第5ヴ 「ハートキャッチ」
二郎「あー、やべー、寝過ごしたなー、やべーなー」
ニロウはやべーやべーと焦っています。
何故焦っているのかというと今日は体育祭なのでした。
体育祭とはいっても、弟テルの体育祭なのでした。
帰宅部一脚が速いと噂のテルはあろうことかクラス対抗リレーのメンバーに抜擢されてしまったのでした。
そんなテルを家族みんなで応援しに行こうという粋なはからいでした。
――ガチャリ
二郎「お?」
白石「こんにちは」
二郎「おー、白石、どうしたん?」
白石「やあ、シオリさんは?」
二郎「今日は出てるよー」
白石「えっ、シオリさんに来るように言われたんだけどなー。弟くんの体育祭がアツいって言うから」
二郎「めちゃアツいらしい。姉さんのことだから俺と一緒に行けってことだと思うけど」
白石「あ、なるほど……まったく、お茶目なシオリさんだ」
ニ郎「……」
二郎「うーん」
ニロウは何か怪訝な顔つきで白石をじっと見つめました。
白石「な、何?」
二郎「白石さあ、姉さんのどういうところが好きなの?」
白石「えーと……美人だし、オシャレだし、髪がすごく綺麗だし……」
二郎「性格は?」
白石「あー……」
二郎「言葉を失ったらダメだろ」
白石「……性格はさ、とても刺激的だよね、うん、とても勢いがあるよ」
二郎「刺激的……か……」
白石「どうかした?」
二郎「前に、こんなことがあったんだ」
ニロウは回想モードに入りました。
――
――
あれは、俺が今の高校に入学して何ヶ月か経って高校にも慣れてきた、そんな頃の話だ。
高校に入ってから何か少し大人になった気がして、気の合う仲間と遅くまでつるんでいたりしたんだよ。
その日も夕方くらいまでダラダラ学校で過ごしていたんだが、一人「帰りにどっかで飯食って行こうぜ」と言いだしたヤツがいたんだ。
全員ノリノリだった。
自分たちだけで夕飯を外食で済ませる。
そんなことだけでもワクワクするには十分だった。
帰りが遅くなるのはさすがにまずいだろうだろうということでちょっと早めの夕飯だったけど、飯だけ食ったらあとはお開きということになった。
二郎「ただいまー」
シオリ「どうしたの、いつもより遅いじゃない」
二郎「あー、ちょっと遊んでたんだよ。あ、それと姉さん、俺夕飯いらないから」
シオリ「何? ダメよ、ちゃんと食べなきゃ」
二郎「まだ準備中でしょ?」
シオリ「もうほとんどできてるわよ。それにほら、お隣さんから美味しいヒジキもらったの」
二郎「あー」
このとき俺はとても焦った。
外食してきたと言ったら怒るだろうか。
なるべく姉さんの逆鱗に触れるようなことは言いたくないけど……。
シオリ「ねえ、どうしたのよ、体調でも悪いの?」
二郎「あの……今日は高校の友達と外で飯食って来たんだ、ごめん!」
そうとだけ言い放って、俺は逃げるように部屋に戻った。
失敗したなあ……。
結局正直に全て話してしまった。
だけど、下手に嘘をついてよりこじらせるよりはいいと思った。
シオリ「ちょっと、ニロウさん?」
それなりの制裁を受ければきっとそれで済むのだから。
きっと、それなりの……。
だけど結局その夜、姉さんは俺を叱ったり、制裁を下したりしなかったんだ。
何も無いというのが逆に怖かったけど、何も無いにこしたことはないのでその日はそのまま早めに寝ることにした。
――ギュイイイイン
そして翌朝、俺はその機械音で目を覚ました。
二郎「……ミキサー?」
そう、姉さんは朝っぱらからミキサーを使っていた。
めったに使っているところを見たことがないので最初は驚いたが、きっと朝ごはんか弁当のおかずとかに使っているのだろうと思った。
シオリ「ニロウさんおはよう」
二郎「お、おはよう……」
シオリ「昨日はよく眠れた?」
二郎「うーん、まあまあかな……」
姉さんは普段からこういうことを聞いてくる人なので別におかしなところがあるわけではなかったが、どうしても不安は残った。
不安を拭うことはできなかった。
そして昼休み、弁当箱を開けてみるとそれはそれは異様な光景が目前に広がった。
二郎「……え、何これ?」
弁当箱の中には粘土のようなオカラのようなものがギッシリ詰まっていた。
粘土を食えっていうの……姉さん!!?
しかし俺はその粘土のような物体にほどよく混ざり込んでいるそれに気がついた。
二郎「な、なんだ……この消しゴムのカスみたいな黒いものは……あっ、これは!」
――ヒジキだった
昨夜、姉さんはこう言っていた。
シオリ「お隣さんから美味しいヒジキもらったの」
シオリ「お隣さんから美味しいヒジキもらったの」
シオリ「お隣さんから美味しいヒジキもらったの」
――
――
白石「え、じゃあ、つまり……」
二郎「そうだよ、その粘土みたいな物体っていうのは前日に俺がいらないと言った俺の分の夕飯の成れの果てだったんだよ。姉さんは俺の分の夕飯をミキサーにかけてペースト状にしたものを弁当箱に入れたんだよ」
白石「ペースト状って……うわあ……」
二郎「ご丁寧にスプーンがついていたよ」
白石「……おいしかった?」
二郎「……」
白石「……」
二郎「おいしかったよ」
白石「……シオリさん、料理上手だもんなー」
二郎「もう、何がなんだかわからなくなるくらいおいしかったよ」
空気はよどみ、何がなんだかわからない雰囲気になってしまいました。
二郎「だから、つまりさ、姉さんの外見だけ気に入ってアタックしたのだったら、いろいろ考え直した方がいいぞ、白石」
白石「うーん、弱ったなあ……」
二郎「お前自身がミキサーにかけられてもおかしくない状況なんだぞ?」
白石「いやね、違うんだよ。アタックされたのは俺の方なんだよ」
二郎「ちょっと待て、どういうことだ」
白石「だから、シオリさんが俺に告白してきたんだよ」
二郎「おいおいおい、なんで性格以外完璧な姉さんが人間偏差値18の白石に告白するんだよ」
白石「言いたい放題だなぁ。こんなことがあったんだよ」
白石は回想モードに入りました。
――
――
俺が初めて彼女と出会った日。
あの頃俺は「1日1回誰かを好きになるキャンペーン」をしていたんだ。
このキャンペーンは誰かに1日だけ本気で恋をするというもので、ルールはその人に迷惑をかけてはいけないこと、1日が終わればキッパリ忘れることだった。
――
――
二郎「ちょっと待て、何をやってるんだお前は???」
白石「ラジオでそういうことやってる人がいて真似しただけだよう」
二郎「……続けてくれ」
――
――
図書館の入口に髪の長いとても綺麗な女性が佇んでいた。
――美しい
今日はこの人にしよう。それがシオリさんだった。
ちょうどその頃は春一番の吹き荒ぶ季節で、そのときもまた強い風が吹いたんだ。
このときシオリさんが手に持っていたテレホンカードと手袋が飛ばされてしまったんだ。
――
――
二郎「ちょっと待て、テレホンカード??? いつどこで使ってんの????」
白石「……俺にもわからない」
――
――
そのとき彼女に恋をしていた俺は急いでそれらをキャッチしたんだ。
そして俺はそのとき彼女に恋をしていたもんだから、彼女のことをそっと、そしてじっと見つめながら熱い吐息を漏らし、厚い唇を濡らしてウィットな感じでこう言ったんだ。
白石「ちゃんと、キャッチしましたよ」
――
――
二郎「おい、迷惑はかけないルールじゃなかったのか?」
白石「迷惑なんかかけてないじゃないか」
二郎「気持ち悪いじゃん!!」
白石「……」
二郎「……続けてくれ」
――
――
白石「ちゃんと、キャッチしましたよ」
そう言うと彼女はその真っ白だった頬を真っ赤に染めてしまったんだ。
白石「大丈夫ですか?」
シオリ「――っ!?」
シオリさんは受け取った手をバッと引っ込めてモジモジしながらこう言った。
シオリ「べっ、別に貴方が私と男女交際をしたいと言うのでしたら、やぶさかではありませんからっ……!」
白石「……へ?」
シオリ「だ、だからっ……そのぅ……ごめんなさい、さっきの強気な発言は嘘です、貴方のことが好きになりました。今、まさに好きになりました。付き合って下さい……私のハートもキャッチして下さい」
――
――
白石「という経緯で付き合うことになったんだよ。」
二郎「姉さん!!!チョロい!!!!」
白石「いやあ、あのときのシオリさんが一番可愛かったなあ、取り乱して顔真っ赤にしちゃって」
二郎「取り乱したのかよ! 靴の中にいたゴキブリを素足で潰しても微動だにしない姉さんが取り乱したのかよ!」
白石「うん、あわわわわーって感じだったよ」
二郎「……なんか、お前らお似合いだな」
白石「えへへー」
――ガチャボーン
ほんわかした和やかな雰囲気を壊したのはドアを力づよく開ける音でした。
二郎「あ……テル……」
そこには体操服姿の肌を真っ黒にしたテルがいました。
輝「兄さん、結局体育祭見に来てくれなかったんだね」
二郎「いや、ほら行こうとしたんだが、やる気が必ずしも結果に繋がるとは言えないわけで……」
輝「兄さんは実の弟の体育祭の応援に来ないで義理の兄(予定)とダベってたんだね!!」
二郎「……ごめん」
白石「……」
二郎「……」
白石「……」
二郎「……おい」
白石「あ……ごめん」
テルの体育祭についてはまた別の話。