秘密基地依存症
西欧歴1046年 4月9日
東雲 桜真
放課後、出遭った肇ことのはの柔らかさが忘れられない。
俺は、珠川村にある小さな自動車整備工場跡を目指す。大きな冷蔵庫を咥えた野良猫が歩き去っていく。神詰パワープラント暴走事故の後、このような幻影が美国の各地で散見されるようになった。このシュールレアリスムの亡霊に害はないらしいが、良い気もしない。
過剰跡へ向かう道中、誰かに後を尾けられているような、後頭部をストローで突かれるような感覚が続いている。
まさか転生者狩りか?
歩いている最中、後ろを振り返る。
誰もいない。
何なんだ、この感覚は。産毛が逆立つ。何かを感受して鳥肌が立っている訳じゃない。転生者になってから五感も鋭くなったが、こんな不快な気配ははじめてだ。
念の為、来た道を戻る。人が隠れられそうな死角を見回る。
誰もいない。
気のせいだろうか。まあ暴漢程度なら、例え武器を持っていたとしても、相手にはならないけど。
一応追手を気にしつつ、整備工場跡に辿り着いた。元々は中古車屋の整備工場だったらしいが、廃業してしまった。そのオーナーから安く譲ってもらっている。
ガレージを開けると、曇天の抜け毛のように埃が舞い上がり、動源によって点けられた備え付けのスポットライトが、薄暗がりをえぐり取るように局所的に照らしていた。
ガレージの中は、俺達の活動拠点になっている。壁のラックには、釘バットや改造ガスガン、バール、仮眠用のマットレスなんかも備え付けてある。それでも、未だに機械油の脂ぎった炭みたいな臭いは、なかなか消えない。
ガレージの中に、すでに俺の仲間達はそろっていた。
面長のフィッシュ。
ガタイの良いゴリアテ。
小柄なジャッカル。
総員、パイプ椅子に座りながら談笑していた。
「調子はどうだ?」
「おお、来たかリーダー!
この前の動画な、売れまくりだ!
あと、SNS見たぞ! 可愛い子と一緒に歩いていたじゃん! 今度、俺にも紹介しろよ!」
ゴリアテがゲラゲラと笑う。
「転生者、マジでウラヤマですわ。すげーモテるんですし」
ジャッカルがやんわりと笑いかけてくる。
「そう僻むなよジャッカル。お前だっていつかは彼女が出来るさ」
寡黙なフィッシュは、俺達を見て微笑んでいた。
俺達はルールとして、仲間同士をコードネームで呼び合うようにしている。普段からこの呼称で呼び合うことで、うっかり本名を使わないようにする為だ。彼ら三人とは、異形討伐にアシストを手伝ってもらうこともある――自警団の真似事もしている。このコードネームも、ヒーローコミックにあやかって、だ。
「まあ、SNSを見てもらった通り、今朝会った肇ことのはだけど、結構良い雰囲気だ。多分上手くいくだろう。近いウチに、みんなとご対面できるだろう。
その時になったら、連絡するよ」
「よっしゃ!」
「楽しみっすわ!」
「……なんだ?」
珍しく、フィッシュが平時に呟く。
「どうした、フィッシュ?」
「……何かが動いている音が聞こえる」
俺は意識を集中させ、身構える。何か、小さな人影のようなものが動いたような――
「ねずみだよ。最近デカい奴がここら辺に居るんだよ! 糞もそこら辺に撒き散らすしよ! たまったもんじゃねえぜ! 臭いし。掃除しても掃除してもキリがない。ここを公衆便所か何かと勘違いしてんじゃねえのか」
言われてみれば、床には黒く小さな斑点が目立つ。ましてネズミというのは、自身の屎尿を道しるべとして活動している。ホント、下品なヘンゼルとグレーテル達。お菓子の家にも粗相しそうだ。
どうも過敏になり過ぎているのだろうか。居もしない一寸法師が転生者狩りになった。まさかな。面白くもない冗談だ。
気にし過ぎ、か。




