少女マンガミーム
西欧歴1046年 4月8日
肇ことのは
どうして男の人って、女の体をこんなにも弄りたがるの? まるで、触れることが征服の証であるかのように。
その指は、私の産毛を逆立てるように、ゆるゆると滑らかに私の尻を撫でていく。その指の持ち主の度し難い欲望を想像すると、怖気で体が震えた。耳朶に熱い呼気がかかる。臓腑の湿り気を帯びた吐息を浴びて、私の背中は凍てついた。
搖動する私に何を思ったのだろう。おどろおどろとした痴漢は、私を万力のようにつまみ上げた。
しゃっくりのようなひっくり返った悲鳴が口から吐き出される。鞄の肩掛けを強く掴んだ。
誰も気づかない。
誰も気に留めない。
電車内に充満している微かなノイズ。スマホをタップする鼓音、あくび、舌打ち、ささやき声――そんなのが、重力を振り払ったゴムボールのように、車内を延々と跳ねまわっているだけ。痴漢がいることを伝えなくちゃ。でもこの前、電車で痴漢の被害に遭った人が、更に後ろからナイフで刺された事件があった。
もし、今私の後ろにいる人が、その犯人なら――
心まで弄ばれたことに放心しながら、涙で視界がぼやけてきた時、俄かにその手が離された。
「おっさんさ、マジいい加減にしたら?」
冷静な、冷徹な怒気を孕んだ言葉。
その音の主は、新進気鋭の転生者――東雲桜真先輩。
噂に聞いた通り、私と同じ高校の制服を身に纏っている。無個性な制服の首から上は、ネット上では『転生者ヅラ』とも揶揄される、この世の人とは思えないような、無駄なく整いきった容姿。ほどよいカーブを描いた輪郭に、鋭さと柔らかさを兼ね備えた眼窩、滑り台のように高い花、蠱惑的なボリュームの唇。ざんばら髪を整髪料でほどよくレイヤーを作っている。
彼の、柳のように白くしなやかな手は、痴漢の手首をガッチリと掴んでいた。万力のように痴漢のサラリーマンは彼の手を振りほどこうとするけど、東雲先輩の力がやたら強いのか、手かせのように離されはしなかった。
「ち、違う! 俺じゃない! 誤解だ!」
「やらかした奴はみんなそう言う。みんな、コイツが痴漢だ」
大衆の視線が、痴漢をメッタ刺しにした。
――最低。なに、金さえ稼げば、男は何しても許されるっての? クソじゃん。
――写メって、セイチーズ(画像投稿型SNS)に貼るわ。やべえ超反響ありそう!
――女の方が無防備だったんだろ。襲われる方が悪い。それが世の中コレ常識。
――さっすが転生者! 度胸が違うね!
玉虫色の、小言、小声が、耳から突き抜けてくる。陽を追う真っ黒な管状花を持つひまわりみたいにどす黒いようで、気味が悪い。
「違う、俺じゃないんだ、本当に!」
――次は、武士屋、武士屋駅に止まります。
「次の駅で、駅員を呼ぶからな」
彼の言葉に、痴漢はがっくりと肩を落とした。




