。汚染を防ぐ為、看護師も医師も直接は出入りしていない。その代わり、アーム付きのドローンと、彼女に繋がれた管と医療機器が常備されている。
みずめは、死んだように眠っている。あの事件以来、一度も目を覚まさない。私と瓜二つの眠り姫。それでも髪や爪は伸びていくし、痩せこけた身体でも、それなりに少しずつ大きくなっていく。
そして、みずめの胸から生えた触手群。さながら冬虫夏草。みずめの命を吸い取って、私を煽るように蠢いている。プツプツ膨らむ膿が弾けて、飛沫がみずめの身体にかかった。ヴィアンの『うたかたの日々』のクロエは、肺から睡蓮が生える奇病に冒された。ならば私は、この無意識異神の触手血肉で出来た転生者を狩り、その腕束をここに備えれば、彼女は快方に向かうというか。
私は左腕の擬態を解く。解けた腕が、編み、束ねられ、人とは違う腕へと変わっていく。
転生者を――無意識異神の欠片を吸い取る器官へ変わっていく。名称不明。学名不詳の奇跡の腕。
誰が呼んだか『毒溜みの巫子』。
私は左腕で、彼女に生えた無意識異神の残滓に触れる。汚わいに満ちた千手は、あっという間に干からび、朽ちて、土くれに戻る。
みずめの心臓には、飛び散った無意識異神の欠片が癒着しているらしい。一体どういうワケだか、この腕で愛素を吸い取っても吸い取っても、完全に吸い取りきれない。そして、またあの触手が生えてくる。みずめの心臓と同化してしまったらしい。
そう。傷痕は消えない。決して。
明確な記録で、そして明瞭な記憶。悪夢の証明。
「今、綺麗にするからね」
みずめの体に転がった土くれを片付け、病衣を脱がせ、濡れタオルで彼女の体を拭く。触手が嘔吐で吐き出す膿を拭う。
新しい病衣に着替えさせた後、みずめのほっそりとした首を見る。
そして、白魚のように細い首を、両手で覆うように掴んだ。




