表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
808 ENDLESS DRIVE   作者: もきね
2/5

第2ヴ 「でんぷん」

輝「兄さん!!」


二郎「んあ、どうした?」


輝「デンプン糊って食べ物だよね!?」






二郎「えーと、学校で何かあったん?」


輝「今日チアキと帰ってるときにさ……」


テルが同級生と下校しているときにこんなことがありました。



――


千晶(チアキ)「やっぱブラックサンダーだべ?」


輝「それは僕らが子供の頃にはなかったよー」


千晶「フツーに考えたらたまごボーロじゃね?あれ今食ってもうめえし」


輝「あとさ、子供の頃よく食べたお菓子っていったらアレがあるよね」


千晶「アレって?」


輝「デンプン糊」




千晶「おいおい、テルがボケるなんて珍しいな」


輝「ボケって?え、食べたでしょ、子供の頃?」


このときチアキは思いました。


――テルはボケ通すつもりなんだろうか?……まあいい、適当にノッといてタイミング見つけて突っ込むのが俺の仕事だぜ。





千晶「へー、まあ、うまいよな、アレ」


輝「ひんやりしてたりぷるぷるしてるのがいいよね」


千晶「……そうだな」


輝「デンプンだからすごく甘くなるんだよ。口の中でとろけるように……って元々とろけてるんだけどねっ、はははっ」


千晶「……」


輝「あー、なんか話してたら久しぶりに食べたくなってきたよ。ちょっと待ってて、そこの店で買ってくるよ」


千晶「……うん」


このときチアキは思いました。


――な、なんなんだ、この壮大なボケは……いつオチる?

――いや待て、大丈夫だ。オチがあるとしたらテルが文房具屋から出てきたとき、そのときしかない!





輝「お待たせー」


千晶「全然待ってないぜ」


輝「これ買っただけだもんね、はい」


テルはチアキにチューブを差し出しました。


千晶「……え?」


輝「一口あげるよ、どうぞ」


千晶「……え?」


輝「あれぇ、もしかしてチューブ式は嫌い?」


千晶「……え?」


輝「まあ、じゃあ、食べたくなったら言ってね」


テルは少し上を向くと、おもむろにキャップを開けたチューブを口の上で搾りだしました。


――ぐにいぃぃぃい







千晶「……えええ!?」


輝「うわ、やっぱり味気ないけどこの素朴な味わいがいいんだよね」


千晶「お……おい!」


輝「あ、いる?」


テルはチューブを差し出しました。


千晶「近寄んな!!」


輝「え、何?」


千晶「お前、そのボケもう滑ってるんだよ!! 笑えねーよ、もはや」


輝「ん、どういう意味?」


――ぐにいぃぃい


千晶「パピコみたいなノリで食い続けてるんじゃねえ!」


輝「あ、糊だけに? なんちゃって、ははっ」


このときチアキは例えようのない寒気を感じました。


千晶「きめぇんだよ糊食い野郎!!! 二度と近づくんじゃねえ、そして死ね!」


チアキはそう言い放つと走り去って行きました。


輝「チアキ……?」


――


輝「ってことがあったんだけど、兄さん、デンプン糊食べるのって普通だよね?」


二郎「ああ……デンプン糊な……」


輝「え、昔から僕食べてたよね?」


二郎「ああ、悪い、少し別のこと考えてた。そうに決まってるだろ、デンプン糊は食べ物だ」


輝「よかった。でもそしたらどうしてチアキはあんなこと……」


二郎「あー、それはきっとアレだ、カルチャーショックってやつだ」


輝「ん、どういうこと?」


二郎「俺にいい考えがある、ちょっと耳を貸せ」


――ごにょごにょごにょ


二郎「って明日チアキに会ったときに言ってやれば大丈夫だ」


輝「へー、そうだったのか、知らなかったよ」



そして翌日



輝「兄さん、本当は僕のこと騙してるでしょ!」


二郎「だ、騙してなんか、ねえよぅ……」


輝「嘘だよ! だって……」


こんなことがありました。


――


千晶「おい、テル」


輝「あ、チアキ」


千晶「昨日は、悪ぃ、ヒドイこと言っちまったな」


輝「ううん、仕方ないよ」


千晶「ちょっと、ビックリしちまったんだ」


輝「世界には、いや日本の中でさえとても様々な、特異な食文化があるんだよ」


ニロウがテルに吹き込んだ話というのがこれです。


輝「例えばね、妙高高原っていう地域では昔からバッタの仲間であるイナゴを佃煮にして食べるんだよ! イナゴだよ? バッタだよ? 僕からしたらそれはありえないし考えられない」


輝は一息おいてからキリッとチアキを指差して言いました。


輝「そう、チアキからしたら僕がデンプン糊を食べることがありえなくて、考えられないことのようにね!」





チアキはこの話を聞くと苦痛と悲壮の表情で頭を抱えて言いました。


千晶「あのな、いくら食文化が多様でも、デンプン糊を食べたりはしねえだろ。イナゴはまだ食べ物としての可能性を感じるぜ、生き物は生き物食って生きてるからな。だけどデンプン糊はどうだよ、文房具だろ、アレ。例えば、米を粉状にしたものに水を混ぜてデンプン糊のような食べ物を作って食ったっつうのなら理解はできる。だけどお前が食ったのはどうだよ、文房具屋で販売されているチューブ糊だろ」


輝「でも、子供の頃から実際に食べてたんだってば」


千晶「お前さ……」





――なんか騙されてんじゃないの?


輝「……」




――



輝「どうなんだよ、兄さん……応えてよ!!」


二郎「だから騙してねえよぅ……本当だよぅ……」


輝「だって、よく考えたら兄さんがデンプン糊を食べているところなんて見たことないよ!」


二郎「うぅ……そんなに言うなら姉さんが帰ってきたら姉さんに聞いてみろよ、本当だからぁ!」


二郎は中ば逆ギレ気味にそう言ってから頭を悩ませました。


――マズイな……テルのやつまさか中ニになるまで信じていたとは……。

――今さら本当のことを言うなんてバツが悪いぞ? とにかく、姉さんに任せよう。




ここで話はニロウが小学校低学年の頃に戻ります。


――


二郎「お姉ちゃん、お菓子もっとちょうだいよ」


シオリ「ダメ、これはテルのぶん」


二郎「テルには海苔でも食わせとけばいいよ」


シオリ「今、なんて……?」


二郎「あ、いや、なんでもない」


シオリ「それはとてもよい考えね」


シオリ(11歳)はデンプン糊を皿に盛り付け、粉砂糖を降りまぶすとこう言いました。


シオリ「よし、できた!」


二郎「何が!?」


シオリ「テルのぶんのおやつ」


二郎「テルお腹壊しちゃうよ!」


シオリ「大丈夫、他のはダメだけどデンプン糊は食べても全然大丈夫だから」


二郎「そういうことじゃなくて!」


シオリ「これからはテルのぶんのおやつを二人で半分こしていくの。大丈夫、テルはまだ小さいからお菓子の味の良し悪しなんて分かりはしないわ」


二郎「半分こ……でも本当に食べても平気なの?」


シオリ「平気よ、先生がそうおっしゃっていたもの」


二郎「や、やっぱり高学年は違うや!」


――



ニロウは苦悶します。


――あのときテルは何の疑いもなくそれを平らげてしまった。その上「おいしい」とまで言った。

――その日からテルが小学校に上がる直前くらいまで俺と姉さんはデンプン糊をテルに与え続けたのだった。



――ガチャリ


シオリ「おかえりなさい」


輝「あ、姉さんおかえりなさい。兄さん、姉さんが帰ってきたよ!」


シオリ「何かあったの、ニロウさん?」


二郎「姉さん、実はデンプン糊のことで……」


シオリ「デンっ……そう……」


輝「姉さん、本当のことを言ってよ、デンプン糊は食べ物なの!?」





シオリ「食べ物よ」


このときニロウの心境はやはり穏やかではありませんでしだ。


――即答だよ、そしてそっち(真相を隠す)方面でいくのか……。


輝「で、でも、姉さんが糊を食べてるところも見たことないよ」


シオリ「それは私はデンプン糊が好きではないからよ、好きじゃないおやつを無理に食べる必要なんてないでしょう」


輝「でも、そしたら、僕は何を信じればいいの?」


そのとき、また玄関がガチャリと開きました。


父「ただいま……って皆さん何をしてるんですか?」


輝「父さん、デンプン糊って食べ物!?」


父「デンプン糊? ははっ、何を言って……ん?」


父親は何か恐ろしい気配を感じました。


――な、なんですか、シオリさんとニロウくんが物凄く恐い顔でこっちを見ていますよ?

……そうか、彼らは僕を責めているんですね。

母さんを亡くしてから僕は働きづめでろくに子供たちの面倒を見てあげられなかったですものね。

でも、仕事をしなければ生活ができないですし……いや、これは言い訳にすぎないのでしょう。子供たちに寂しい思いをさせたことは取り消せません。

つまり、子供たちは「あの頃はデンプン糊を食べてしまうくらいおやつが家になかったし、面倒をみてくれる人がいなかった」と言いたいのでしょう……。


父「デンプン糊は食べ物です」


輝「そんな」


父親はテルをガバっと抱きしめました。


父「こんなに、こんなに大きくなってくれて……ありがとう」


輝「――父さん?」


父「……糊でもなんでも構いません、それを食べて大きく育ってくれたのなら父さんは嬉しいです。

皆さん、こんなに、健康に大きく育ってくれたのですもの……」


輝「い、痛いよ、父さん」


父「シオリさん、夕飯の用意はまだみたいですね? 今日は外食でもしましょう、皆さんの健やかな成長と私たち家族がここまでやってこれたことを祝って。何が食べたいですか? なんでも好きなものを言って下さい」


二郎「……寿司」


シオリ「……おでん」


輝「……」


父「さあ、輝くんは何が食べたいですか?」


輝「僕は……」




そして翌日




千晶「昨日は悪ぃ、騙されてるとかまたヒドイこと言っちまったな」


輝「大丈夫、気にしてないよ」


千晶「ああ、俺ちょっと細かいこと気にしすぎてたのかもしんね」


輝「それは……僕だって同じさ」


千晶「だけど、これだけは言わせてもらいてぇんだ。昨日家でいろいろ調べてみたんだが、やっぱりデンプン糊を食べる文化は日本にはなかった。だから、俺はもう気にしねえけどよ、他の奴らには……」






輝「父さんのデンプン糊をバカにするなっ!!!」






千晶「……えぇ」






この後、テルとチアキは近づいたり離れたりを繰り返して互いに傷付かないちょうどよい距離を見つけていくのですが、それはまた別のお話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ