⑧
「勇者、危ないっ!」
その時、繋いでいたメメメの手が離れた。
「おいっ、メメ……うわっ!」
俺は再びその手を取ろうとしたが、身体を突き飛ばされ、後ろに倒れてしまう。
「お一人様捕獲♪」
糸の先端は口を開けるように広がり、メメメの小さな体に襲い掛かった。
それは四肢に巻き付き、身体の自由をうばうと、繭を形成するように巻き付いていく。
「メメメッ!」
「ゆ、勇者っ……」
メメメは巻き付く糸に逆らいながら、最後の力を振り絞り、胸元から一本の短刀を取り出すと、俺に差し出した。
「その剣は……」
「この蜘蛛斬刀でアイツの右目を……そうすれば」
力を失い、短刀が地面に落ちる。
そしてメメメは完全に繭の中に。
パぺスパは糸を吐き出すのを止め、歓喜の声を上げた。
「あーっはは♪ 捕まえた♪ 後は君だけね、勇者さん?」
短刀を拾いながら、無意識に舌打ちを打っていた。
これはコココさんが作ったゲームシナリオに過ぎない。
目の前のパぺスパもVRリアリティで生み出した存在。
そう分かっているのだが。
「……メメメを開放しろよ」
きっと、これは俺の流れを読み過ぎる性格がいけないのだろう。
せんだ、みつを、ときたらナハナハとやってしまうように。
「嫌だと言ったら?」
「……お前を殺す」
こんな二次元的セリフを吐いている所を誰かに見られたら、恥ずかしくて地面を転がりまくってしまいますが。
だが、一度流れにノッてしまったら、もう止まらない。
「蜘蛛野郎」
切っ先をパぺスパに向け、俺は低い声で言った。
「お遊びはこれまでだ。さっさと終わらせてやる」
「うふふ……いいわねノッてきたわねー。でも私を止められるかしら……ねっ!」
再び、糸による攻撃。
この糸は回避しても追いかけてくる。
なら……
「はあああぁぁぁーっ!」
俺が取った行動は向かってくる糸に真正面から突っ込むというものだった。
「あははっ、自分から捕まりに来るなんて、おバカさん♪」
「それはどうかな?」
糸の束は対象を追尾するが、対象者を捕える時には網状に広がる。
その時に僅かだが糸の動きは止まる。
「ここだっ!」
「あっ!」
糸が広がった瞬間を狙って、左に転がり、回避。
すぐに起き上がり、全速力で駆ける。
パぺスパの糸を辿るように。
「うおおおおおおおっ!」
短刀を逆手に持ち直し、振り上げる。
メメメが言っていた、パぺスパの右目目掛けて。
「ゲームばっかりやっていないで仕事しろこのサボリーマンッ!」
グサッ、と段ボールを突き刺したような感触がした。
「イヤアアアアアアッツ!」
今の一撃で勝敗は決したようだ。
パぺスパの身体が幾つもの黒い光へと分散し、宙へと消えていく。
やがてその姿は元のアインシュタイン麹町を取り戻した。
「……ハァハァ、勇者の……名は伊達じゃないみたいね」
悔し気な言葉を漏らす先生。
足元がふら付いているその様子からして、これ以上戦う力は残されていないようだ。
よし、これでゲームクリアだ。
「命まで取る気はない。早くメメメを開放して、とっとと失せろ」
「……うふふっ♪」
先生が不気味な笑みを浮かべる。
嫌な予感がした。
「もちろん、解放はしてあげるわ……でも、そこにいるのはもう、あなたの知っているメメメちゃんではないけれど」
「……それはどういう意味だ」
「知ってる? お人形さんを操る方法は二つあるの?」
「……そういえば」