2日目-2
動画投稿者の家は綺麗な4階建てのアパートだった。
動画で部屋は見たけど外見はこんなに綺麗なアパートだったとは。
築20年の俺のアパートと同じだなんて思ってすまんかった。
なんて反省しているとマスクをした細身で長身の男性が声をかけてくる。
「時間よりちょっと遅いですね。」
「スマン、細川。」
「機材を乗せた車は近くのコインパーキングに停めてありますので早く行きますよ。」
このマスクをした人が細川さん。
太田さんの相棒というか、2人で仕事をしている。
太った太田さんと、細い細川さん。名前を覚えるのが苦手な俺でも覚えやすい。
細川さんは丁寧な言葉でのんびりしてる人で、太田さんは思ったことをズパッというせかせかした人で正反対な2人だと思う。
「お疲れ様です、細川さん。」
「一ノ瀬君、お疲れさま。急にお願いして悪かったね。来てくれて助かるよ。加藤さんはどうしたんだい?」
「加藤さんは風邪でダウンしてるんですよ。今日は俺1人でがんばりますのでよろしくお願いします。細川さんは大丈夫ですか?」
昨日の打ち合わせの時点では俺と先輩の加藤さんと太田さんと細川さんの4人で設置する予定だったので気になったのだろう。
「僕はぼちぼち…かな。今日は設置だけして休ませてもらうことになってるんだ。
加藤君も風邪か。お大事に。って風邪をひいてる僕が言えたことじゃないかな。
とりあえず、動画投稿者の所へ行こうか。」
バツが悪そうに笑いしながら歩き始める。
その綺麗なアパートの2階201号室に住んでいるらしい。
チャイムをならすと身長は俺と同じぐらいで、細川さんと同じかそれよりも細身の男性がでてきた。
「はじめまして、メールでやりとりさせていただいた細川です。
こちらが太田、となりにいるのが動画編集を依頼した会社の一ノ瀬。
機材の設置と撮影に関わるのはこの3人でやることになりますので、よろしくお願いします。
急なお願いなのに引き受けてくださってありがとうございます。」
細川さんが挨拶と俺たちの紹介をまとめてしてくれる。
2人に合わせてペコリとお辞儀をする。
まだ慣れていない俺にとってはありがたい。
「鈴木夏樹っす。とりあえず中にどうぞ。」
最近のロックバンドにいそうな目が前髪に隠れて周りがきちんと見えるのかなぁ。
間取りはうちと同じで1Kで間違いないみたいだ。
俺のアパートとほとんど同じだ。違うところといえばキッチンスペースとワンルームの部屋につながるドアが、ここはドア(開き戸)というところかな。うちはすりガラスの引き戸だから玄関から部屋の中の雰囲気が分かってしまう。
このドアみたいに玄関から奥の部屋の雰囲気が見えないというのも意外にいいなぁなんて思いながら靴を脱ぎ部屋の中に上がる。
入ってすぐの廊下というかキッチンスペースは使っていないのか物が少ないながらも綺麗に整っている。
これだけ綺麗に整っているということは料理をする人なんだろうか?それとも作らないから汚れていないだけなんだろうか?
なんてキョロキョロ周りを見ながら歩いていたせいで隅のほうに置いてあったダンボールにつまづいてしまう。
バコっと意外にいい音がする。そして足が地味に痛い。重いものが入っているようだ。
「すみません。中のもの大丈夫ですかね?割れ物とか入ってたりしませんか?」
慌てて謝る。
「大丈夫っす。親父が送ってくれた醤油なんで。」
「またなんで醤油なんだい?」
「出身が九州なんで地元の甘口醤油をダンボール一杯送ってきたみたいで置き場がなくて。いい音したけど痛くないっすか?」
前をきちんと見ないでぶつけた俺が悪いのに心配してくれるなんて鈴木さんが優しい人なのかもしれない。
「平気だよ。それにきちんと見てない俺が悪いんです。でも優しいお父さんなんですね。うちはこの前母親から賞味期限が切れた缶詰が送られてきましたよ。」
「一ノ瀬君、全部食べたのかい?」
「がんばって食べましたよ。俺のこと残飯処理係りとでも思ってるんですかね?」
「あははは、でもいろいろ送ってくれるってことは大事に思ってくれてるってことだよ。僕の父みたいに病気で急に死んじゃうときもあるんだから会えるときにきちんと返しておかないとダメだよ?」
「そうっすね。いなくなるときは急っすもんね。」
笑いならがも親の大切さを教えてくれる細川さんに、しみじみとうなずく鈴木さん。お父さんを亡くしている細川さんはわかるけど、鈴木さんまで大切さを理解しているなんて。
と驚きつつも、醤油を送ってくれたのはお父さんっていうし、もしかしたらお母さんを早くに亡くしたのかもしれないなぁと思う。まぁ、推測にすぎないけど。
今度こそ前というか足元を見ながら歩き出す。
キッチンスペースを抜けるとあの動画でみた部屋だった。
全体的にスッキリして、まるでモデルルームのように無駄なものがない部屋だ。
うちはミケのおもちゃとかいろいろ置いてあるけど同じ間取りの部屋なのにこうも違うとは。うちも片付けないとダメだなぁ。
動画で見たテレビやベットに本棚、大学で使う本なのか難しそうな本ががちょろっと置いてあるがほとんどがマンガばかりだ。うちにあるマンガと同じマンガを見つけて少し嬉しくなってしまう。
本棚の上の方には人気のテーマパークの可愛らしい熊のぬいぐるみがペアで座っている。
ペアのぬいぐるみは女の子のほうはワンピースで手には水色の石を持っていて、男の子のほうはネクタイにズボンに手には赤い石を持っている。
これは彼女と2人で買ったのだろうか?表情も見にくいのにもてるのだろうか?
失礼なことを考えながらも、適当に座ってくださいという言葉に甘えて部屋の中心に置かれたローテーブルのそばに座る。
全員座ったところで、細川さんが再度話を切り出す。
「急なお願いを聞いてくださりありがとうございます。
メールでお話し出来なかったことやこれから話してもいいでしょうか?」
鈴木さんがうなずいたのを見て細川さんは説明に入る。
「投稿していただいた動画を編集していた一ノ瀬君の会社で霊が分かる人がいて本物ではないかということ聞きまして、鈴木さんには無理をいって今日きちんとしたカメラで撮影をできるようにお願いをしたわけです。」
「あの、投稿した動画が本物ってマジっすか?」
鈴木さんが俺に話しかけているので鈴木さんの顔が少しは見える。
前髪で顔が隠れて見にくいけど、もしかしたらカワイイ系男子なのかもしれないなぁ。なんて思いながら俺が答える。
「本物でほぼ間違いないと言ってました。俺も動画編集のときたまたま居合わせたんですが、会社の蛍光灯がチカチカしだしたんでビックリしましたもん。」
ものすごくビックリしたのか目がまんまるに見開いているのが前髪ごしにわかる。これは、カワイイ系男子だ。女の子がほっとかないヤツだ。さっきの推測が確証に変わる。
前言撤回。鈴木さん、イケメンなんですね。平均より下の俺が前髪が長いだのあーだこーだ言って失礼しました。
なんて俺の中の勝手なイケメンランキングを大きく上昇させた鈴木さんは自分の住んでいる部屋に本当に霊がいるという事実にただただ驚いているようだ。
「とりあえず、今日一日カメラを設置して撮影したいんですが、よろしいですか?
メールでお伝えしたように、鈴木さんにはビジネスホテルをとってありますのでそこで一晩すごしていただきたいのですが。」
ビックリして固まったままの鈴木さんに細川さんが申し訳なさそうに声をかける。
依頼者との会話はほとんど細川さんがしてくれる。
太田さんは人見知りだし、まぁ慣れてくると横柄な態度がでてくるので大人しくしていてもらった方が会話は問題なく進むし、穏やかな細川さんと話した方が相手の印象もいいのだ。
「昨日のメールである程度準備してあるから大丈夫っす。」
「ありがとうございます。設置作業に入る前にどうして事故物件のこの部屋に引っ越してきたのかとかメールでお聞きできなかった話しを教えていただきたいのですが、よろしいですか?」
「大丈夫っす。ここに決めたのは家賃が安かったからっす。うち貧乏なんで抑えれる出費はできるだけ抑えたかったんすよ。かれこれ1年ぐらい住んでるかな?」
「ここに住んですぐに心霊現象は起きたのかい?」
「気になりだしたのは1ヶ月ぐらいしてからかなぁ。寝てる時に誰かがいるような気がして、最初は事故物件だしでるだろうってびびってるんだけだと思ってたんすけど…
それから半年後ぐらいには歩き回る足音が聞こえたりするようになってこれはヤベーぞって思ってきちんとした証拠をとろうと思って寝てる間の映像を撮って何か映ってればラッキーだなって思ってちょくちょくカメラ置いて寝てたんすよ。
足音も毎日聞こえるわけじゃないからほとんど映ってなかったけど、あの送った動画を見たときはビックリというか本当に幽霊がいたんだって怖くなったっす。
でも家賃安いから引っ越したくないし、お祓いとかしてもらえればこのまま住めるんじゃねーかって思ってた時に心霊現象のテレビを見て動画送ったらお祓いしてもらえねーかなって思って投稿したんすよ。」
しっかりして…ちゃっかりしてる人だなぁ。20歳ってことは大学2年生か。ここに住んで1年ぐらいってことは。と気になったことを鈴木さんに聞いてみる。
「鈴木さんって大学2年生ですよね?大学1年生の時にわざわざ引越ししたんですか?」
「そうっすね。大学入学のときアパーチ探すの遅かったみたいで家賃高いとこしか残ってなかったすもん。安いトコ見つけたら引っ越す予定で荷物も少なくしてたし1人で引越しできたんで手間はかかったけどお金は大分浮いて満足してるっす。」
「そういう理由だったんですね。わかりました。では設置作業に入らせていただきますね。」
設置作業は簡単に終わった。
霊が出るという部屋に全体が映るように固定カメラを設置してキッチンスペースにカメラの映像が見えるように機材を設置する。
設置といってもキッチンスペースは狭いので床に機材を置いただけなのだが。
設置も問題なく終わり帰れると思ったとき問題が起きた。
機材の問題ではなく太田さんと細川さんの2人の仲の問題なのだが。
「おい、細川、本当に俺1人で泊り込みするのか?」
設置も終わり機材の最終確認を機嫌悪そうにしている太田さんがこれからの予定を細川さんに確認している。
「はい、熱はないんですが、頭痛が酷くて体調がよくないので帰らせていただきます。」
「細川、どうしても無理か?」
「明日仕事できなくなりそうなんで病院に行って帰りたいです。部長にも許可取ってます。」
「そうやって逃げやがって!」
急に怒鳴り始めた太田さんにビックリして部屋でホテルで泊まるために荷物の準備をしていた鈴木さんがこちらにやってきた。
「逃げてませんよ。本当に体調が悪いんですって。」
「本当に悪いのかよ?そのマスクもわざとらしい!!心配してほしいアピールかよ!!」
「風邪をうつしてしまったら周りの方に迷惑かけますから。それに昨日から体調悪いって言ってるじゃないですか!言いがかりはよしてくださいよ!」
どんどんヒートアップしていく2人に困ったように俺に視線を送る鈴木さん。
俺にどうにかしろってことですか?無理です!!…がんばってみますけど。
「あっ、あの、そろそろ鈴木さんをビジネスホテルに送っていった方がいい時間じゃないですか?」
俺が声をかけたことで言い合っていた2人が申し訳なさそうに細川さんが会話に入ってくる。
「すまない、2人とも。ちょっと熱くなりすぎた。
そうだね。鈴木君のバイトの時間もあるしホテルに行こうか。
バイトはホテルから行ってくれれば問題ないしチェックアウトは10時までだからそれまでのんびりしてもらってかまわないよ。」
「バイトが18時から24時ぐらいまでなんでゆっくり寝れるのは助かるっす。」
「荷物の準備はできてるならこれから行くかい?」
「できてるっす。」
部屋から大きいカバンを持ってきた鈴木さんを、じゃぁ行こうか、とさっきのことがなかったかのような穏やかな細川さんが連れて行った。
「一ノ瀬、俺と泊り込みで確認しないか?」
そして不機嫌な太田さんと俺が残されたが問題は解決したわけではなかったようだ。
確かに元部下が自殺した部屋に泊りがけで仕事はしたくないよなぁ。
気持ちは分かるけど、引き寄せ体質の俺がいたらヤバイんだよ。
太田さんが引き下がりそうな理由をいろいろ言ってみる。
「無理ですねー。加藤さん休みですし、溜まってる仕事をしないといけないんです。
それに、お昼に太田さんから聞いたことをボスに伝えて他に分かること確認したいですし。」
「…そうだな。そっちの方が優先だな。
機材はもう大丈夫だから帰っていいが明日は朝早めに撤収作業に来てほしい。」
太田さんは少し悩んだが俺の言い訳で納得してもらえたようだ。
よっぽど気になっているのか。
帰っていいと言ってもらえてるうちに早く帰ることにするか。
太田さんにお疲れ様でしたと挨拶をして会社に戻り社内業務を片付け家に帰るとしますか。
会社に帰ると加藤さんがインフルエンザで今週仕事に来れないことがわかった。
今日が金曜だから明日頑張ればなんとかなる。なんとかしたい。なんて気合いを入れつつ仕事をこなした。
また来た。金縛りだ。
無事に仕事も終えて昨日きちんと寝れなかった分今日は寝るぞー!!なんて気合いを入れて寝ていたはずなのに、今日も金縛りが来るだなんて。ラップ音してなかったのになぁ。気合いを入れて寝るもんじゃないな。
昨日と同様のんびり金縛りが終わるのを待つことにする。
--めて。
-とめて。
あの子をとめて。
昨日の女の人の声だ。
やめてじゃなかったのか。
それにしてもあの子って誰だ?
なぜか急に頭の中に男の人の映像が思い浮かぶ。映像といっても写真のような絵なのだが顔は分からないけど優しい雰囲気の男の人が頭に浮かぶ。
なぜかこの男の人を止めないといけないような気がする。
この男の人…顔は分からないけど細川さんのような気がする。細川さんを止めないといけないのか?止めるって何を?
昨日は女の人の声が聞こえた気がしたけどやっぱり寝ぼけていたのかなぁなんて思ってたけどやっぱり聞こえていたのか。
それにあの子って細川さんのことなのか?わからない。
金縛りが解けて体が軽くなるのと同時にまたしても眠りについてしまう。
2日連続で睡眠が足りていないようだ。
読んでいただきありがとうございます。