④
「620円になりますーっ。ありがとうございましたー」
ガコンッと後部ドアが自動で閉まり、タクシーが走り去っていく。
「ふぅ、何とか目的地に辿り着いたなぁ」
大変だったぜ、と汗を拭く仕草をする俺を、メメメのジト目が見ているが、そんなことは気にしない。
メメメと手を繋いでいる姿を、他の生徒に見られるより全然マシです。
「……勇者がタクシー使うっておかしいだろ」
つぶやくように愚痴を言うメメメ。
「次からはタクシー禁止だからな!」
「分かった分かった。もう使いません」
別に使う必要ないしね。
とりあえず学校周辺のエリアから離れられたわけだし。
こんな大通りから外れた住宅街だったら、知り合いに見られる心配もない。
「で、これは誰の家なんだ?」
「さあ? お姉ちゃ……女神様はここに行けとしか」
「お前が設定を忘れるなよ。グダグダになるから」
「もう十分グダグダだよっ! このタクシー勇者! ワンメーター勇者め!」
「はいはい……じゃ、とりあえず呼び鈴押すぞー」
ピンポーン。
「はーいっ」
玄関を小走りする足音、そして扉が開いた。
「来たわね」
「えっ、先生?」
出迎えたのは、なんと保健室の麹町由夏先生だった。
「先生……何やってるんですか。まだ勤務時間なんじゃ」
「コッコに頼まれたから仮病で早退したの、エヘッ♪」
「エヘッ、じゃねえ……」
保健室の先生は替わりがきかないのに、部活中にケガした奴いたらどうするんでしょうか。
「それにしても、凄いっすね、その恰好」
「えっ、そうかな。家ではいつもこうだけど」
「そうなんですか。へー」
きっと実際の姿は違うのだろう。
でも、VRグラス越しに見る麹町先生の姿は恐ろしく異常だった。
白衣姿なのは見慣れてるからまだいいとして、白いひげ生えているし白髪だし、相対性理論でも発見しそうな見た目だった。
「あっ、忘れてた。ええと……ちょっと待っててね」
麹町先生が何かを思い出したように部屋へと戻っていく。
「おい、メメメ。あの姿はちょっとかわいそうじゃないか?」
「別にわざとじゃないもん。キャラクターに合わせて自動で見た目が変わるように設定してるだけだし」
「ということは、あれは博士キャラか。ということはお前の呪いの解き方を知っているのかもしれないな」
「おおっ、さすが勇者」
「ごめーん、待たせたね」
アインシュタイン麹町が小走りで帰って来る。手には用紙の束と、大きなカギを持っている」
「じゃっ、行こっか♪」
「えっ、行くってどこに?」
「ええとね」
麹町先生は持っていた紙を目を通す。
「……勇者よ、よく来たな……分かっている。ハーフエルフに掛けられた呪いを解いて欲しいんじゃろ、と」
うわーいかにもその紙に書いてあるセリフを読んでますって棒読み。
「だが生憎、材料が足りないのじゃ。悪いが私と一緒に魔の山に来てくれんか? そこに生えている『呪われた木』の実が必要なのじゃ」
「呪われた木……嫌な名前だな」
「行ってくれるか?」
「勇者、行ってくれる?」
「はいはい、行きます行きます」
「いいえ」の選択肢があるわけでもないのでノータイムで即答する。
最初からその場所を教えてくれればよタクシーで一発だったのにな。
「さすが勇者じゃー。では天才発明家であるワシの最高傑作の一つ、『TOHU号』に乗せてやろう」
「TOHU号……?」
「これじゃよ」
麹町先生は車のキーをくるりと回し、ぺろりと舌を出した。