2日目-1
体が重い…。
まさかまた金縛りかと思ったが重いのが胸の上だけで足とかは普通に動くことで急いで目を開けると目の前に愛してやまないミケの毛並みがドアップで視界に入ってくる。
お前のせいかと気持ちよい朝の目覚めを返せと少し雑にミケを俺の上からどけようと持ち上げようとしたが昨日の金縛りのことを思い出して、霊が分かる猫なので俺のことを守ってくれていたのかもしれないなぁ、なんて思いながらミケを優しく撫でてやる。
枕元に置いてあるスマホで時間を確認すると、あと5分で目覚ましの鳴る時間だしもうこのまま起きてしまおう。
ミケをそっと体の上からどかしてやり、思い切り伸びをする。
ついでに日吉にメールを送ってくべきか。
『金縛り来たわ。』
簡潔すぎるがこれで十分伝わるはずだ。
寝ているミケの写真と一緒に送れば、朝早いメールでも許してくれるだろう。
それに、何かあれば細かいことでも言えっていったのは日吉の方だしな。と言い訳をしながら朝ごはんの準備をする。
リリリリリン、リリリリリン。
ヒゲをそっていたらスマホが鳴り響く。
こんな朝早い時間に誰だと画面を見たら日吉だった。
「おはよう。ごめん、起こしたか?」
「起こされたけど、ミケの写真に免じて許したる。」
やっぱりミケの写真送っておいて正解だったか。
10分前の自分を褒めてやろう。
「悪かったって。でも、日吉が何かあれば細かいことでも言えっていったんだぞ。」
「まぁ、そうやけどなー。酷くなってから言われても対処できんときもあるしなー。せやから怒ってはないで?」
「俺も時間的にヤバイかなって思ったんだけど、メールするの忘れそうだったしまぁいっかってなって送ったわ。」
「それにしても、初対面の女を連れて帰って上に乗ってもらうなんてお盛んやね♪」
「朝から下ネタかよ。それに生きてる可愛い女の子がいいって昨日も言ってるし。」
「んで、どんな感じだったん?」
おふざけモートから真面目モードに入った日吉に促され昨日の金縛りのことを細かく話す。
夜から部屋のラップ音が酷かったこと。
金縛りの最中に女の人の声が聞こえたこと。
声は聞き取りにくかったけど、たぶん“やめて”と言っていたのではないかということを伝えた。
「声が聞こえるなんてイッチーにしては珍しいパターンやな。でもそれだけじゃ、まだなんとも言えんな。しばらく様子見やな。
今日明日副業の方が忙しくなりそうなんや。
電話繋がり悪なるけど、何かあれば必ず言うんやで?
んじゃ、電話切るで?」
「今度お礼にメシおごるわ。朝からありがとな。」
こういった相談したときはメシだったり日吉が欲しいものを送ったりとお礼をしているのだ。
日吉がいうには副業ではあるがそれでお金をもらっているのだ。タダで相談するのも失礼な話だろうと思い最初はお金を払おうとしたが断られてそれ以来メシなどお金ではないものでお礼をしているのだ。
なにかと気にかけてくれる日吉に感謝しながら中途半端なままのヒゲそりを再開した。
「昨日は大丈夫だったか?」
会社に行くとボスが待ち構えていた。
ボスは部下の様子をきちんと見て考えてくれる人で、昨日心霊動画の本物を見てしまった俺を心配してくれているようだ。
「ミケも反応して俺が家に入るの嫌がったんですが、体に塩まいたのとボスからの缶詰で家に入るのは許してもらえました。それでも部屋がラップ音うるさくて、金縛りにあいました。やっぱり本物みたいですね。」
女の人の声が聞こえたことはもしかしたら寝ぼけていただけで聞き間違えかもしれないし言わなかった。
「そうか。体は大丈夫なのか?」
「体は大丈夫です。ラップ音と金縛りだけですし。日吉と話したんですが、今の時点では様子見だなって言ってました。」
ボスは少し悩みながら口を開く。
「そうか。クライアントに本物かもしれないと報告したらきちんとしたカメラで撮影したいって言い出してな。午後から動画投稿者の所へ行くそうだ。
お前と一緒に仕事を担当してる加藤が風邪で今日仕事を休んでいてな、悪いんだが一ノ瀬、1人でクライアントに会いに行けないか?」
「は?俺1人でですか?」
普段は2人1組で仕事をしていて、クライアントと話をするのは先輩の加藤さんがやってくれているせいか、俺1人でクライアントの対応ができるか不安しかない。
「急な話で俺は会議入ってるし、クライアントと会えるのはお前しかいないんだ。
それに、お前も何回か会ったことがある太田さんと細川さんだから、今日だけなんとか行ってくれないか。
撮影の準備と撤収作業を手伝って帰ってくるだけだからさ。撮影には立ち会わなくていいって太田さんに確認とってある。」
「俺1人で不安ですけど、いってきます。」
初めての1人で仕事は不安だけど、出来る人がいないなら仕方ない。
何回か一緒に仕事した人だしなんとかなるだろう。
「すまない。助かる。
動画投稿者の家に行く前に簡単な打ち合わせをしたいって駅前のいつもの定食屋に集合だ。お昼ご飯そこで食べるから、お腹空かせて行けよ?」
簡単に準備をして駅前の定食屋に行ったらすでに太田さんが席に座りタバコを吸いながら書類とにらめっこしていた。
灰皿にいっぱい吸殻がある。時間通りに来たが待たせてしまったらしい。あわてて挨拶をする。
「おはようございます。」
「おお、おはよう。」
この太い…ぽっちゃりして少し無精ひげが生えているのが太田さんだ。
三十路になって肉付きがよくなったってぼやいていて初めて会った半年前より恰幅がよくなったような気がする。
タバコをやめたいといっていたのに、灰皿の吸殻が山のようになっている。
ヘビースモーカーじゃないはずだが、何かストレスとかイライラすることがあったのだろうか?
「打ち合わせですよね?細川さんはどうしたんですか?」
さすがにイライラしてます?なんて直球なことは聞けず、タバコとは別に気になったことを聞いてみる。
「細川かー。風邪で体調悪いみたいでな。撮影の機材設置には来るけどな。そっちこそ加藤さんはどうしたんだ?」
「こっちも風邪ですよ。流行ってるんですかね?」
「かもしれねーな。とりあえず食べながら話そうぜ。」
世間話もそこそこに太田さんに促されお店のメニューを見る。
落ち着いて食べれる半個室とお値打ちなランチという打ち合わせにもってこいなお店なので何回かお世話になっている。
ひとまず注文して、これからの予定について話を始める。
「あの動画が本物って本当か?」
「あの人が言うには、ほぼ間違いないらしいです。」
「俺もあの動画見たがラップ音もないし綺麗に撮れすぎだから偽物だと思ってたのになぁ。
俺の映像を見る目もまだまだか。それとも偽物だと思いたかったのか…。」
後半は上手く聞き取れなかったが、どこか苦々しく聞こえた。
聞き返す勇気もなく聞こえた部分に返事をするしかなかった。
「そう言われれば綺麗に撮れてた気がします。
あの人が動画見ている時に居合わせたんですが、社内の蛍光灯が蛍光灯が点いたり消えたりしてビックリしました。」
自分が動画を見たくせに居合わせたなんて他人言みたいに言ってるが、これはボスが決めたことなのだ。
心霊動画が本物か分かるだなんて知られたら利用しようとしてくる人間が出てくるだろう。
俺は寄せるだけで、祓うことはできない。
今だって日吉に相談してなんとかなっている状態なんだから。
後の対処ができないのに利用されてしまったら大惨事なる未来しか想像できない。
だから霊が分かることを周りにバレないようにってボスが守ってくれているのだ。
「そいつ、どんなヤツなんだ?」
「秘密です。社内で経理とか事務のお仕事してる人ですよ。昨日は人数不足で人手足りなくて動画編集の手伝いをしてくれていたんです。」
少数精鋭のうちの会社には経理担当の人は存在しない。存在しない人の設定を作ってまで俺を守ってくれている。
「これからの撮影に一緒に行くのは、無理か?」
「無理ですね。」
「どうしてもか?」
「どうしても無理です。」
「そこをなんとかならんか。」
「ごめんなさい。」
太田さんの貧乏ゆすりが激しくなってきた。
考えたり、イライラしてるときによく見るけど、太田さんから見たらお得意様の意見に考えもせず断り続ける生意気な下っ端なんだろうなぁ。
太田さんがイライラするの分かるけどこちらも自分を守るのに必死なのだ。
「こんなに言ってもダメか?」
「ダメです。ボスを通してください。そうしないと俺の首が飛ぶんですよ。」
奥の手だ。
しつこすぎて自分でどうにかできないときの最終手段を使うことになるとは。
太田さんみたいに知りたがる人が多くて、設定だけじゃなく断り方の対処マニュアルまでできている。
こんなめんどくさい俺を守ってくれるチーム斉藤のみんなの迷惑かけまくりだ。
そんなみんなの力になれるように早く仕事覚えて使える人間にならなくては、と決意を新たにする。
太田さんはしばらく考えていたが、俺じゃどうにもならないことが分かったのかため息をつく。
「それなら、これから話すことを霊がわかるヤツに伝えてもらうことはできるか?
ボスを通してでもいいから、ソイツに伝えることはできるか?」
「それならできると思います。」
対処マニュアルにない初めてのことに驚きながらも答える。
話しを伝えてもらえるとわかって落ち着いたのか貧乏ゆすりはなくなり食後に出されたコーヒーを飲みながら太田さんは語り始めた。
「昨日動画投稿者に会いに行くために住所調べたらわかったんだが、実はあの心霊動画の女、俺の仕事の後輩だと思うんだ。」
「は?」
予想外すぎて思わず声が出てしまったが、慌てて口を閉じ話しを聞く体制に入る。
「名前は山田春香。
歳は入社してすぐ、お前と一緒ぐらいだったから、22・3歳ぐらいか。
俺と細川で仕事を教えていたなぁ。
素直で可愛くて真面目な子だったけど、仕事で大ポカをやらかしてな。
それで自殺してしまったんだ。
教える立場だったのに守ってやれなくてずっと後悔してたんだ。
そんなあの子がどうしてあの動画にいるのか、動画で許さないって言ってるように聞こえたが何を許さないのか聞きたかったんだ。」
「ボスにも伝えますけど、きちんと答えられるか分かりませんよ。」
「あぁ、それでもいい。なにか他に分かることがあればどんなことでも教えてほしい。」
「何か分かれば必ず伝えます。」
「待ち合わせ時間もあるし、そろそろ行こうか。」
話したいことを全部言えて満足したのかタバコの火を消し動画投稿者に会いに定食屋を後にした。
やっと事件に向けて動き出します。
読んでいただきありがとうございます。