プロローグ
さあ、滅びと踊ろう怨敵よ。
転生者、ナイアル・ルシフェラートよ。
造られた秀麗眉目、|歪める完璧な肉体――転生体に、魂を包んだ男が刃を振るえば、その斬撃は『飛び』、私を真っ二つにせんと迫り来る。
私は人から逸脱した左腕で、その刃を防ぐ。切断力を帯びた魔性を吸い込み、その斬撃は土くれとなった。
「その『毒溜みの巫子』の腕、叩き斬ってくれる!」
「ハッハー! そのナマクラでか!? そんなんじゃ、トマトを切るのもやっとなんじゃないの?」
左腕――毒溜みの巫子の腕が、人の形を崩し、その掌から鼈甲色の刃が生える。コイツをヤツの胸の中に飛び込ませれば、あの気障たい体も、土くれに戻る。湿気った砂糖の塊を、匙で突き潰すように。穢れに満ちた転生者を完全に殺す、転生者不倶戴天の左腕。
目の前に居た仇敵が、残像を遺して消えた。
そう、これが転生者の強さ――力だ。
今までに積み重ねてきた経験が、知識が、勘が――そして、確信的な何かが、私を振り向かせた。
後ろに回り込んでいたナイアルの絶対零度の顔が、キリキリと絞まる。
私は、ニタリ。
ところが、再びナイアルは姿を消す。
勘の虫の脚が、臓腑の縁を撫でる。
本能にままにアイツの不意打ちを避けたつもりだった。
右によろける。やけに左側が軽い。
そもそも、左手が目の前に無い。
左の肩口を見る。
左腕が、無くなっていた。
無くなっていた左腕が、床に転がっていた。切り口から、蛇口のように血をまき散らしながら――
うん、その通り。
生憎、世界を救う物語は、この先にはない。
これは、くたびれたビルの格子の中で、激情のままにのた打ち回る人達の生き様が刻まれたヒストリーと、ヒステリー。
そうだ、あなたは煙草を吸う人は嫌い?
もしそうだったら、この先は読まない方が良いかもね。きっとうんざりすると思うから。
それとも、世の中の全てが不可思議で不愉快で不可解で、何も信じられない?
もしそうだったら、貴方の不条理な人生のヒントになるかもしれない。ならないかもしれない。
ようこそ、灰色の都カグツチへ。
ここには、希望以外ならなんでもある。




