桜と毒
公園の桜は満開で、大勢の花見客たちで賑わっている。
花見がしたいと急に言い出した友人になかば無理やり連れてこられ、私は今、
公園のベンチに座り、友人が飲み物を買ってくるのをぼんやりと待っている。
私は桜が、そしてそれを取り巻く様々なことが、あまり好きではない。人に媚びたようなあの桃色も、
樹の下に集まり騒ぐ人々も、散る花を眺めながら感傷的な気分に浸ってみせる人も。
賑わいの中に取り残され、ひどく手持無沙汰だ。
春の暖かな日差しと退屈な時間の中で徐々に眠くなってくる。
周囲の喧騒が薄い膜で隔てたように徐々に遠くなっていく。
うつらうつらとする意識の中で、昔聞いたこんな話がふと頭をよぎる。
――桜の木の下には雑草が少ない。なぜか?それは桜から出る毒が周囲の草を殺しているからだ――
誰に聞いたのか、もうよく思い出せない。けれども、そこに桜のもつ残酷さ、したたかさを感じたのを覚えている。
閉じかけていた目をうっすらと開け、ぼんやりとした意識のまま満開の桜やその下の花見客たちを眺める。
「あの桜も毒を出しているのかな」、そう思いながら眺めつづける。
私のなかで想像は徐々に広がっていく。きっとあの騒いでいる人たちも桜の毒にやられてしまってるんだ。
人の都合で生み出され、育てられてきた桜が、その美しさで魅了し、人を引き寄せ、自らの毒で人々に復讐していく。たとえその毒が今はまだ弱いものだとしても、それは人々の中に静かに入り込んでいく。
花見客で賑わう風景が美しく凄惨な復讐の光景へと変わっていく。そして私もまた、その毒に殺されていく――
――「おまたせ」
帰ってきた友人の声で私はふと我に返る。
周囲ではあいかわらず花見客たちが騒いでいて、その頭上で桜はやはり満開で、午後の日差しに照らされながら、ちらちらと煌めいている
「どうしたの?」
「なんでもない」
飲み物を受けとり、またその景色を見つめる。
なんてことのない、平和で退屈な景色。しかしそこにさきほどの凄惨な光景の翳がうっすらと感じられる。
私は桜が少し好きになった。