第3ヴ 「しらいし」
シオリ「お父さん」
父「やあ、おかえりなさいシオリさん」
シオリ「彼氏を紹介するわ」
父「え……」
梅雨明けの首が焼けるような日差しの日でしたがある二人の男性の首筋は一面銀世界でした。
白石「はじめまして、シオリさんとおつきあいさせていただいております、白石と申します」
父「はじめましてシオリさんの父親の父です」
シオリ「白石一郎さんと言うのよ、二浪中だけど」
父「に、二浪してるのかい?」
白石「ごめんなさい二浪してますごめんなさい」
シオリ「もう、一郎さん、それでは五七五になってしまっているわ」
父「と、いうことはシオリさんが大学三年生ですから白石くんは一つ年下ですか?」
白石「いえ、実は高校時代に一年ダブ……留年してしまったので同い年なんです」
父「ダブっちゃったのかい?」
白石「ダブっちゃいました」
シオリ「ちょっと麦茶でも持ってくるわ」
シオリは席を外しました。
父「……」
白石「……」
シオリが戻ってきました。
シオリ「はい、どうぞ」
白石「すいません、お手洗い借りてもいいですか?」
白石は席を外しました。
シオリ「一郎くんたら、飲んでから出せばいいのにね」
父「そうですね……」
父「……」
父「……ねえシオリさん」
シオリ「はい」
父「完全に、天秤がシオリさんの方に傾いてませんか?」
シオリ「?」
シオリ「何を言い出すかと思ったらお父さん、どこにも天秤なんてないじゃない」
父「不釣り合いってことです!」
シオリ「?」
父「シオリさんは父さんからしたら自慢の娘です。綺麗で、賢くて、しっかりしている」
シオリ「そんなにおだてたって……何も……」
父「何照れてるんですか!? とにかく、白石くんの話を聞く限りではいくらシオリさんが連れてきた男性であっても不安なんです」
シオリ「大丈夫よ」
父「そうは思えませんが」
シオリ「そのうちわかるわ」
白石が戻ってきました。
白石「結構なおトイレでした」
父「それはどうも」
シオリ「それでは私も化粧室に行かせてもらうわ」
父「化粧するんですか?」
シオリ「しないわ」
父「そうですか」
シオリが席を外しました。
白石「……」
父「……」
白石「……」
父「……白石くん、ご趣味は?」
白石「塩コショウを少々……」
父「……」
白石「……するのが好きです」
父「……料理をするのが趣味なんですね」
白石「そうです、すいません、料理が趣味です」
ガチャリとドアが開きます。
二郎「ただいまー」
輝「ただいま」
父「おかえりなさい」
白石「こんにちは」
ニロウとテルは見知らぬ青年に驚きます。
二郎「父さん、こちらの方は?」
父「ああ、シオリさんの彼……ボーイフレンドだそうです」
白石「こんにちは、白石です」
二郎「ね、姉さんに」
輝「お、男友達が?」
白石「そうだよ、シオリさんとお付き合いさせてもらっています。弟くんたちのことはシオリさんからもよく聞いているよ、よろしくね」
二郎「……」
輝「……」
このときテルは何か違和感を感じていました。
――この声、喋り方、どこかで……。
――あっ。
輝「白石さん、もしかして前に姉さんの二段ベッドの下で寝ていたのは……」
白石「え、うん。じゃあやっぱりあの日部屋を訪ねたのは弟くんだったんだね」
輝「あ……」
二郎「ば、バッカヤロウ……テル、黙れ!」
白石「あ、ごめん、何か変なこと言った?」
二郎「て、ていうか白石さん、何勝手に人ん家で寝てるんですか! 変態なんですか!」
父「……」
白石「いや、あの、シオリさんがどうしてもって、『今日お父さんがいないから来て』と誘ってくれたので断りきれずに……」
父「……」
輝「父さん、無言で缶切りと栓抜きを構えるのはやめてよ!」
白石「いやっ、でも、一緒の部屋で寝たってだけで不純な交遊はしていないのでご心配なく!」
シオリが戻ってきました。
シオリ「ニロウさん、テルさん、おかえりなさい」
白石「シオリさん、このあいだの――」
二郎「ちょっと姉さん、白石さんに対する興味が止まることを知らないからいろいろお話がしたいんだ、ちょっと貸してよ!」
輝「白石さん、ちょっと向こうでゲームしましょう」
白石「おやおや、困ったなあ、ゲームは得意じゃないよ」
シオリ「あとでちゃんと返してね」
白石とニロウとテルが席を外しました。
二郎「白石さん、プレステとスーファミしかありませんがどっちがいいですか?」
白石「うーん、俺はアレがいいな、あの、64のスマブラ、あれは面白かったな」
二郎「テル、大至急チアキんちから64とスマブラを借りてこい!」
輝「任せて!!!」
白石「なんか、悪いね……」
二郎「いえいえ、滅相もありません。ところで白石さん、ものは相談なんですが……」
白石「なに?」
二郎「僕たちが、あの日、姉さんの部屋に、忍び込んだことをですね、そのですね、黙って頂けたら嬉しいなぁ……と思いまして」
白石「あ、なんか悪さしようとしたんだ?」
二郎「まあ、そんなところです」
白石「OK、そのことは秘密だね」
二郎「本当ですか?」
白石「うん、もしバレたときは俺からもフォローしてあげるよ」
二郎「イケてるよ! イケてるよ白石!」
白石「ははは」
一方その頃シオリと父親はどうしていたのでしょう。
父親「シオリさん、やっぱり私は不安です」
シオリ「どうしてそんなこと言うの?」
父親「ニロウくんもテルくんも彼には抵抗があるようでした」
シオリ「今日が初対面じゃない」
父親「ですが……」
シオリ「ほら、耳をすませてみて、心配ないわ」
父親「耳を、ですか?」
耳をすませてみるとニロウたちの声が聞こえてきました。
二郎「白石弱ええええー!!」
白石「あれ、ちょっ、ジャンプってどうやんだっけ?」
輝「黄色いボタンですよ」
シオリ「ね、もう馴染んだみたいよ」
父「……」
しばらくしてニロウたちが戻ってきました。
二郎「姉さん、お義兄さんが帰るようだよ」
父「おにっ……!?」
輝「お義兄さん、また来てね」
シオリ「私、送っていくわ」
白石「いや、いいよ、一人で大丈夫。それではみなさん、今日はお邪魔しました」
二郎「じゃあなー」
輝「さようならー」
父「……」
そして陽は暮れ夜は明け、翌日、父は家で一人ノートPCをカチャカチャしていました。
父「……」
白石「ごめんくださーい」
父「……」
白石「ごめんくださーい」
父「……」
父「……どうぞ」
白石「シオリさんが新書を置き忘れていったので届けにきました」
父「……君は浪人しているのに今日もシオリさんと会ったのですか?」
白石「いえ、偶然ファーストフード店で入れ替わりになったんです」
父「……」
父親は無言でカチャカチャっとキーボードを打ちます。
白石「じゃあ、ここに置いておきますね」
父「……」
白石「お仕事中に失礼しました……」
白石が去ろうとしたその時でした。
――ピコン
父「……」
――ピコン
――ピコン
――ピコン
――ピコン
父「……お」
父「……え、なんですか、ヤバイ、なんです、なんですか、コレ」
白石「どうしたんです?」
父「ちょっと、あの、パソコンの画面が、えっ」
白石「ちょっと見せてください……ん、なんだ、ただのブラクラですね」
父「ブラ……? どうすれば……」
白石「PC借りますね」
父「……大丈夫ですか?」
白石「大したことないとは思いますが、一応ウィルスチェックもしておきましょう」
父「……」
白石「うわっ、危ない、これトロイの木馬だ!!」
父「えっ……大丈夫なんですか?」
白石「ちょっと感染してますね……というか現在進行系でどこかのサーバーへ何か送っているように見えます」
父「えっ」
白石「遠隔操作……違う……ピアツーピアの常駐アプリか……?」
父「えっ」
白石「とりあえず怖いので、PCのカメラとマイクを無効にします」
父「あ、はい」
白石「クソっ……どこからだ……?」
父「あの……今は何を?」
白石「ごめんなさい、一刻を争うので後でお答えします!」
父「あ、うん」
白石は物凄い勢いで黒い画面に打ち込んでいきます。
白石「あった! こいつだ!!!」
父「よろしくお願いします……!!」
白石「……」
父「……」
白石「……ふぅ、あと10秒遅ければダメでした、間に合いましたよ」
父「助かりました」
白石「加えて、666プロテクトを展開しておいたので今後48時間は少なくとも安全です」
父「本当に助かりました」
白石「こんな型のウィルス初めて見ました……こんなの一体どこから……」
父「あ、そのフォルダはっ……あのっ」
白石「え、でも感染源が……」
父「あっ……」
その「天使のささやき」という名前のフォルダを開くと、そこには肌色かピンク色の怪しいサムネイルがたくさん並んでいました。
白石「……」
父「……」
白石「……洋モノが好きなんですね」
父「……はい」
父「すみません……あの、このことはシオリさんには秘密で……」
白石「わかりました、じゃあ男同士の秘密ということで……」
父「白石くん……!」
白石「お義父さんとの約束ですもの、絶対守りますよ(笑)」
父「……」
――
――
シオリ「ただいま」
父「シオリさん……」
シオリ「何?」
父「白石くんて……とってもいい方ですね」
シオリ「……新書を届けてくれたこと?」
今後、白石と父親がどうなるのかはまた別の話。