辞世の苦
西欧歴27年
ああ、藤、藤よ。
お前が居てくれたから、俺は俺になれたというのに。
だから、今はもう、お前はお前でなくなり、俺は俺ではいられなくなってしまった。
視界を跨いで見えるは、藤と生きた日々。
はじめて見合った時に、互いに目を逸らしてしまったことを。
塞いだこの村に似合わぬ、朗らかな性情を。
山狩りで、己がイノシシに突かれた時、三日三晩付き添ってくれたことを。
ほたる集う夜の川で、仄かに照らされた、笑んだ横顔を。
触れればたちまち崩れてしまいそうな、泡雪のように軟い輪郭を。
いつも己の帰りを迎えにまで来てくれたことを。
お前に、己は何も返してやれなかった。
もう、全ては帰ってこない。
もう、全ては過去の中。
全ては炎が焼き尽くし。
己の心は焦げまみれ。
怒許さぬ。
こやつら、度許さぬ。
涙は焼け、湯気となって昇っていく。
三千世界、四苦八苦、五六億七〇〇〇万のさむらいの鏖殺を手土産に。
己は燃え尽きたお前の許へ帰ろう。
「そっくび落とせ!」
侍大将の怒声が響き渡る。
ごんざの額の皮が、音を立てて裂ける。
どこに閉まっていたのか、筍のように生える、二本の角。
憤怒の右角と。
憎悪の左角と。
屠殺のように、ごんざのうなじに刃は振り下ろされ。
しかし、真っ二つになったのは振り下ろされたさむらいの得物の方であった。




