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賊・逢魔倶楽部(完結済み)  作者: オルタ
二話「明るい復讐計画」
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プロローグ

 西欧歴1035年 2月3日



『「神詰パワープラント安全管理改正法」による神詰パワープラントのおける一部安全装置撤去に関する一般説明会』


 この説明会が開かれたのは、肇ことのはが転生者狩りのコヨーテと接触した時から、およそ一〇年前のこと。




 リノリウム貼りの床に、蛍光灯の灯りが薄っぺらく照り返している。


 折り畳み式の細長いテーブルには、参加者が肩を擦らせながら身を納めていた。テーブルの上には資料が置かれている。ページは表紙を含めて五ページほど。記載内容もパンフレットと大差はない。ストーブの燃焼音が、カビのように寒さ凍てつく身に沁みる。


 とつとつと説明を続ける役人たち。腕を組んで、それでも穏やかな笑みを浮かべて頷く大池鈍一郎首相。行政の最高責任者を交えたことを除けば、極めてありふれたルーチンワーク。


 そも、これは『説明会』。強行採決を経て可決された改正法による施工に対する説明の場であり。断じて、止揚に至るまでの議論を行う場ではないと強調するかのように。


「それでは、以上を持ちまして、説明会を終了いたします。市民の皆様には、何卒今回の件はご理解いただきく存じ上げ――」


「説明と了承は違います。これでは納得がいきません!」


 出来合いじみた沈黙を破るは、一人の青年。若白髪なのか、先天的なものか、頭髪は真っ白、その瞳は、落陽の眩さを映したかのように朱い。肌は日焼けをしていて、体は健康的に締まっている。


 彼の一家言に、説明会参加者の反応は二分される。


 少数の、彼に代弁と想いを託すもの。

 多数の、彼に嫌悪の視線を流すもの。


「安全装置を解除するだって? それは危険過ぎます。施工の中止を求めます!」


「いえ、もう決まってることですので。説明会はもう終わったんです」


 役人は対話を応じない。すでに施工は規定路線。竣工式の段取りも入っている。


奥間おうま、テメエはすっこんでろ!


 彼らが神詰パワープラント関連の仕事を流してくださるお陰で、俺たちゃ食っていけるんだ! 飯の種奪う気か!」


 腹に据えかねた参加者の一人が怒鳴り返す。与えて下さるのは、仕事だけではない。お上との付き合いによる『贈与』を受け取ったものも居る。金の切れ目は縁の切れ目とはいうが、金の重みで撓んだ縁を、唐竹割りには如何ともし難し。


「今はそれで良いのかもしれません。

 しかし、一〇年後、二〇年後のこと、次世代も考えねばならぬでしょう。安全衛生をないがしろにする為の施工など、火薬庫に喫煙所を設けるようなものではないですか」


「うるせえ、怪物混じりの呪い師が!」


「その怪物の呪いじみたものは、神詰プラントだって同じです!」


 奥間は、なおも食い下がる。彼が睨んでもなお穏やかさを感じさせるのは、その誠実さが視線に染みついているからなのか。


「はっ、そんなに物申したけりゃ、お宅が政治家目指せよ! 誰も投票しないけどな!」


 その煽りに、同意の失笑が混じる。


「説明会は終了しました!」


 ふためく会場。


 さざめきを凪ぐ鶴の一声は、大池鈍一郎首相のものだった。


「奥間くん」


「首相、貴方とて晩節を汚したくは無いでしょう?」


 首相はたおやかな笑みのまま。その瞳にタールのようなテカりを浮かべる。


「奥間くん、梓ちゃんもみずめちゃんも、大きくなりましたな。


 大きくなれば、二人とも素敵な才媛になるでしょう。


 貴方だって娘の成長を見守りたいでしょうし、家族だって、貴方を頼りにしている。

 そうですよね?」


 曲がり捻じれた強い語気。「逆らえばお前の大事なものを奪う」。大池の視線は穏健な強迫。父奥間の泣き所。拳を握って押し黙った。


「いやはや! しかしこれぞアウフヘーベンというもの!

 ぶつかり合い、それでも一つの目的に向かって邁進する皆様に、この大池鈍一郎は感動しております!

 この施工を、皆で成功させましょう!」


 説明会参加者の拍手、雨あられのごとし。


 スタンディングオベーションの中、会場を立ち去る大池と奥間はすれ違う。大池は耳ヅテする。


「お前の娘も女房も、『人でなし』の存在だろう? 人のフリをするのはいかがなものかな?」


 パツリ、湿り気を帯びた硬質が砕ける音が響く。文字通り、奥間が奥歯を噛み潰していた。


 だが、かような公の場で首相を殺傷してみよう。それこそ家内は露頭に迷う。


「これでは、いったい誰が化け物だというのだ……!」


 奥間は青く、愚かだ。


 人は、大局には逆らえぬ。むしろ、圧倒的ストリームに流されることを求めている。そこに選択の余地はないけれど、傍流には何が潜むか分からない。しかし、粋がるヤツは不快なり。皆で流れりゃ恐くない。


 逆らったとて、しじまの湖に辿り着くとも限らない。道すがらはどこも死屍累々。


 奥間はもっと早く動くべきであった。


 流れそのものを変えねばならない。奥間には、その才も経験もカリスマも心象も、あらゆるものが欠けていた。だが、どうして彼を責められよう。



 流れを変えられるものこそ、世界で最も限られているのに。

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